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第二章

5話 貴方に私が拒めるの?(改)

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 グリフィスは右手を伸ばすと、クリスの腕を乱暴に掴んで引き寄せた。驚きの表情を浮かべるのも構わずに、唇を奪おうとする。
 突然のことに背けるその顎を捉え、強引に唇を重ね合わせた。強く唇を引き結ぶその抵抗をものともせず、肉厚な舌でこじ開けると、深く、思うがままに咥内を蹂躙する。
 クリスが渾身の力で押し返し、身を翻そうとしたところを、机の上に仰向けで引き倒す。

 積み重なった書類が無造作にばさばさと落ちていく、

「グリフィス……やめて……」

 その言葉は覆いかぶされたグリフィスの口の中に消えていった。何度も何度も角度を変え、くちづけは陵辱の一途を辿り、気付いた時には口の中に血の味が広がっていた。攻撃的なキスに咥内が切れてしまったようだ。

 クリスが身を震わせながら、涙を流し始めた時、唐突にそれから解放された。視界が涙で霞んでいる。

「さあ、早く出て行ってくれ! これ以上いたら、君をこの場で奪ってしまう!」

 一瞬合わさった視線を、避けるようにグリフィスは背中を向けた。

「強引に抱かれたくはないだろう? 早く行ってくれ」
「立て……ない…の……」 

 身を強張らせたグリフィスが、振り向いてクリスを一瞥した。

「――デイヴィッドを呼んでくる。彼に運んでもらおう」
「こんなところ、見られたくない。貴方が運んで……」

 しばしの間、グリフィスは身じろぎせずにいたが、諦めたように近付くと机の上からクリスを抱き起こそうと手を伸ばす。
 すっとクリスの右手が上がった。

「なぜそんな辛そうな目をしているの?」
 彼の頬に手を当てながら囁いた。グリフィスは息を呑むと、視線を背ける。

「君の気のせいだ」
「本当に? ならもう一度こちらを見て」
「必要ない」
「私が怖がって婚約を破棄するように、わざと仕向けたの?」
「そんなことは――」 
「今までずっと大切にしてくれていたのに、いきなりこんなのおかしいわ! こちらを見て、私の気のせいなら見せられるはずよ……」

 グリフィスは始め避けていたが、やがて覚悟を決めたようにクリスと視線を合わせた。彼女の唇の端からは血が滲み、強く掴んだ肌には跡が残っている。抑えきれずにその想いが強く瞳に現れた。

「やっぱり――」

 クリスが、悲しみとも怒りともつかない表情になる。

「なぜこんな事をしたの……? 私を騙せると思ったの? グリフィスは、別れても構わないの!?」

 グリフィスは観念したように息を吐いた。

「――構わなくはないが……自分の執着さ加減も知っているし、結婚して君を哀しませる位なら、今の内に別れたほうがいいと思った。一月後に久しぶりに会ったら、手放せるかどうか自信がないし、今、憎まれて別れたほうが、お互い未練が残らずに断ち切れると……」

「じゃあ、私が貴方を諦めて他の男性と結婚してもいいの?」
「それは許さない……!! そんな事になったら相手の男を殺してやる!!」

 クリスはぽかんとした。

「――貴方の言っていること、矛盾しているわ」
「分かっている。だから困っているんだ。でも、相手を殺すようなことはしな――デイヴィッド辺りが止めてくれるから安心してくれ」 
「なにそれ……?」

 クリスがくすくすと笑いを零す。

「大丈夫。私は貴方と結婚するんだから、誰も殺さないで済むわ。」
「俺はやめたほうがいい、自分でも病的な事は分かっている。それに結婚には、双方の同意が必要だが?」

 グリフィスが片眉を上げた。

「貴方に私が拒めるの?」
「なに?」

 クリスは、机の上で仰向けたまま、両手でグリフィスのシャツ掴んで引っ張った。咄嗟のことに、バランスを崩しクリスの両側に手をついてしまう。
「キスして……」

 目を瞑り、かすかに開けた唇が自分を誘惑する。グリフィスはぐっと踏みとどまった。クリスを思って別れようとしたのだ。ここでくちづけたら、それこそ絶対に手放せなくなる。
 先程まではじき出していた営業損益に思考を飛ばし、掴んでいるクリスの手を、シャツから外そうとした。

「してくれないの・・・?」
 その声に視線を向け、後悔した時には遅かった。月明かりの下、机の上一面に広がり、艶を持って美しく波打つダークブロンドの髪、銀灰色の瞳は光加減で微妙に色が変わり、小刻みに身を震わせてこちらを見上げているそのさまを……

 一瞬で理性が吹き飛んだ。駄目だ、ただでさえ恋焦がれているのに、こんな姿を見てしまったら……。しかし、先程乱暴にしたばかりだ――
「まだ怖いんじゃないのか?」

 クリスはこくんと頷いた。

「さっきはとても怖かった……もう、あんなことは絶対にしないでね」

 思い出したのか涙が滲み、濡れた瞳で見上げられ、グリフィスは後悔に苛まれた。

「悪かった……」
「でも、暫くキスしてないから、してほしいの……優しく……してほしい」

 紅い顔をして恥かしげに言うクリス。
 まずい――理性をフル動員しないと。欲望のままに貪ってしまう。

 最初はその美しく流れる髪を梳かすように撫でていた。クリスの様子を見ながら、髪を一房掴んでくちづける。次に手の甲にキスを落とし、肘の内側にもくちづける。

 怖がる素振りを見せないので、頬を撫で、ゆっくりと身を傾ける。
 引き締まった身体が覆い被さり、唇を塞がれる。クリスの手が、いつのまにかグリフィスの首の後ろに回り、肩のシャツを握り締めている。

「もう怖くはない?」

 キスの途中で聞いてみると、クリスはこくんと頷いた。

「大丈夫……グリフィスとのキス、久しぶりだから、できれば……もっと……」
 真っ赤になって視線を逸らす。

 もう一度深いキスをした後、グリフィスは自分を落ち着けるように深呼吸をした。少し落ち着いてきたところで、クリスの肩と腰に手を差し込んで、ゆっくりと抱き起こす。

「急にどうしたの?」
「このまま君を抱いてしまいたくなった」
 
 紅くなったクリスを離し難く、グリフィスが囁いた。
「せめて、キスだけでももう一度……」

 恥かしそうに自分を見上げるクリスの顎を軽く掴み、その瞳を見つめたまま、静かにその身を屈めていく。彼女の唇をそっと塞ぎ、愛情を込めてくちづける。身体を離し見下ろすとその瞳が潤んでいて、僅かに開いた唇がグリフィスをまたのキスへと駆り立てる。

 その後は理性を総動員して、やっとクリスからその身を離す。
「部屋まで送ろう」


 月明かりの中クリスの部屋が近付く。やがて額にキスを落とすと、急にこの先ひと月程の別離にせつなさがこみあげ、肩を抱く手にも知らぬ間に力の入るグリフィスだった。


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