共有物としての男

美里

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 「千香子は?」
 「寝てるよ。」
 「そうだよね。」
 「顔見るか。」
 「うん。」
 これ、お土産、と、兄貴にチョコレートの箱を渡すと、兄貴はじわりと苦笑した。
 「まだ、千香子は食えないな。」
 「そうなの?」
 「ああ。」
 「……いいんだ。箱、きれいだろ?」
 「そうだな。」
 兄貴は、千香子がうっかり食べないように、と、箱を開けて中身のチョコレートを取り出した。そして、箱だけを俺に返してよこす。
 「千香子、喜ぶよ。」
 「……うん。」
 俺は、寝室に入り、薄い水色のベビーベッドに眠る千香子の枕元に、オレンジ色の箱を置いた。
 「……新しい仕事、どうだ?」
 兄貴が、千香子を起こさないように、ごく低い声で言った。俺は微塵も躊躇わずに、上手くいってる、と答えた。嘘ではない、と、自分に言い聞かせる。日々の仕事にはまるで不満はないし、給料は破格だ。そう、今夜、真澄さんとの間にあったことを給料の内と考えれば、ちょうど釣り合いが取れるくらいに。
 「今度は、続けられそうか?」
 「うん。」
 「なら、よかった。」
 「うん。」
 見ざる言わざる聞かざる。なにも考えずに、足音だけひそめて。大丈夫、簡単なことだ。
 「お前もそろそろ、ちゃんと将来について考えた方がいいぞ。」
 「……そうだね。」
 兄貴の言葉が正しいのは分かっている。俺ももうとうにはたちを越えている。それでもなぜだろうか、昔から俺には、自分に将来なんてものがあるとは思えないのだ。今現在が、15や20の頃の自分にとって、将来という言葉に該当することは分かっている。頭では分かっているのだけれど、感覚的にはまるでつかめない。15の俺も、20の俺も、全然成長なんてせずに、あの頃のままの姿で、その辺をふらふらほっつき歩いているような気がする。
 「飯、食ったのか?」
 「ううん。食ってない。」
 「なにか、食えよ。紗智子が用意してると思う。」
 「うん。」
 俺は、素直な弟の顔で、兄貴についてリビングへ向かう。俺がリビングに入るのと入れ違いに、義姉さんはリビングを出て寝室へ向かって行った。千香子を見てるわね、と。リビングのテーブルの上には、味噌汁とおにぎりと卵焼きが用意されていた。別に、これまでなにがあったわけでもないけれど、俺は多分、義姉さんにうっすら避けられている。ひどく真面目な義姉さんには、もしかしたら俺がこれまでしてきたことが、なんとなく透けて見えているのかもしれなかった。
 
 
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