雨の夜には

美里

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 里砂が俯いたまま、微かに唇を笑わせた。それは、全く明るさのない、沈んだ笑みだった。
 「……怖いんでしょ。分かってる。」
 彼女が言って、俺はほとんど無意識に頷いた。
 怖い。彼女を失うことが、怖い。俺にはどうしたって、彼女しかいない。
 「私だって、怖いよ。友達なら、ずっと一緒にいられると思ってたんだもん。あんたの恋は、いつも失敗ばっかりだったから、毎回、今度こそ上手くいけばいいって思ってたけど、絶対上手くいかないでって、そうも思ってたの。上手くいかなければ、私はずっとあんたの側にいられる。」
 彼女は、ため息交じりにそう言って、俺をまた見上げた。今度はその瞳に、強い色はなかった。いつもの里砂の目だ、と思って、俺は安堵しかけた。そして、そうではないのだ、とすぐに気が付きもした。里砂は、俺のためにいつもの目を装ってくれているだけだ。本当は、さっき強い目をしていた時と同じ思いつめ方をしている。
 「これまでは、それでよかった。高校まではね。あんたはゲイだってことを隠してたし、好きな人ができたって、絶対告白なんかしなかった。たまに男と寝てるのは知ってたけど、それで遠くに行っちゃうとは思わなかった。……でも、今回は、違うから。一緒に死のうなんて言って、どこまでも行っちゃうんじゃないかって思ったの。」
 だから、余計なことを言ったわ、と、彼女が囁くように言った。
 余計なこと。
 俺は茫然としたまま、その言葉を頭の中で繰り返した。
 言いたいことがあるなら、言った方がいい。
 それは、余計なことだったのだろうか。
 俺はそうは思えないのに、彼女はすっかりそう思い込んでいる。
 「私、女だから……、」
 そこまで呟いて、里砂は右目から涙を一雫零した。そして間髪入れずにそれを、鬱陶しそうに手の甲で拭う。その仕草は完全に彼女らしくて、俺はこんなときなのに素直に、とても慕わしいと思った。だから余計に、言葉に迷ったのだ。なにを言っても、彼女を傷つけてしまうと分かって。
 俺は、彼女が好きだ。でもその意味は、彼女が望んだものと違う。彼女が俺に望んでいるのは、恋愛感情なのだろう。俺が、どんなに望んでも悩んでも転げ回っても、おんなのひとには抱けなかった。
 本当に無理なのか、と、自分で自分に問いかけてみる。ここにいるのは、ただのおんなのひとではない。里砂だ。それでも、無理なのか、と。
 里砂の視線の中で、悩んだのは多分、ごく短く数秒間だった。
 「……里砂なら、」
 里砂なら、好きになれるかもしれない。
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