観音通りにて・ウリ専

美里

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「嘘だと思うならそれでもいいよ。あんたは俺より俺の母親を信じる。それだけの話でしょ。」
 掴まれた肩を押し込むようにして、光は辛うじて和巳の胸に収まった。
 一拍おいて体温が通う。
 涼より冷たいな、と思う。
 和巳は言葉を失ったまま、光の身体から手を離した。それは熱いものにうっかり触れてしまった時くらいの勢いで。
 もっと触ってほしかった。
 光にはもう、肉体的な接触以外に信じられるものはない。
 「触っててよ。お悩み相談なんてする気ない。」
 触っててよ。
 もっと強く、身体の深いところまで触ってほしかった。
 「……玲子さんのことでもいいよ。きみが自暴自棄になる理由を知りたい。話してよ。」
 和巳は光の身体に触れないまま、さらに言葉を重ねた。
 「俺にできることならなんでもする。だから、話して。お願いだから。」
 喉から辛うじてひっぱり出されたみたいに掠れた声を、光は苛立ちながら聞いていた。
 そして、苛立ちの次に湧いて来たのは嗜虐心だ。
 もっともっと濁してやりたいと思った。この男の中では、美化されて輝きを放っているのであろう、あの女を。
 「身体が金になるって教えてくれたのはあの女だよ、それについてだけは感謝してる。……あいつが部屋に男連れ込んで売春してるの観て育ったし、俺に最初の客を連れて来たのもあの女だし。」
 「……最初の、客?」
 信じられない、と言いたげな和巳の口調に、光の嗜虐心が益々つのる。
 「俺と母親と3Pしたいってど変態。なにも知らないで家でゲームしてたらあの女が連れて来てさ。……なにしたか、詳しく聞きたい?」
 本当は、今から10年近く前のことになるその日の出来事を、光ははっきり覚えてはいなかった。
 時が経ちすぎているし、多分心にストッパーがかかってあの日の記憶をぼやかしている。
 それでもいくらでも残酷な話をでっち上げてやろうと思った。
 しかし和巳は、辛うじて、といった動作で首を左右に振った。
 「なに? 聞きたくないの? なんでも話せって言ったくせに。」
 光はそこまでいってようやく、自分が笑っていることに気が付いた。手のひらで頬に触れると、そこは不自然に引き攣って唇の両端を吊り上げている。
 壊れてしまったのかもしれないと思った。自分の情緒が、ついに崩壊したのかもしれない、と。
 「帰りなよ。」
 光は和巳から身を離し、壁に寄りかかり直した。
 和巳は膝の上に両肘をつき、深く俯くようにして両手で顔を覆っていた。
 「あんたはここに来るべき人種じゃないんだよ、帰りな。」
 よろり、と、和巳がベッドから腰を上げた。
 そして光に手を伸ばし、一緒に帰ろう、と言った。
 光がその手を振り払うと、和巳は一人で部屋を出て行った。
 光はベッドに身を投げ出すと、少しだけ泣いた。


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