愛じゃなくても

美里

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折れた傘をたたんだ章吾は、次にカーテンをレールから外した。息着くまもなく、次は紺色のパーカーと銀色のピアスを持ってくる。
 七瀬が折った傘と、七瀬と選んだカーテンと、七瀬がよく着ていたパーカーと、七瀬にもらったピアスだった。
 七瀬と眠ったベッドも運んできたかったがさすがにそれはできないので、シーツと布団をはがしてリビングに持ってくる。その他にも、七瀬と交代で取ったノートや、七瀬と共用していたリップクリームも持ってくる。
 それらをリビングの真ん中に並べると、七瀬の匂いが濃密に立ち込めるようだった。
 この匂いがいつも傍にあった。
 この匂いが隣で眠っていて、一緒に飯を食って、並んで登校して、授業を受けて、帰ってきて、シャワーを浴びて、時々は酒なんか飲んでみたりして、また一緒に眠った。
この、匂いが。
 同じボディソープを使って、同じ洗剤や柔軟剤を使って、それでも七瀬には七瀬の匂いがあった。章吾にも多分、章吾の匂いがあったのだろう。
 七瀬は寝る前にいつも、章吾の肩あたりに顔を埋めて深く息を吸った。
 おそらく彼は、章吾の匂いを確かめていたのだろう。
 「……。」
 七瀬、と、名前を呼びかけてこらえる。 返ってこない返事を待つのは、あまりに侘びしい
 名前を呼ぶ代わりに、しゃがみこんで掛け布団を引き寄せた。
 顔を寄せ、七瀬の匂いを探る。
 けれどそこにあるのは章吾と七瀬の匂いが混ざった匂いでしかない。
 違う、と思う。
 七瀬の匂いはこんなふうではなかった。
 鼻先にはまだ七瀬の匂いが残っているからこそ、答え合わせができないのが怖い。この匂いの記憶も薄れて消えていくと思うと、どうしようもなく怖い。
 背後からインターフォンの音が聞こえた。
 章吾はそれを無視した。
 七瀬の両親かもしれない、と一瞬よぎったが、これ以上七瀬の痕跡を持っていかれてはたまらないと思った。
 もう一度、インターフォンが鳴る。少し開けて、もう一度。
 それでもなにも答えず掛け布団に突っ伏していると、がちゃりと玄関の鍵が開けられる音がした。
 この部屋の合鍵を持っているのは、七瀬だけだ。
 分かってる。七瀬のはずはない。
 それでも章吾は掛け布団から顔を離し、玄関を振り向いた。
 「章吾さん……!」
 そこには七美が立っていた。必死の顔をして。
 「返事がないからどうしたのかと思った……。」
 安堵したように、硬かった七美の表情がふにゃりと崩れた。

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