ふたなりのままでいようと思ったら、知略の王子と不敵なる王から、狙われてしまった私

sierra

文字の大きさ
30 / 94
第二章

5話 貴方に私が拒めるの?(改)

しおりを挟む
 グリフィスは右手を伸ばすと、クリスの腕を乱暴に掴んで引き寄せた。驚きの表情を浮かべるのも構わずに、唇を奪おうとする。
 突然のことに背けるその顎を捉え、強引に唇を重ね合わせた。強く唇を引き結ぶその抵抗をものともせず、肉厚な舌でこじ開けると、深く、思うがままに咥内を蹂躙する。
 クリスが渾身の力で押し返し、身を翻そうとしたところを、机の上に仰向けで引き倒す。

 積み重なった書類が無造作にばさばさと落ちていく、

「グリフィス……やめて……」

 その言葉は覆いかぶされたグリフィスの口の中に消えていった。何度も何度も角度を変え、くちづけは陵辱の一途を辿り、気付いた時には口の中に血の味が広がっていた。攻撃的なキスに咥内が切れてしまったようだ。

 クリスが身を震わせながら、涙を流し始めた時、唐突にそれから解放された。視界が涙で霞んでいる。

「さあ、早く出て行ってくれ! これ以上いたら、君をこの場で奪ってしまう!」

 一瞬合わさった視線を、避けるようにグリフィスは背中を向けた。

「強引に抱かれたくはないだろう? 早く行ってくれ」
「立て……ない…の……」 

 身を強張らせたグリフィスが、振り向いてクリスを一瞥した。

「――デイヴィッドを呼んでくる。彼に運んでもらおう」
「こんなところ、見られたくない。貴方が運んで……」

 しばしの間、グリフィスは身じろぎせずにいたが、諦めたように近付くと机の上からクリスを抱き起こそうと手を伸ばす。
 すっとクリスの右手が上がった。

「なぜそんな辛そうな目をしているの?」
 彼の頬に手を当てながら囁いた。グリフィスは息を呑むと、視線を背ける。

「君の気のせいだ」
「本当に? ならもう一度こちらを見て」
「必要ない」
「私が怖がって婚約を破棄するように、わざと仕向けたの?」
「そんなことは――」 
「今までずっと大切にしてくれていたのに、いきなりこんなのおかしいわ! こちらを見て、私の気のせいなら見せられるはずよ……」

 グリフィスは始め避けていたが、やがて覚悟を決めたようにクリスと視線を合わせた。彼女の唇の端からは血が滲み、強く掴んだ肌には跡が残っている。抑えきれずにその想いが強く瞳に現れた。

「やっぱり――」

 クリスが、悲しみとも怒りともつかない表情になる。

「なぜこんな事をしたの……? 私を騙せると思ったの? グリフィスは、別れても構わないの!?」

 グリフィスは観念したように息を吐いた。

「――構わなくはないが……自分の執着さ加減も知っているし、結婚して君を哀しませる位なら、今の内に別れたほうがいいと思った。一月後に久しぶりに会ったら、手放せるかどうか自信がないし、今、憎まれて別れたほうが、お互い未練が残らずに断ち切れると……」

「じゃあ、私が貴方を諦めて他の男性と結婚してもいいの?」
「それは許さない……!! そんな事になったら相手の男を殺してやる!!」

 クリスはぽかんとした。

「――貴方の言っていること、矛盾しているわ」
「分かっている。だから困っているんだ。でも、相手を殺すようなことはしな――デイヴィッド辺りが止めてくれるから安心してくれ」 
「なにそれ……?」

 クリスがくすくすと笑いを零す。

「大丈夫。私は貴方と結婚するんだから、誰も殺さないで済むわ。」
「俺はやめたほうがいい、自分でも病的な事は分かっている。それに結婚には、双方の同意が必要だが?」

 グリフィスが片眉を上げた。

「貴方に私が拒めるの?」
「なに?」

 クリスは、机の上で仰向けたまま、両手でグリフィスのシャツ掴んで引っ張った。咄嗟のことに、バランスを崩しクリスの両側に手をついてしまう。
「キスして……」

 目を瞑り、かすかに開けた唇が自分を誘惑する。グリフィスはぐっと踏みとどまった。クリスを思って別れようとしたのだ。ここでくちづけたら、それこそ絶対に手放せなくなる。
 先程まではじき出していた営業損益に思考を飛ばし、掴んでいるクリスの手を、シャツから外そうとした。

「してくれないの・・・?」
 その声に視線を向け、後悔した時には遅かった。月明かりの下、机の上一面に広がり、艶を持って美しく波打つダークブロンドの髪、銀灰色の瞳は光加減で微妙に色が変わり、小刻みに身を震わせてこちらを見上げているそのさまを……

 一瞬で理性が吹き飛んだ。駄目だ、ただでさえ恋焦がれているのに、こんな姿を見てしまったら……。しかし、先程乱暴にしたばかりだ――
「まだ怖いんじゃないのか?」

 クリスはこくんと頷いた。

「さっきはとても怖かった……もう、あんなことは絶対にしないでね」

 思い出したのか涙が滲み、濡れた瞳で見上げられ、グリフィスは後悔に苛まれた。

「悪かった……」
「でも、暫くキスしてないから、してほしいの……優しく……してほしい」

 紅い顔をして恥かしげに言うクリス。
 まずい――理性をフル動員しないと。欲望のままに貪ってしまう。

 最初はその美しく流れる髪を梳かすように撫でていた。クリスの様子を見ながら、髪を一房掴んでくちづける。次に手の甲にキスを落とし、肘の内側にもくちづける。

 怖がる素振りを見せないので、頬を撫で、ゆっくりと身を傾ける。
 引き締まった身体が覆い被さり、唇を塞がれる。クリスの手が、いつのまにかグリフィスの首の後ろに回り、肩のシャツを握り締めている。

「もう怖くはない?」

 キスの途中で聞いてみると、クリスはこくんと頷いた。

「大丈夫……グリフィスとのキス、久しぶりだから、できれば……もっと……」
 真っ赤になって視線を逸らす。

 もう一度深いキスをした後、グリフィスは自分を落ち着けるように深呼吸をした。少し落ち着いてきたところで、クリスの肩と腰に手を差し込んで、ゆっくりと抱き起こす。

「急にどうしたの?」
「このまま君を抱いてしまいたくなった」
 
 紅くなったクリスを離し難く、グリフィスが囁いた。
「せめて、キスだけでももう一度……」

 恥かしそうに自分を見上げるクリスの顎を軽く掴み、その瞳を見つめたまま、静かにその身を屈めていく。彼女の唇をそっと塞ぎ、愛情を込めてくちづける。身体を離し見下ろすとその瞳が潤んでいて、僅かに開いた唇がグリフィスをまたのキスへと駆り立てる。

 その後は理性を総動員して、やっとクリスからその身を離す。
「部屋まで送ろう」


 月明かりの中クリスの部屋が近付く。やがて額にキスを落とすと、急にこの先ひと月程の別離にせつなさがこみあげ、肩を抱く手にも知らぬ間に力の入るグリフィスだった。


しおりを挟む
感想 89

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...