愛じゃなくても

美里

文字の大きさ
17 / 24

愛じゃなくても

しおりを挟む
絶対に眠れない、章吾はそう思って布団の中でじっと天井を眺めていた。天井にはへこみがあった。引っ越してきたとき、服をかけるラックを組み立てた七瀬が付けたへこみだ。別にそう巨大なラックを組み立てたわけではないのに、なにがどうなってそんなところをへこませられるのか、章吾にはいまだに分からない。
 そんなことを思い出しながらぼんやりしていると、いつの間にか眠りに落ちていたらしく、七瀬の夢を見た。
 秋の夕方、七瀬がずぶ濡れで家に帰ってくる。
 傘持ってかなかったのか、と驚く章吾に、彼はべきべきに折れたビニール傘を見せた。
 『さっき折れた。30秒くらい前。台風って恐ろしいな。』
 章吾は銀色と透明のぐしゃぐしゃの塊になったビニール傘を見て、腹を抱えて笑った。今日の講義は二人が交代に出てノートを取っているそれで、今日は七瀬の番だったのだ。
 他にも二コマ程授業はあったのだが、章吾は自主休校を決め込んでいた。
 『お前って、雨男だよな。いつも濡れてんじゃん。』
 『ほっとけよ。別に雨男じゃねーし。』
 『そこで待ってろ。タオル持ってくるから。』
 章吾は洗面所からバスタオルを一枚取って、足早に七瀬のもとに届けた。
 その間に七瀬はビニール傘を靴脱ぎの壁に立てかけ、肌にへばりつくTシャツやデニムをはぎ取っていた。
 『ほら。早く拭け。』
 『ん。さんきゅ。』
 すっかり裸になって、青いタオルで白い身体を拭った七瀬が、ちらりと章吾を見やる。
 そんな目を向けられるまでもなく、章吾は七瀬の身体をじっと見ていた。
 ただの性欲だ、という顔をするのは章吾の方で、七瀬の表情はいつももっと切実だった。
 だから章吾はセックスするときいつも、七瀬の顔を見なかった。
 冷え切った七瀬の身体を抱きしめながら、頬と頬とを寄せる。彼の表情が分からないように。
 『章吾、章吾、』
 最中、七瀬はよく章吾の名前を呼んだ。
 章吾はいつも答えなかった。
 求められていることに、罪悪感があった。
 顔を見ないことも、返事をしないことも、七瀬から苦情を受けたことはない。多分、七瀬は章吾の罪悪感に気が付いていた。
 大学三年の秋。つまり、ほんの一週間ほど前の記憶だ。
 雨男と言うのは、今考えたら多分正しくない。七瀬と行った海も、山も、大抵の場合は晴れていた。
 ただ七瀬には、台風の日に休めない講義が重なってしまうような、妙な運の悪さがあったのだ。
 一番運が悪いのは、章吾なんかを好きになったことだとしても。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

処理中です...