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そこからはもう、完全な反射で、ものを考える間もなく私は、その子どもとおんなの間に割り込んでいた。
「まだ子どもだろ。」
発した言葉は、子ども自身に言ったのか、その子どもと寝ようとしているのであろうおんなに言ったのか、自分でも判断が付かなかった。
傷んだ髪の女は、今にも舌打ちしそうな忌々しげな視線で私を一瞬見たけれど、それだけだった。それほど子どもに執着する様子も見せず、あっさり私と子どもに背を向け、人波をかき分けて店の奥へ入って行った。多分、邪魔が入らない場所まで行って、また今晩寝られるおんなをさがすのだろう。
私は、都合背中に庇うみたいな形になった子どもを、ゆっくりと振り返った。すると予想通りに、子どもは椅子に腰かけたまま、はっきりと憎々しげに私を睨み上げていた。
「余計なお世話だよ。」
子どもが、乾いた唇でそう吐き捨てる。その声は、不安定に揺れていた。私はそんな子どもを見ながら、かつて私を憐れんでくれたおんなたちを思い出した。
あのおんなには、ちゃんと他に付き合っている人がいる。
諭されるたびに私も、おんなたちが憎くてたまらなかった。あのときの私は、きっと今のこの子どもみたいに、手負いの野良猫みたいな毛並みの粗さをしていたのだろう。
「……。」
黙り込んでいるしかない私に、子どもは露悪的に唇を歪めた。
「馬鹿にしてんの?」
「……そんなことは、ないけど。」
「じゃあ、なによ。」
私がやっぱり、その先の言葉を見つけられずにいると、その数秒の無言の間の中で、徐々に子どもの目の色が変わって行った。はじめは私への怒りで燃えていた目が、段々と切迫した焦燥感に変わっていく。今にも貧乏ゆすりをはじめるか、私を突き飛ばして店を飛び出していきそうだった。
「なんなの? 代わりにあんたが私と寝てくれんの?」
吐き出された、幼くてもくっきりと露悪的な台詞。そんな言葉にも、私は身に覚えがあった。あの頃、私を諭した常連客は、私がこの手の言葉を吐くと、渋々引き下がった。だったら、私もそうするべきだったのだと思う。こんな子どもに深入りするような余裕は、金銭的にも、精神的にも、時間的にも、全くなかった。それなのに私は、引き下がれなかった。その場に立ったまま、言葉をさがした。あの頃の私を思いだして、彼女をなだめ、この場から連れ出せるような言葉を。けれどもそんな言葉は、ひとつも思い浮かばない。あの頃、私と寝もしなかった例のおんなに感じていた感情は、恋でも愛でもなく、ほとんど信仰だった。子どもだからこそのそのかたくなさを、たった数分前に出会った赤の他人の私が、どうやってほだせばいいというのだ。
「まだ子どもだろ。」
発した言葉は、子ども自身に言ったのか、その子どもと寝ようとしているのであろうおんなに言ったのか、自分でも判断が付かなかった。
傷んだ髪の女は、今にも舌打ちしそうな忌々しげな視線で私を一瞬見たけれど、それだけだった。それほど子どもに執着する様子も見せず、あっさり私と子どもに背を向け、人波をかき分けて店の奥へ入って行った。多分、邪魔が入らない場所まで行って、また今晩寝られるおんなをさがすのだろう。
私は、都合背中に庇うみたいな形になった子どもを、ゆっくりと振り返った。すると予想通りに、子どもは椅子に腰かけたまま、はっきりと憎々しげに私を睨み上げていた。
「余計なお世話だよ。」
子どもが、乾いた唇でそう吐き捨てる。その声は、不安定に揺れていた。私はそんな子どもを見ながら、かつて私を憐れんでくれたおんなたちを思い出した。
あのおんなには、ちゃんと他に付き合っている人がいる。
諭されるたびに私も、おんなたちが憎くてたまらなかった。あのときの私は、きっと今のこの子どもみたいに、手負いの野良猫みたいな毛並みの粗さをしていたのだろう。
「……。」
黙り込んでいるしかない私に、子どもは露悪的に唇を歪めた。
「馬鹿にしてんの?」
「……そんなことは、ないけど。」
「じゃあ、なによ。」
私がやっぱり、その先の言葉を見つけられずにいると、その数秒の無言の間の中で、徐々に子どもの目の色が変わって行った。はじめは私への怒りで燃えていた目が、段々と切迫した焦燥感に変わっていく。今にも貧乏ゆすりをはじめるか、私を突き飛ばして店を飛び出していきそうだった。
「なんなの? 代わりにあんたが私と寝てくれんの?」
吐き出された、幼くてもくっきりと露悪的な台詞。そんな言葉にも、私は身に覚えがあった。あの頃、私を諭した常連客は、私がこの手の言葉を吐くと、渋々引き下がった。だったら、私もそうするべきだったのだと思う。こんな子どもに深入りするような余裕は、金銭的にも、精神的にも、時間的にも、全くなかった。それなのに私は、引き下がれなかった。その場に立ったまま、言葉をさがした。あの頃の私を思いだして、彼女をなだめ、この場から連れ出せるような言葉を。けれどもそんな言葉は、ひとつも思い浮かばない。あの頃、私と寝もしなかった例のおんなに感じていた感情は、恋でも愛でもなく、ほとんど信仰だった。子どもだからこそのそのかたくなさを、たった数分前に出会った赤の他人の私が、どうやってほだせばいいというのだ。
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