道行ごっこ

美里

文字の大きさ
7 / 14

しおりを挟む
 やっと長かった爪の手入れを終えた草平が、外出るか、と呟いた。これもいつも通りことだ。気がすむまで爪をやすった後、食事の前に、温泉街をぶらぶらと散策する。小さく寂れたこの街は、いつ来ても変わりがなくて、首を吊るのにちょうどよさそうな枝ぶりの木も、睡眠薬をいくらでも売ってくれそうな怪しげな薬屋も、簡単に俺たちを誘惑する。それなのに、草平はそれらを見るたびに、ここで死ぬか、と言うくせに、それらの前を通り過ぎるだけで、本当に死んだりはしない。はじめてここに来たときは、俺も、草平の、死ぬか、にいちいち動じていたのだけれど、今はもう、そんなこともない。いいよ、と答えながら、なんとなく少しだけ悲しい気分になるだけだ。ただ、この散策の間だけは、酔ったふりをした俺が肩に寄りかかっても、草平はそれを押しのけない。そのこともなぜだか、俺の胸をいつも悲しみで満たした。草平と二人で道行ごっこをするようになってから、旅館の二人っきりの部屋で、俺は何度か草平の肩に触れた。その度に草平は、俺を邪険に払いのけた。そうされるときのほうが、なぜか悲しくはなかった。
 「いいよ、行こう。」
 お猪口に残っていた酒を飲み干して、俺はつとめて酔いが回ったふうを装って、隣まで来ていた草平の腕に自分の腕をからませる。草平は、なにも言わない。この無口で自分勝手で神経質な男も、菜乃花さんとはこんなふうに腕を組んで歩調を合わせ、外を歩いたりするのだろうか。
 部屋を出て、宿屋の出入り口まで歩く途中、きれいに磨かれてオレンジ色がかった木目の廊下で、さっき酒を持ってきてくれた中居さんとすれ違った。彼女は草平に絡ませた俺の腕をちらりと見た後、一瞬だけ俺の顔も見た。俺は酔っ払いらしくへらへらしていなくてはいけないのに、そのときだけは、笑っていられなかった。とられたくなかった。菜乃花さんにならば、もう何度も越えた冷たい夜の中であきらめもついたけれど、このぽっと出の女には。
 俺は中居さんとすれ違った後、少し高い所にある草平の顔を、へらりと笑いながら見上げた。彼は、いつもと同じ仏頂面で、別になにという表情も浮かべてはいなかった。俺はそのことに、内心で安堵した。
 「草平。」
 「なんだ。」
 「いいの?」
 「なにが。」
 「さっきの中居さん。」
 いいんだ、と言ってほしかった。でも、草平はなにも言ってはくれなかった。つまらなそうな顔で下駄箱から靴を出し、履き替えている。俺もそれに続いた。春の夕方。まだ暮れきらない白い光が狭い路地に射しこんでいる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

俺達の関係

すずかけあおい
BL
自分本位な攻め×攻めとの関係に悩む受けです。 〔攻め〕紘一(こういち) 〔受け〕郁也(いくや)

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

処理中です...