雨の夜には

美里

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 「どうせなら、母親に会いに行くの、一緒に来てよ。彼氏ですって紹介するから。」
 できる限り軽く。意識しながら発した言葉に、彼はいつものように眉を寄せて吐き捨てた。
 「ホモが調子に乗るな。」
 いつもの俺らだ。そう思うと、妙に安心した。ふわふわと脳味噌が軽くなったみたいに、思ったことがそのまま言葉になってあふれてくる。
 「あんたもホモだったらよかったのに。」
 すると彼は、いつもの無表情で軽く頷いた。
 「そうだな。」
 「え?」
 予想外の返事に、俺は驚いてしまった。だって、そんなの、もしかして、俺のこと。しかし彼は、さらに先の言葉を続ける。
 「そうしたら、お前と寝たこと、ここまで後悔しなくてすんだのにな。」
 「後悔、してるの?」
 当たり前だろ、とは、内心では思っていた。だって、彼はのんけだ。男の俺と関係を持ってしまうなんて、人生の汚点に違いない。
 「……お前が、女だったらよかったのにな。」
 低い声。俺はなにも返せなかった。なにをどうしても、女にはなれない心と身体。それを引きずって生きてきたこれまでの人生。分かってる。俺が男である限り、彼と一緒に生きていくという選択肢はない。彼は俺に、一緒に死ぬか、としか訊かなかった。それ以外の選択肢はないのだ。どうしたって。
 俺はそれ以上、なにも言えなかった。彼もそれ以上、なにも言わなかった。俺と彼は、寒くて薄暗い部屋の中で、並んで座って雨音を聞いていた。しとしとと、冷たく響く、水の音。いつまでもやまないような気がしたそれは、夜明け前に降りやんだ。部屋があまりに静かだったので、窓の外を覗くまでもなく、俺も彼もそれに気が付いた。
 彼が、ベッドから立ち上がる。俺は、それを引き留めたくて、でもできなくて、どうしようかと一瞬悩んでから、いつもと同じように玄関まで彼の背中を追って行った。もう、きっと二度と見るともない彼の背中。
 彼は振りかえらなかった。いつものように黙って部屋を出て行った。俺も黙っていた。いつもと同じように。空を見上げれば、鮮やかに白く夜が明けていくところだった。
 これでいい。これだけでいい。
 俺は自分に言い聞かせながら、彼の背中が見えなくなるまでその場に立ち尽くしていた。そして、それから部屋に戻り、熱いシャワーを浴びた。今日は、忙しくなる。母親に会いに行って、里砂のところにも少し顔を出したい。それから授業を2コマ受けて、夜はバイトだ。
 これでいい、これだけでいい。
 何度も何度も繰り返しながら、俺ははじめて、シャワーを浴びながら、ダサいトレンディドラマみたいに泣いた。
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