観音通りにて

美里

文字の大きさ
12 / 35

しおりを挟む
翌朝、青井と名乗った男は普通に台所でトーストを齧っていた。
 「おはよう。」
 昨日と変わらない、太平楽の笑顔。夕佳は昨晩、拾われてきた男の処理に悩んでなかなか寝付けず、寝返りばかり打っていたというのに。
 「パン食べる?」
 当たり前のような顔で問われ、夕佳は思わず眉をきつく顰めた。ここは私とママの家であって、あんたは他人だ。そんなことをあんたに訊かれる筋合いはない。
 「……食べない。」
 いつもの朝なら、トースト二枚とオレンジジュースを食べてから登校すると決まっているのだけれど、この男と同じテーブルに着く気にはなれなかった。母の拾い物には慣れているとはいえ、さすがに。
 「そっかー。」
 男はへらへらと笑った。夕佳のつれない態度などみじんも気にしていないのが明らかに分かる、ゆるい笑顔だった。
 夕佳はなんだかなにもかもが馬鹿馬鹿しく思えて、顔を洗いに洗面所に行き、せっせと寝癖を直し、薄い色つきのリップを塗って、セーラー服の襟を直した。
 観音通りの子どもたちは、毎日集団で登校する。それはもう抗いがたい習慣のようなもので、そうすることで身を守っているのだ。
 だから今日は朝食を摂らないからと言って、一人でさっさと登校するわけにもいかない。
 夕佳は肩先まで伸ばした髪に、無駄に熱心にドライアーをかけてブローすることで時間を潰した。鏡の中の自分は、不細工に口をへの字に曲げていた。
 洗面所を出、台所をすり抜けて玄関へ向かおうとすると、ひょいと男に呼び止められた。
 「今日は何時に帰って来るの?」
 それ、あんたに言う義理ある?
 そう口に出すのもあほらしい気がして、夕佳は黙ったまま玄関のドアを開けた。
 行ってらっしゃい、と、男の声が背中を追ってきた。それを夕佳は無視した。
 別に、毎朝ここに行きなさい、と言われているわけでもないのだけれど、観音通りの子どもたちが自然と集まるのは、後藤先生の保育所の前だ。誰もが幼少期に一度くらいは世話になっているので、なんとなく集まりやすいのかもしれない。
 観音通りも赤線地帯全盛期には子供も多かったなんて言うけれど、今はもう子供が少ない。夕佳と同じ中一は、渚が一人いるだけだ。あとは中学二年生の女生徒が一人と男子生徒が二人。中学三年生は男女が二人ずつ。
 「ねえ、ついにママが私のパパを拾ってきたんだけど。」
 先に保育所の前に来ていた渚に、半分冗談みたいに話しかけると、彼女はふわりと首を傾げた後、別にいいんじゃない、と言った。
 「本当の父親じゃなくても、一緒にいたい人と一緒にいるのはいいことだよ。」
 私は別にあの男と一緒にいたくない。
 言葉は喉に引っかかって出てこなかった。いつだって、この親友は夕佳よりもだいぶ大人びたものの考え方をする。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...