21 / 29
6
しおりを挟む
「分かってるんだ。俺がきみのことを好きだっていうのと同じ意味で、きみが俺のことを好きにはならないって。」
それなのに、と、要さんは俺の方に視線を向けないまま、じっと俯いて肩を震わせている。
「きみは真面目でお人よしだから。もう、悪い人に騙されたら駄目だよ。ホテルなんて、ついてったら駄目。」
違うと思った。全然違うと。
悪い人は、俺の方だった。確実に。騙したのだって、きっと俺。真面目でもお人よしでもないくせに、俺に好意を向けてくれる要さんを利用した。
散々話を聞いてもらって、その上身体まで。
兄貴のことを忘れたくて、自分は狂っていないと思いたくて、壊れそうになっていた俺にとって、要さんからの好意は心地よかったのだ。とても。
「要さん、違う。」
「違わないよ。」
要さんの語気は激しかった。そしてやはり彼は、こっちを見てくれない。じっと、二人の間に落とされた3つの手に視線を落としているだけで。
「違わない。今日だって、どうして来たの? 俺はまた、なにかするかもしれないよ。適当に耳触りのいいこと言って、きみを騙して。」
顔が見たいと思った。どんな顔でこんなことを言っているのか。まさか本気で、自分が俺を騙してホテルに連れ込んだと思っているのだろうか、このひとは。
そんな無茶苦茶なことがあるか、と、俺は要さんの手を強く握った。
「やめて。」
要さんの声は、もう隠しようがないくらい、涙の気配で掠れていた。
「全部嘘だよ。俺は君のこと騙してただけ。」
俺の手の中から、薄いふたつの掌が引っこ抜かれる。俺はそれを力ずくで阻止した。
「泣きそうな声でそんなこと言わないで下さい。」
「嘘泣きだよ。」
「まさか。」
「また騙されるよ。」
「いいですよ。これが嘘泣きなんだとしたら、騙されたっていいです。」
お互い感情むき出しの言い争いの後、ようやく要さんの視線がこちらに寄越される。切れ長の二つの目は、本人いわく嘘泣きの涙で、縁まで一杯に満たされていた。
この涙が嘘なら、騙されたっていい。
押し付けるような口づけは、拒まれなかった。肩を押してソファの上で覆いかぶさっても、彼は抵抗しなかった。
俺がきみのことを好きだっていうのと同じ意味で、きみは俺のことを好きにはならない。
要さんの言葉は、俺と要さんが肌を縒りあうソファの周りを漂い続けていた。ずっと、ぐるぐると、呪いの言葉みたいに。
俺がその言葉に返事をしなかったから。要さんからの好意を失いたくない一心で、その言葉から逃げたから。
銀の糸みたいな嘘泣きの涙は、一晩中細く細く流れ続けていた。
それなのに、と、要さんは俺の方に視線を向けないまま、じっと俯いて肩を震わせている。
「きみは真面目でお人よしだから。もう、悪い人に騙されたら駄目だよ。ホテルなんて、ついてったら駄目。」
違うと思った。全然違うと。
悪い人は、俺の方だった。確実に。騙したのだって、きっと俺。真面目でもお人よしでもないくせに、俺に好意を向けてくれる要さんを利用した。
散々話を聞いてもらって、その上身体まで。
兄貴のことを忘れたくて、自分は狂っていないと思いたくて、壊れそうになっていた俺にとって、要さんからの好意は心地よかったのだ。とても。
「要さん、違う。」
「違わないよ。」
要さんの語気は激しかった。そしてやはり彼は、こっちを見てくれない。じっと、二人の間に落とされた3つの手に視線を落としているだけで。
「違わない。今日だって、どうして来たの? 俺はまた、なにかするかもしれないよ。適当に耳触りのいいこと言って、きみを騙して。」
顔が見たいと思った。どんな顔でこんなことを言っているのか。まさか本気で、自分が俺を騙してホテルに連れ込んだと思っているのだろうか、このひとは。
そんな無茶苦茶なことがあるか、と、俺は要さんの手を強く握った。
「やめて。」
要さんの声は、もう隠しようがないくらい、涙の気配で掠れていた。
「全部嘘だよ。俺は君のこと騙してただけ。」
俺の手の中から、薄いふたつの掌が引っこ抜かれる。俺はそれを力ずくで阻止した。
「泣きそうな声でそんなこと言わないで下さい。」
「嘘泣きだよ。」
「まさか。」
「また騙されるよ。」
「いいですよ。これが嘘泣きなんだとしたら、騙されたっていいです。」
お互い感情むき出しの言い争いの後、ようやく要さんの視線がこちらに寄越される。切れ長の二つの目は、本人いわく嘘泣きの涙で、縁まで一杯に満たされていた。
この涙が嘘なら、騙されたっていい。
押し付けるような口づけは、拒まれなかった。肩を押してソファの上で覆いかぶさっても、彼は抵抗しなかった。
俺がきみのことを好きだっていうのと同じ意味で、きみは俺のことを好きにはならない。
要さんの言葉は、俺と要さんが肌を縒りあうソファの周りを漂い続けていた。ずっと、ぐるぐると、呪いの言葉みたいに。
俺がその言葉に返事をしなかったから。要さんからの好意を失いたくない一心で、その言葉から逃げたから。
銀の糸みたいな嘘泣きの涙は、一晩中細く細く流れ続けていた。
0
あなたにおすすめの小説
こんにちは、付喪神です。
江多之折(エタノール)
BL
すみません、息抜き用に連載に昇格しました。そっと連載してる。
背後注意のところに※入れる感じでやります
特に大切にされた覚えもないし、なんならUFOキャッチャーでゲットしてゲーセンの袋に入れられたまま年単位で放置されてたけど、神、宿りました。 見てください、人型です。…なんで?
あ、神といっても特別な能力とかないけど、まぁ気にせず置いといて下さいね。宿ったんで。って汚?!部屋、汚ったな!嘘でしょ?!
え?なんですか?ダッチ…?
社畜気味リーマン(Sっ気有)×付喪神(生まれたての家政婦)の短編。じゃなくなった。でもゆるめ。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
先生と俺
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
ある夏の朝に出会った2人の想いの行方は。
二度と会えないと諦めていた2人が再会して…。
Rには※つけます(7章)。
さかなのみるゆめ
ruki
BL
発情期時の事故で子供を産むことが出来なくなったオメガの佐奈はその時のアルファの相手、智明と一緒に暮らすことになった。常に優しくて穏やかな智明のことを好きになってしまった佐奈は、その時初めて智明が自分を好きではないことに気づく。佐奈の身体を傷つけてしまった責任を取るために一緒にいる智明の優しさに佐奈はいつしか苦しみを覚えていく。
僕の目があなたを遠ざけてしまった
紫野楓
BL
受験に失敗して「一番バカの一高校」に入学した佐藤二葉。
人と目が合わせられず、元来病弱で体調は気持ちに振り回されがち。自分に後ろめたさを感じていて、人付き合いを避けるために前髪で目を覆って過ごしていた。医者になるのが夢で、熱心に勉強しているせいで周囲から「ガリ勉メデューサ」とからかわれ、いじめられている。
しかし、別クラスの同級生の北見耀士に「勉強を教えてほしい」と懇願される。彼は高校球児で、期末考査の成績次第で部活動停止になるという。
二葉は耀士の甲子園に行きたいという熱い夢を知って……?
______
BOOTHにて同人誌を頒布しています。(下記)
https://shinokaede.booth.pm/items/7444815
その後の短編を収録しています。
オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜
トマトふぁ之助
BL
某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。
そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。
聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる