24 / 33
2
しおりを挟む
今日のあなた、怖いみたい。
目の前の女がそう言った。電車の中でようやく思い出したこの人の名前は清水ミナコ。正直、下の名前はミナコじゃない気もする。
とにかくその清水さんは、自分から誘っておいたというのに、玄関でキスをしようとした俺から一歩離れて両腕で身を守るような動作をした。
「怖いって、なにが?」
身に覚えもないが、追撃する程の熱意もない俺はその場に突っ立ったままそう訊き返した。
清水さんは、大きな目で俺を見た。頭の先から足の先まで、じっくりと。
猫か占い師みたいによく光る目をしていた。俺は、自分がこんな目のひとと寝たことにちょっとした驚きを感じる。だって、こんな目、心の底の底まで見通すような、こんな目が、怖くないはずない。俺は、このひとをちっとも好きじゃないんだから。
「苛々してる……待ち人こずって感じかしら……?」
清水さんがまた占い師みたいな物言いをしたから、俺はぎょっとする。
待ち人来ず。確かになつめは来ない。
「なに、占い師かなんか?」
今度は確実に苛立った声が出た。心の奥底まで見通されているような感覚は不快だった。
なにも知らないくせに、と思った。俺となつめの間に会ったことを、なにも知らないくせに。
すると清水さんは、ふわりと頷いた。真っ黒い長髪が背中からさらさらと滑り落ちる。
「話さなかったかしら。デパートで占い師のバイト、してるのよ。」
多分、話されていた。俺が何の興味も持たず、話をまるで覚えていないだけで。
「じゃあ、占ってみてよ。」
挑むような声が出た。子供だましの占いなんかで、俺がなつめにしたことを当てられるはずもない。そう思うと、妙に好戦的な気持ちになった。
すると清水さんは、ちょっと苦笑して首を左右に振った。防御するように突き出されていた両手が、静かに下される。
「占いなんてできない。どうせインチキだもの。タロットカード並べてそれっぽいこと言ってるだけ。」
でもね、と、彼女はよく光る両目で俺を見た。
「でも、占いに縋りたくなるくらい追いつめられてる人の顔はたくさん見たわ。……今の、中村くんと同じね。」
占いに縋りたくなるほど追いつめられている?
自覚はなかった。だから、清水さんを見ているしかなかった。彼女の良く光る両目を見返すことはできなくて、彼女の細い顎のあたりを。
「……必要なら、タロットカードを持ってきましょうか?」
「……必要って?」
「雰囲気づくりの小道具。その方が、素直になれるっていうことなら。」
目の前の女がそう言った。電車の中でようやく思い出したこの人の名前は清水ミナコ。正直、下の名前はミナコじゃない気もする。
とにかくその清水さんは、自分から誘っておいたというのに、玄関でキスをしようとした俺から一歩離れて両腕で身を守るような動作をした。
「怖いって、なにが?」
身に覚えもないが、追撃する程の熱意もない俺はその場に突っ立ったままそう訊き返した。
清水さんは、大きな目で俺を見た。頭の先から足の先まで、じっくりと。
猫か占い師みたいによく光る目をしていた。俺は、自分がこんな目のひとと寝たことにちょっとした驚きを感じる。だって、こんな目、心の底の底まで見通すような、こんな目が、怖くないはずない。俺は、このひとをちっとも好きじゃないんだから。
「苛々してる……待ち人こずって感じかしら……?」
清水さんがまた占い師みたいな物言いをしたから、俺はぎょっとする。
待ち人来ず。確かになつめは来ない。
「なに、占い師かなんか?」
今度は確実に苛立った声が出た。心の奥底まで見通されているような感覚は不快だった。
なにも知らないくせに、と思った。俺となつめの間に会ったことを、なにも知らないくせに。
すると清水さんは、ふわりと頷いた。真っ黒い長髪が背中からさらさらと滑り落ちる。
「話さなかったかしら。デパートで占い師のバイト、してるのよ。」
多分、話されていた。俺が何の興味も持たず、話をまるで覚えていないだけで。
「じゃあ、占ってみてよ。」
挑むような声が出た。子供だましの占いなんかで、俺がなつめにしたことを当てられるはずもない。そう思うと、妙に好戦的な気持ちになった。
すると清水さんは、ちょっと苦笑して首を左右に振った。防御するように突き出されていた両手が、静かに下される。
「占いなんてできない。どうせインチキだもの。タロットカード並べてそれっぽいこと言ってるだけ。」
でもね、と、彼女はよく光る両目で俺を見た。
「でも、占いに縋りたくなるくらい追いつめられてる人の顔はたくさん見たわ。……今の、中村くんと同じね。」
占いに縋りたくなるほど追いつめられている?
自覚はなかった。だから、清水さんを見ているしかなかった。彼女の良く光る両目を見返すことはできなくて、彼女の細い顎のあたりを。
「……必要なら、タロットカードを持ってきましょうか?」
「……必要って?」
「雰囲気づくりの小道具。その方が、素直になれるっていうことなら。」
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる