ママと娼婦

美里

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 「身体ならいつでも貸せるよ。」
 でもね、と、淳平は俺の目を覗きこんだ。
 「でも、今日の祐樹は、それじゃなにも解決しないみたいだ。」
 これまでずっと、淳平の身体を借りてきた俺としては、否定の言葉が見つからなかった。今日の傷は、深すぎた。いつもみたいに淳平の身体を借りて、癒されて立ち直るには、どうしても。
 「……裏切られた。」
 俺が膝を抱えて呻くと、淳平は長めの髪をさらりと流して、首を傾げた。
 「朝もそう言ってたね。」
 淳平に言われて、俺は、今朝淳平の家を出てから、まだ丸一日もたっていないことを改めて思い知り、ぐったりしてしまった。なんて長い一日。
 誰に? と、今度は淳平は訊かなかった。彼は、少しの間の後、静かに口を開いた。
 「祐樹が東京出てどっか田舎に就職したら、ついてくるかって訊いたよね。……俺、ずっとそれ、考えてて。俺は祐樹のこと裏切らないよって、思った。ついていくし、裏切らないよって。」
 俺はその言葉たちを聞いて、首を横に振った。もう、俺が東京から離れる意味はなくなった。姉の夫も、もう東京から出て行けとは言わないだろう。ただ、学費の支援を打ち切るだけで。
 「もう、意味ないから。どこに行っても、同じだし。」
 どうせ、どこに行っても同じだ。俺が俺である限り、過去はどこに行ってもついてきてしまう、追い払いようがないのだ。父も、母も、姉も、俺の人生から勝手に退場したくせに、いくら頼み込んだって完全に出ていってはくれない。
 長い無言の間の後、がばりと淳平が、唐突にストレッチみたいに背中をのけぞらせ、言った。
 「嫌だな。結局俺、セックス以外、なにもしてあげられないね。」
 天井を向いたその横顔は、涙をこらえているようにも見えた。
 「なにか、してあげたいんだよ。本当に。」
 それだけ、分かって。
 その言葉を聞いたら、なんだか俺も、どうしようもないくらい泣きたくなった。父も、母も、姉も、消えたけれど、まだ俺には、何かしてあげたいと思ってくれるひとがいる。俺はこんなふうに、不誠実な形でしか向きあってこられなかったのに、それでも。
 「……ごめん、淳平。」
 「ありがとうって、言ってよ。」
 「話すから。なにもかも。下手だけど。」
 「うん。」
 俺は一つ息をついて、父の失踪から端を発する、長い長い話を語り始める。窓の外では、本当に長い長い今日一日が、ゆっくりと明けて行こうとしていた。
 
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