境界線

美里

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兄は、嬉しそうに笑った。
 一緒に死のう。
 この話が私たちの間で出たのは、はじめてではない。
 はじめて性的な関係を持ったとき、父が出ていったとき、母が入院したとき、私が家を出たとき、母が退院したとき、事あるごとに、この話は出ていた。
 ただし、出処はいつも、私ではなくて兄だった。
 私は兄の言葉をいつも拒絶した。死ぬ気はなかった。まだ生きていたかったというよりは、死ぬのが怖かった。
 でも、今なら死ねる、と思った。
 今なら、この絶望の中でなら、なにも恐れず死ねる。
 「はじめて美月から言ってくれたね。」
 兄が、まるで愛の言葉のやり取りでもしているかのように、言う。
 私は頷きながら、兄の胴に回した両手に力を込めた。
 これが正解だという気がした。
 もう二度と離れずに、二人でどこまでも落ちていければ、それはそれで正解だと。
 「みんないなくなって、それでうちはおしまい。それでいいよ。それがいいよ。」
 私の声音は、なぜだか妙に幼く聞こえた。それは、はじめて兄と抱き合った、16の歳に戻ったみたいに。
 そうだね、と、兄が私の耳元で囁いた。
 私はその低い声を、幸せとともに受け止めた。
 一緒に落ちていこう。この、間違いなく愛した人と。
 「どこで死のうか。」
 「どこだっていいわ。二人でいられるなら。」
 「誰にも邪魔をされない所が良いね。」
 かわされた言葉には、既視感があった。
 かつて、睦み合うための場所を探したときと同じような会話。
 私はうっとりと兄の胸に頬を押し付ける。
 この世で二人きりだと思った。もう誰もいらないし、誰にも邪魔はされないと。
 「うちにしようか。誰もいないしね。」
 兄がそう言って、私が頷く。
 一ヶ月、戻らなかった我が家。
 兄といくらでも求めあった、修羅の家。
 兄と心中するのなら、それ以上の場所はないと思った。
 兄の腕にしがみつき、ぴったりと身を寄せ合いながら、私たちは歩き出した。
 談話室を出ると、廊下をせわしなく行き来する看護師の一人が、私と兄を妙な目で見た。
 多分、勘のいい人で、私と兄の姿になにがしかの違和感を感じたのだろう。
 いつもの私なら、その視線を恐れた。
 兄と私の間にある秘密を嗅ぎつけられることが、心の底から恐ろしくて。
 けれど、今はもう平気だった。誰にどう思われようが、関係ない。私と兄は、もう一緒に落ちていくと決めたのだ。なにも、怖くなんかない。


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