観音通りにて・ウリ専

美里

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光は和巳の一歩後を歩いた。隣に並ぶ気にはなれなくて。
 なぜだか涼のことを思い出していた。正確には、涼とのセックスを。
 涼はいつも、骨までしゃぶるように光を抱いた。いくら肌を重ねても、なにも生み出せない身体と身体。それをもどかしがるみたいに。
 和巳はどうやって玲子を抱いていたのだろうか、と思う。
 あの、変温動物みたいに冷たくも熱くもなる女。それでいて、身体の芯は冷えきったまま温度を変えはしない。そういう女だった。
 玲子に執着する男たちは、その芯の冷え切った部分に執着しているように見えた。
 決して温度を変えないその部分を、支配したくてもできずに。
 和巳もそうなのだろうか。あのトカゲみたいな女の冷え切った部分に執着しているのだろうか。
 そんな事を考えながらも口には出せず、光は黙ってただ歩いた。
 一歩前を行く和巳は、時々光を振り返った。
 光がまだそこにいることを確認するみたいに。
 光はその視線にいちいち苛立った。そんなに光を信用できないなら、腕を掴んで連行すればいいものを。
 やがて二人は黙り込んだまま、涼の家の前に差し掛かった。
 光は涼の部屋の窓に視線を投げた。
 涼がカーテンを細く開け、こちらを見ていることには以前から気がついていた。
 ただ、気がついてから、涼の部屋の方へ視線をやるのははじめてのことだった。
 一拍置いて、カーテンが開いた。しゃかしゃかと、慌ただしく。そして続いて、窓が開く。
 「涼!」
 光は、窓を開けこちらを伺う男の名前を呼んだ。
 和巳もつられるように涼の部屋を見上げる。
 涼は戸惑ったような、なんとも言えない顔で光と和巳を見下ろしていた。
 和巳と光は足を止め、涼は煙草の火を消した。
 そして、無言の間の後。
 「和巳さん。もう、やめてやってください。」
 涼の声は、低くても、明け方の住宅街によく響いた。
 光はその声を聞いて、なぜだか泣き出しそうになる自分を必死で抑え込んだ。
 和巳は立ち止まって涼を見上げた格好のまま、どうして、と呟くように言った。
 「分かっているでしょう。」
 「……分かっていないよ。」
 「光は玲子さんじゃない。」
 「……分かっているよ。」
 短い言葉のやり取り。その間中、光は和巳を見つめていた。
 嘘をついている顔ではないな、と思う。そしてすぐに、それが分かるほど深い仲ではないな、と思いかえす。
 ただ、どちらにしても和巳は、ひどく真面目な顔をしていた。それは、どこかが痛むみたいに。
 「やめてよ。」
 だから、光は涼を止めたのだ。和巳が可哀想にしか見えなくなって。
 二人の男が、弾かれたように光を見た。
 涼は裏切られたとでもいいたげな目をしていた。和巳は単純に驚いて目を見開いていた。






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