逃げても浮気と責めないで

美里

文字の大きさ
10 / 13

10

しおりを挟む
 そこからはもう、完全な反射で、ものを考える間もなく私は、その子どもとおんなの間に割り込んでいた。
 「まだ子どもだろ。」
 発した言葉は、子ども自身に言ったのか、その子どもと寝ようとしているのであろうおんなに言ったのか、自分でも判断が付かなかった。
 傷んだ髪の女は、今にも舌打ちしそうな忌々しげな視線で私を一瞬見たけれど、それだけだった。それほど子どもに執着する様子も見せず、あっさり私と子どもに背を向け、人波をかき分けて店の奥へ入って行った。多分、邪魔が入らない場所まで行って、また今晩寝られるおんなをさがすのだろう。
 私は、都合背中に庇うみたいな形になった子どもを、ゆっくりと振り返った。すると予想通りに、子どもは椅子に腰かけたまま、はっきりと憎々しげに私を睨み上げていた。
 「余計なお世話だよ。」
 子どもが、乾いた唇でそう吐き捨てる。その声は、不安定に揺れていた。私はそんな子どもを見ながら、かつて私を憐れんでくれたおんなたちを思い出した。
 あのおんなには、ちゃんと他に付き合っている人がいる。
 諭されるたびに私も、おんなたちが憎くてたまらなかった。あのときの私は、きっと今のこの子どもみたいに、手負いの野良猫みたいな毛並みの粗さをしていたのだろう。
 「……。」
 黙り込んでいるしかない私に、子どもは露悪的に唇を歪めた。
 「馬鹿にしてんの?」
 「……そんなことは、ないけど。」
 「じゃあ、なによ。」
 私がやっぱり、その先の言葉を見つけられずにいると、その数秒の無言の間の中で、徐々に子どもの目の色が変わって行った。はじめは私への怒りで燃えていた目が、段々と切迫した焦燥感に変わっていく。今にも貧乏ゆすりをはじめるか、私を突き飛ばして店を飛び出していきそうだった。
 「なんなの? 代わりにあんたが私と寝てくれんの?」
 吐き出された、幼くてもくっきりと露悪的な台詞。そんな言葉にも、私は身に覚えがあった。あの頃、私を諭した常連客は、私がこの手の言葉を吐くと、渋々引き下がった。だったら、私もそうするべきだったのだと思う。こんな子どもに深入りするような余裕は、金銭的にも、精神的にも、時間的にも、全くなかった。それなのに私は、引き下がれなかった。その場に立ったまま、言葉をさがした。あの頃の私を思いだして、彼女をなだめ、この場から連れ出せるような言葉を。けれどもそんな言葉は、ひとつも思い浮かばない。あの頃、私と寝もしなかった例のおんなに感じていた感情は、恋でも愛でもなく、ほとんど信仰だった。子どもだからこそのそのかたくなさを、たった数分前に出会った赤の他人の私が、どうやってほだせばいいというのだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

妹の身代わりだった私に「本命は君だ」――王宮前で王子に抱き潰され、溺愛がバレました。~私が虐げられるきっかけになった少年が、私と王子を結び付

唯崎りいち
恋愛
妹の身代わりとして王子とデートすることになった私。でも王子の本命は最初から私で――。長年虐げられ、地味でみすぼらしい私が、王子の愛と溺愛に包まれ、ついに幸せを掴む甘々ラブファンタジー。妹や家族との誤解、影武者の存在も絡み、ハラハラと胸キュンが止まらない物語。

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

処理中です...