共有物としての男

美里

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  「ねえ、叔父さん。」
 パパとママに挨拶をした叔父さんが、私の部屋に戻ってきた。受験勉強をしていた私は、教科書とノートを脇に置いて、勉強机の椅子をくるりと回して叔父さんの方へ顔を向けた。
 「なに?」
 叔父さんは、なにを訊いてもあっさり答えを出してくれそうな、いつもの、ふらふらしているのに落ち着いている、独特の態度で私の顔を見返した。
 「勉強って、大事?」
 私が訊くと、叔父さんは静かに瞬きをした。この問いを叔父さんに投げかけたくて、私はここ数か月、ずっと叔父さんがやってくるのを待っていた。だって、パパも、あの真面目なママも、この問いには正面から相手をしてくれない。大事だよ、と、それがあたかもこの世の中で唯一の真実みたいに言ってくるだけだ。だから、叔父さんがよかった。放蕩息子の叔父さんなら、パパとママとは違う答えを出してくれるのではないかと思った。なにか、私がもっと、身体の内側から納得できるような答えを。
 叔父さんは、微かに微笑んでいるような、いつものやさしい口元のまま、大事だねぇ、と、呟くように言った。私は、その答えに、心の底からがっかりした。叔父さんも結局、パパとママと同じ答えしかくれないのか、と。けれど叔父さんは、そこからさらに言葉を付け加えた。
 「勉強しないと、俺みたいになるよ。」
 その言葉は、なにかが深かった。叔父さんの中の、ずっと深い所から汲み上げられた言葉のようだった。叔父さんのそんな物言いをこれまで聞いたことはなかったから、私はなにか、聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がして、少し怯んだ。叔父さんは、そんな私を見て、削げた頬を子供をなだめるみたいにじわりと笑わせた。
 「千香子は、今年いくつだっけ。」
 「14。中三。」
 「今年受験か。」
 「そう。」
 私は、机の上に積み上げた教材の山を顎で示した。忌々しいけれど、これをうまくこなせるかで、私の人生の少なからずの部分が固定されると、私も察しはじめていた。
 「勉強、嫌い?」
 「嫌いよ。」
 「なんで?」
 「なんでも。」
 「俺みたいになるよ。」
 「叔父さんみたいになりたいもの。」
 私はそのとき、本気だった。本気で叔父さんみたいになりたかった。パパやママみたいになるのはつまらない。叔父さんみたいに私もいっそ、放蕩娘になってみたかった。
 
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