最後のキス

美里

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頭の濁りがどんどん強くなってくる。
 このまま意識を失うのかな、と、他人事のように思っていると、急に頭にかかっていた負荷が消えた。
 俺は枕を抱えたまま咳き込み、空気を求めて仰向けになった。
 速人はまだベッドの横に立っていた。
 表情が見えない弟に向かって俺は、出ていけよ、と言った。
 言ったつもりだったけれど、咳と嗚咽に紛れて、その言葉は多分速人には聞こえていなかった。
 「なんなんだよ。」
 速人が俺の肩を強く掴み、揺さぶった。
 俺は呼吸が苦しすぎてその手に逆らうこともできず、ただぐらぐらと、壊れたおもちゃのように揺すられていた。
 「俺のことこんなにしておいて、なんなんだよ、お前は。」
 速人のセリフの意味が分からなかった。
 こんなって、なに。
 なんなんだよって、なに。
 どうにか呼吸が整ってきたので、その疑問をそのまま速人にぶつけようとした。
 けれど、俺の唇は速人のそれに塞がれていた。
 意味が分からなかった。なんで俺は、速人にキスなんかされているのか。
 長くて冷たいキスだった。人肌と人肌が触れているのに、そこからなんの温もりも通わないような。
 やはり一方的に唇を離した速人は、またさっきの問いを繰り返した。
 「誰と寝たんだよ。」
 俺はまた口をつぐもうとした。そんなことはお前に関係ないだろうと言いたかった。
 けれど、唇が俺の意思を裏切る。
 「アプリで知り合った人。高峰さんっていうけど、本名かどうかは分からない。」
 速人に教えてもなににもならない情報だった。なのに俺は、こんな場面になってさえ、速人に抗いきれない。
 その理由がもしも俺の恋情から来ているならば、そんな感情は消えてしまえと自分を呪った。
 「なんで寝た。」
 速人の問いは端的だった。
 俺は、速人の顔が見たいと思った。どんな顔をして、こんな問いを重ねているのかと。
 ベッドに身を起こし、両手で速人の後頭部を掴んだ。
 速人は俺より細い腕で、俺の両手を振り払った。
 なんで、と思う。
 腕力なら俺のほうが強いはずなのに、なんで俺は速人にいつもかなわないのだろう。
 「そんなの知らないよ。」
 暗闇に溶け込む速人の輪郭を睨むように見据えながら、俺は吐き捨てた。
 「誰とどうして寝たのかなんて、お前には関係ないだろう。」
 「どうして。」
 速人が間髪入れずに返してきた。
 「俺たち、兄弟だろ?」
 真っ直ぐな声をしてた。なんの疑いようもなく自分の理屈を信じている人間にしか出せないような。
 

 
 
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