最後のキス

美里

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数日のうちに、姉が夜勤の夜がやってきた。
 姉は家を出る前に、俺の頬をなでて言った。
 「どこにも行かないでね。」
 俺はためらわずに頷いた。
 「うん。」
 姉に心配はかけたくない。たとえ、家の中にいることが、家の外にいることより俺にとって危険だとしても。
 「速人に言っておいたわ。良人が外に出ないように気をつけておいてって。」
 絶望的な姉の台詞に、それでも俺は頷いた。笑みさえ浮かべて。
 「大丈夫。どこにも行かないから。」
 どこにも行かない。
 覚悟はしていた。今日も俺は速人に犯される。 
 それでも俺にとっては、姉との約束のほうが大切だった。
 姉を見送り、自分の部屋に引っ込み、ベッドに身を投げる。
 本当に速人を拒みたいなら、ドアに鍵を取り付ければいい。
 分かってて、俺は分からないふりをしている。
 ベッドに転がって、雑誌を見ていた。当然雑誌の内容なんか頭に入っては来ない。
 三十分くらいそうしていただろうか。部屋のドアが開いた。
 速人だ。
 速人は狭い俺の部屋を大股二歩で横切り、ベッドの脇までやってきた。
 いつもならそこで、間髪入れずに頭を枕に押し付けられる。
 ところが今日の速人はそうはしなかった。
 「誰と寝てた。」
 低い問いだった。
 俺は一瞬何を言われているのか分からず、ぽかんとして速人を見上げた。
 速人の表情は、影になっていてまるで読み取れなかった。
 「誰と寝てたんだよ。」
 速人が更に問いを重ねる。
 俺はどうしていいのか分からないまま、じっと黙り込んでいた。
 「おい。」
 速人の声は、ほとんど怒声と言ってもよかった。恫喝するような、そんな響きをしていた。
 俺は唇をきつく噛んだ。
 誰と寝ていようがお前には関係ないだろう、と言いたかった。
 速人がベッドに身を乗り上げ、俺うつ伏せにさせると頭を枕に押さえつけた。
 いつもの行為だ。俺はいっそ気が楽だった。妙な問いかけをされるより、ずっと。
 呼吸が苦しくて、意識がぽんやりと濁ってくる。
 この濁りがなくては、俺は自分の弟との性行為になんか耐えられないと思う。
 速人がまた何か言ったけれど、濁った思考の中ではその言葉を捉えることはできなかった。
 どうでもいいから、早くやって早く終わらせてくれ。
 この濁りが、解けないうちに。
 そう念じているのに、速人の体重が身体にかかってくることはなかった。ただ、頭を押さえつけられているだけで。

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