兄貴の本命

美里

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前にホテルでしたときには気が付かなかったけれど、確かに要さんには噛み癖があるようだった。俺の肩に顔を埋めるようにして抱かれているときに、軽く首を伸ばしてはあちらこちらに歯を立ててくる。ちりりとした痛みが何度も走った。多分、また痕になっているだろう。
「要さん。」
「なに?」
「好きですよ俺、あなたのこと。」
 ぐるぐるソファの周りをまわっている、彼の台詞の残滓から目を逸らしたかった。
「好きですよ。」
 一枚きりの切り札みたいに、俺はその言葉を繰り返す。
 要さんは俺の背中に回した手に力を込めはしたが、返事はしてくれなかった。
 あなたはやさしいから、好きです。
 本当なのに。嘘ではないのに。それでも俺は、要さんが律儀につけた噛み痕にもう意識を奪われている。
 兄貴はまたすぐにこの痕に気が付くだろう。 
 項につけられた、赤い歯型。気が付かないわけがない。5年越しで要さんに焦がれているあの人が。
 そうしたらまた、狂うだろうか。
 きっと、狂う。狂って、また俺を抱く。3年まえにしていたみたいに、強姦する。
 だから思うのだ。要さんは本当にやさしいと。
 付けなければいいのに、噛み痕なんて。この歯形で行為がばれたことも、その結果俺が兄貴に抱かれたことも、この人は知っているのだから。
 要さんの、服の上から見ていたときよりずっと細く見える腰を抱きながら、俺は明日の夜におこるであろうことばかりに気を取られている。
 やっぱり、悪い人なのも俺だし、騙したのも俺だ。
 最低だな、と思う。狂っているとも思う。
 好きだと、その言葉は嘘ではないけれど、漂い続ける彼の言葉が俺の醜さを証明している。
 それでも俺は、要さんを押し倒してセックスにもつれ込んだ。この人の好意を利用して。
 要さんもそれには気が付いていたのだと思う。はじめ、彼は項を噛まなかった。服で隠れる肩や胸に歯を立てていた。それが、しばらくの躊躇の後、思い切ったように俺の項を噛んだ。しっかり痕が付くように、きつく。
「あなたのこと、好きなんです。」
 繰り返す言葉は、端から消えていく。要さんのそれみたいに、ソファの周りに残ってくれない。俺は、それでも縋るように繰り返し続ける。
「好きなんです。本当に。」
 本当ならいいと思った。本当なら、どれだけいいかと。この優しい人を、彼が言う意味での好きになれれば。
「好きです。」
 それなのに俺は狂ったままで、だから俺の言葉はぼろぼろになってどこかに消えていく
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