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雛子がインターフォンを鳴らしたとき、菜乃花はすっかり待ちくたびれて、瞼を閉じたままうとうとしていた。だからといって、雛子に、待ちくたびれたわ、と、告げるわけにはいかない。そんなことを言ったら、雛子は菜乃花の家の近くまで引っ越してくるだろう。彼女には、そういうところがあった。
「いらっしゃい。」
「ちょっと久しぶりね。」
「そうかしら。」
「半年くらい?」
「そんなには、経たないんじゃないかしら。」
本当は菜乃花は、この前、雛子を家に呼んだ日付をしっかり覚えていた。つまりは、夫が温泉旅行に行った日を。でも、覚えていないようなふりをした。雛子に、そんな下手な芝居は通用しないと分かってはいたけれど。
「紅茶と珈琲、どっちがいい?」
「いらないわ。」
いらないから、早く話してよ、と、雛子はよく光る切れ長の目で菜乃花を見た。菜乃花は動揺を押し隠すみたいに彼女に背を向け、リビングへ入る。
早く話してよ、というのはつまり、早く抱かせてよ、という意味だ。菜乃花の愚痴が終わるといつも、雛子はその代償みたいに菜乃花を抱いた。はじめに彼女をこの部屋に呼んだ五年前から変わらない習慣だった。
好きよ、と、雛子にはじめて告白されたのは、まだ二人が中学生のときだった。菜乃花は、雛子が冗談を言っているのだと思って取り合わなかった。雛子は自分がレズビアンであるということを、高校に入ったくらいから平然と公言するようになった。それが逆に魅力になるような、妖艶な容姿と性格もあって、雛子は男にもおんなにも、よくもてた。恋人が途切れることなんてなかった。だから菜乃花はやっぱり、中学の時の告白なんてただの冗談だったのだろうと思って、気にしないようにしていた。けれども高校を卒業するときに、雛子は二度目の告白をしてきた。好きよ、と、変わらぬ率直さで。菜乃花は、またそれを冗談にした。冗談ではないことは分かっていたけれど。そして大学生になると、雛子は恋人を作らなくなり、電車で一時間くらいかかる街の違う大学に通っていた菜乃花にたびたび会いにきては、そのたびに告白をするようになった。それは、菜乃花が草平と付き合い始めても、変わることなく。
菜乃花はずっと、その告白を笑ってかわしてきた。だから掛け値なしに、本当にはじめてだったのだ。五年前の、あの夫が四日間不在にしたときが。
あのとき、三日目の夜に菜乃花は雛子を家に呼んで、夫は同性愛者の男といるのだと愚痴を言った。雛子はその愚痴を始めから終わりまで、真面目な顔で聞き、その後、菜乃花を抱いた。菜乃花も拒まなかった。それが対価だという気がしたし、雛子以外にそんな愚痴を言える相手はいなかった。
「いらっしゃい。」
「ちょっと久しぶりね。」
「そうかしら。」
「半年くらい?」
「そんなには、経たないんじゃないかしら。」
本当は菜乃花は、この前、雛子を家に呼んだ日付をしっかり覚えていた。つまりは、夫が温泉旅行に行った日を。でも、覚えていないようなふりをした。雛子に、そんな下手な芝居は通用しないと分かってはいたけれど。
「紅茶と珈琲、どっちがいい?」
「いらないわ。」
いらないから、早く話してよ、と、雛子はよく光る切れ長の目で菜乃花を見た。菜乃花は動揺を押し隠すみたいに彼女に背を向け、リビングへ入る。
早く話してよ、というのはつまり、早く抱かせてよ、という意味だ。菜乃花の愚痴が終わるといつも、雛子はその代償みたいに菜乃花を抱いた。はじめに彼女をこの部屋に呼んだ五年前から変わらない習慣だった。
好きよ、と、雛子にはじめて告白されたのは、まだ二人が中学生のときだった。菜乃花は、雛子が冗談を言っているのだと思って取り合わなかった。雛子は自分がレズビアンであるということを、高校に入ったくらいから平然と公言するようになった。それが逆に魅力になるような、妖艶な容姿と性格もあって、雛子は男にもおんなにも、よくもてた。恋人が途切れることなんてなかった。だから菜乃花はやっぱり、中学の時の告白なんてただの冗談だったのだろうと思って、気にしないようにしていた。けれども高校を卒業するときに、雛子は二度目の告白をしてきた。好きよ、と、変わらぬ率直さで。菜乃花は、またそれを冗談にした。冗談ではないことは分かっていたけれど。そして大学生になると、雛子は恋人を作らなくなり、電車で一時間くらいかかる街の違う大学に通っていた菜乃花にたびたび会いにきては、そのたびに告白をするようになった。それは、菜乃花が草平と付き合い始めても、変わることなく。
菜乃花はずっと、その告白を笑ってかわしてきた。だから掛け値なしに、本当にはじめてだったのだ。五年前の、あの夫が四日間不在にしたときが。
あのとき、三日目の夜に菜乃花は雛子を家に呼んで、夫は同性愛者の男といるのだと愚痴を言った。雛子はその愚痴を始めから終わりまで、真面目な顔で聞き、その後、菜乃花を抱いた。菜乃花も拒まなかった。それが対価だという気がしたし、雛子以外にそんな愚痴を言える相手はいなかった。
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