21 / 22
21
しおりを挟む
「祐樹。」
いつものように淳平は、声のトーンを高くして俺を迎えてくれた。俺はやっぱりそれを聞くと、帰りたい、と思ったけれど、もう俺には帰るあてがない。この世でひとりきりだ。
「……どうしたの?」
玄関先に立ったまま、淳平が首を傾げたのだから、室内から洩れる微かな明かりだけでも分かるくらい、俺は顔色が悪かったのだろう。
「……別に。」
それしか言えなかった。淳平に聞かせられるような、まともなストーリーが、俺の人生には見つからなくて。淳平は眉をひそめ、嘘、と呟くように言った。
「顔色、酷いよ。体調悪いの? ……ううん、悪いのはきっと、心の方だね。」
心の方?
俺は首を傾げ、少し低い位置にある淳平の顔を見下ろした。分かるよ、と、淳平はちょっとだけ笑った。それは、身体のどこかが痛むみたいな笑い方だった。
「分かるよ。ずっと、祐樹だけ見てきた。」
応える言葉が見つからなかった。俺だけを見てきてくれたという、このひとに。俺はずっと、淳平の肉だけを利用してきたみたいなものだから。
「中、入って。」
淳平が玄関のドアを押さえ、俺を中に招き入れてくれた。俺は素直に淳平に従った。自分がなぜここに来たのかは分かっていた。俺は、せめて、確実に自分を好いていてくれているひとのところにいたかった。今日だけでも、返せない思いだとしても。
俺がベッドに腰を下しても、今日の淳平は、シャワー浴びてくるね、とも言わなかったし、服を脱ぎもしなかった。彼は、なにかを考えているような表情のまま、俺の隣に腰を落ち着けた。俺は、自分がそのことについてどう思っているのかも分からなかった。早く服を脱げ、と思っているのか、今隣に座ってくれたことに感謝しているのか。頭の中に風穴があいて、そこから思考が全部流れ出てしまったみたいに、俺の中は空っぽだった。
「……なにがあったの?」
淳平が、膝の上に頬杖をつき、俺の顔を覗き込みながら問うてきた。
なにが?
俺は首を傾げた。なにがあったかと訊かれれば、姉が死んだのだ。それ以上でもそれ以下でもない、本日のメインイベント。でも、姉が死んだというだけでは、俺の今の感情は、多分全然淳平には伝わらない。
「話してよ。」
いつかと同じ台詞を、淳平は静かに口にした。
「祐樹は、俺にはなにも分からないと思ってるんだろうね。でも、ここに来たってことは、なにか俺に話したいんじゃないの? それとも、ただ今日もセックスしたいだけ?」
いつものように淳平は、声のトーンを高くして俺を迎えてくれた。俺はやっぱりそれを聞くと、帰りたい、と思ったけれど、もう俺には帰るあてがない。この世でひとりきりだ。
「……どうしたの?」
玄関先に立ったまま、淳平が首を傾げたのだから、室内から洩れる微かな明かりだけでも分かるくらい、俺は顔色が悪かったのだろう。
「……別に。」
それしか言えなかった。淳平に聞かせられるような、まともなストーリーが、俺の人生には見つからなくて。淳平は眉をひそめ、嘘、と呟くように言った。
「顔色、酷いよ。体調悪いの? ……ううん、悪いのはきっと、心の方だね。」
心の方?
俺は首を傾げ、少し低い位置にある淳平の顔を見下ろした。分かるよ、と、淳平はちょっとだけ笑った。それは、身体のどこかが痛むみたいな笑い方だった。
「分かるよ。ずっと、祐樹だけ見てきた。」
応える言葉が見つからなかった。俺だけを見てきてくれたという、このひとに。俺はずっと、淳平の肉だけを利用してきたみたいなものだから。
「中、入って。」
淳平が玄関のドアを押さえ、俺を中に招き入れてくれた。俺は素直に淳平に従った。自分がなぜここに来たのかは分かっていた。俺は、せめて、確実に自分を好いていてくれているひとのところにいたかった。今日だけでも、返せない思いだとしても。
俺がベッドに腰を下しても、今日の淳平は、シャワー浴びてくるね、とも言わなかったし、服を脱ぎもしなかった。彼は、なにかを考えているような表情のまま、俺の隣に腰を落ち着けた。俺は、自分がそのことについてどう思っているのかも分からなかった。早く服を脱げ、と思っているのか、今隣に座ってくれたことに感謝しているのか。頭の中に風穴があいて、そこから思考が全部流れ出てしまったみたいに、俺の中は空っぽだった。
「……なにがあったの?」
淳平が、膝の上に頬杖をつき、俺の顔を覗き込みながら問うてきた。
なにが?
俺は首を傾げた。なにがあったかと訊かれれば、姉が死んだのだ。それ以上でもそれ以下でもない、本日のメインイベント。でも、姉が死んだというだけでは、俺の今の感情は、多分全然淳平には伝わらない。
「話してよ。」
いつかと同じ台詞を、淳平は静かに口にした。
「祐樹は、俺にはなにも分からないと思ってるんだろうね。でも、ここに来たってことは、なにか俺に話したいんじゃないの? それとも、ただ今日もセックスしたいだけ?」
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
美しき父親の誘惑に、今宵も息子は抗えない
すいかちゃん
BL
大学生の数馬には、人には言えない秘密があった。それは、実の父親から身体の関係を強いられている事だ。次第に心まで父親に取り込まれそうになった数馬は、彼女を作り父親との関係にピリオドを打とうとする。だが、父の誘惑は止まる事はなかった。
実の親子による禁断の関係です。
過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される
中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」
夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。
相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。
このお話はムーンライトでも投稿してます〜
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる