観音通りにて・父親

美里

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 形として、俺は父親を抱いた。でも、実際のところは、父親が俺を抱いたとしか言えないのだろう。臆して動けない俺の身体を平然と扱いながら、父親は平気な顔をしていた。どんな禁忌を踏み越えているのか、理解してすらいないみたいな顔。父親が俺を体内に収めようとしたとき、俺は父親を止めた。ほとんど動けない身体で、それでも父親の腕を掴み、やめろ、と言った。すると、俺の腹にまたがった父親は、目を細めて俺を見下し、なんのためにここに来たんですか、と囁いた。
 なんのため?
 なんのためって、それは、父親を買いに。
 それはなんのためかっていうと……、
 頭の中が真っ白になった。なんのためかっていうと、の、その先が出てこなかった。真っ白な頭の中に、目の前で笑う父親の顔が映る。こんなふうに笑う顔なんて、見たことがなかった。家にいるとき、父親はいつでも、覇気がない半死人みたいな無表情でぼうっとしているから。
 ほんとにやめる?
 父親が耳朶に直接言葉を流し込む。
 やめる。
 俺の中の子どもがそう答えた。真っ直ぐ、なんの疑いもなく。でも俺は、大人になりたいとあがく俺は、その言葉を受け入れることができなくて、父親の腰を掴んで引き寄せていた。細くて薄い、腰と腹をしていた。こんな中に、男のものを収めて金を稼いでいるなんて、信じられないくらい。それなのに、父親は急な刺激に息を乱しながらも、平気な顔で俺の腹の上で腰を振っている。
 やめる。やめたい、やめて。
 俺の中の子どもが暴れている。でも、俺にはその声に従うことは、もうできなくて。
 ただの刺激としての快感は、確かにあった。父親がこの道で食っている、息子の俺のことも食わせている、プロなんだと納得するくらいに。そして、その快感が募れば募るほど、俺の中の子どもは泣き声を強めていく。
 「女、抱けなくなるよ。」
 父親が、呪いみたいな言葉を吐いた。俺はぎゅっと目をつぶって、父親の姿を頭から追い出そうとした。感覚器官の全てから父親を追い出してしまいたかった。
 「あんたも、女抱けないの?」
 辛うじて引きずり出した、反撃のための言葉。その言葉はやっぱり、父親の肌の表面すらかすらないだろうと思った。なのに、父親はなぜか、右目から涙を一粒流した。俺はその姿を見て、俺の言葉でようやく傷ついた父親を見て、認めたくないが確かに欲情したのだ。それを、体内に収めたものの硬度で理解したのだろう、父親は、不思議そうに首を傾げた後、ようやく自分が泣いていることに気が付いたらしい。汚れた指先で、涙の雫を拭った。
 
 
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