待つ

美里

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 草平は、自覚的か無自覚的かは分からないけれど、喜んでいるふりをしようとしたのだと思う。ともかく、笑おうとはした。けれどもうまくいかずに、笑みの出来損ないが空しく頬に張り付いた。そして言葉は一つも彼の口から出てこなかった。菜乃花は、無理をしなくていいのに、と思った。それは、半分祈るみたいに。無理をしないで、こどもなどいらない、と、言いきってくれれば、菜乃花だって思い切りが付いたのに。それなのに草平は、なにも言ってくれなかった。笑みの残骸を張り付けたまま菜乃花の作った食事をとり、菜乃花の沸かした風呂に入り、菜乃花が整えたベッドにはいった。長く水にさらされていた骨みたいに清潔に白い指が、菜乃花の視線の端で、時々痙攣じみて震えていた。
 セックスなんか、しなければよかった。
 菜乃花は、そう思った。
 あれは、子どもを作るための行為だ。それ以外の目的に使ったから、こんな不自然なことになっているのだ。
 そんなようなことを、駆け足になる口調で雛子に話すと、彼女は妖艶に赤い唇を微かに歪めて、笑った。
 「私は、子どもを作るためのセックスなんて、したこともないけどね。」
 おんなの子が好き。
 男に告白やナンパをされるたびに、あっさりそう返事していた雛子。何度でも菜乃花に、好きよ、と告げてきた雛子。
 彼女が繰り返してきた、夜を思った。絶対に子どもなんかとは関係してこない夜。それを菜乃花は、羨ましいと思った。
 「……草ちゃんも、おんなだったらよかったのに。」
 「それじゃ菜乃花は、あのひとを好きにならなかったでしょ。」
 「……そう、かしら。」
 「そうだよ。」
 さっぱりと言い切って、雛子はきれいな黒髪をかき上げた。指の間をさらさらと流れる黒。それが枕元に乱れるさまを、菜乃花は何度も見たことがある。そのとき、草平への罪悪感はいつもなかった。草平も男といるから、というわけではない。草平が男といるとしても、二人の間になんらかの関係があるわけではないのは分かっていた。それでも、罪悪感はなかった。多分、愛されてはいないからだ。
 「……草ちゃんは、私を好きだったのかしら。」
 ぽつんと漏れた言葉は、過去形だった。ずっと前から、知り合った当初から、草平は少しでも、菜乃花のことを好きだったのだろうか。
 愛されているような気は、していた。アプローチをしてきたのは草平からだったし、かつて草平は、かなりの熱意をもって、菜乃花を口説いた。それでも、それはただのお互いの勘違いだったのではないだろうか。草平は菜乃花を愛しているような勘違いをして、菜乃花は、草平に愛されているような勘違いをした、それだけの話ではないのだろうか。
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