待つ

美里

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 「もう、話は終わり?」
 雛子が、軽く言って菜乃花の顔をひょいと覗き込んだ。その何気なさが、菜乃花には救いであると同時に、罪悪感の源にもなった。子どもができた。その言葉に、中学生のときから菜乃花に思いを寄せてくれている雛子が、動じていないはずもない。
 だったら、身体だけでも、と、思うのだ。罪悪感から弾きだされるみたいに。応えられない思いなら、せめて、雛子が望むものの中で、菜乃花があげられるものは全てあげよう、と。その感覚は、はじめて雛子と寝た5年前から変わっていなかった。罪悪感から寝ている、と、雛子に言ったら、彼女はきっと嫌がるし、もう菜乃花を抱かなくなるのかもしれないけれど。
 「……草ちゃんは、帰ってくると思う?」
 「さあ。」
 「私は、草ちゃんに帰って来てほしいと思ってると思う?」
 「……さあ。」
 「私……、」
 それ以上、上手く言葉が出なかった。
 私は草ちゃんに帰って来てほしいと思っているのだろうか。
 いっそ帰って来なかったら、あっさり諦められるのに、なんて思ってはいないだろうか。あの男のひとが、草ちゃんを攫って行ってしまうことを、心のどこかで望んではいないだろうか。ずっと遠く、絶対に私の手が届かないところまで。
 「もう、話さなくていいよ。」
 雛子の白い手が、菜乃花の肩をふわりと抱いた。男のひとにそうされるときとは全然違うやわらかさとやさしさが、そこには確かにある。
 「言葉にすればするだけ、菜乃花は傷つくみたいね。」
 「……でも、」
 「でも?」
 「私、話せるひと、ひなちゃんしかいないから。」
 そんなことを言うと、雛子を痛めつけるかもしれないと、思わないわけではなかった。王様の耳はロバの耳の穴みたいに、雛子を扱っていること。それも、菜乃花への好意を利用して。
 けれども雛子は、どこかが痛むような様子は微塵も見せなかった。菜乃花のために、そうしてくれているのかもしれなかった。本当は、身体中が痛くても。
 そう考えると、もうだめだった。もう、ここで自分の感情を、雛子に一方的に吐き出すという行為に耐えられそうもなかった。だから菜乃花は、その場でブラウスのボタンを外そうとした。いつも、雛子に抱かれるのはこのソファでだった。夫婦の寝室へ、雛子を入れたことはなかった。それが最後のラインだと思っているのかも知れなかった。誠実さのラインなんて、とっくの昔に踏み越えてしまっているのに。
 
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