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第二章
11話 大声で叫ばないと?
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ディナーは特等室でと言われていたので、約束の時間、七時丁度に扉をノックする。
従僕が扉を開けてくれた。その途端、クリスを迎える為に立ち上がった男性二人からは感嘆の溜息が漏れ、特にアレクサンダーの視線の熱さに驚かされる。
(二人が言っていた事は、強ち間違っていなかったかも……)
アレクサンダーがクリスに近づこうとした時に、ジェラルドの声が響いた。
「クリス!!」
勢いよく走ってきて、クリスのスカートに纏わりつく。
「ねえ、とっても綺麗。お姫様みたい」
クリスが腕を伸ばしてジェラルドを抱き上げた。
「ジェラルドも素敵。王子様みたいよ」
二人とも、お互いの身分を知っているので、ちょっとした冗談を交わす。ジェラルドが頬っぺたを寄せてきたので、プルプルとすり合わせて、笑いを零す。
「ディナーが勝負だったのでは?」
「いや、勝負はこれからさ」
やけに余裕がありますね? という目つきのダリウスを尻目に、アレクサンダーはクリスに挨拶をする。
「ようこそいらっしゃいました。本当にお美しい・・・言葉では言い表せないほどです」
クリスはアレクサンダーに向き直った。
「お招きありがとうございます」
右手でジェラルドを抱っこして、指輪を嵌めた左手を差し出した。アレクサンダーはその手を取り、指輪に気付きながらも表情を変えずにくちづける。ダリウスにもクリスは左手を差し出した。
「メニューは肉と魚を取り合わせました。気に入って頂けるといいのですが」
「好き嫌いはありませんわ。頂きます」
前菜から始まり、楽しい会話と共に食事は進む。色々と経験値の高いアレクサンダーの会話は機知に飛んでいて面白く、ジェイミーは不利ではあったが、話しかけるとクリスが直ぐに関心を示してくれたし、会話にも入れてくれるので機嫌がよかった。
デザートを迎え、ジェラルドの口数が減ってきた。もう9時だ。寝る時間だし、今日はクリスと一日はしゃいでいたので、疲れが眠気となり押し寄せてきたのである。
「ジェラルド、もう部屋に行ってベッドに入りなさい」
「やだ。クリスが帰るまで起きてる・・・」
と、言いながらも、いまにも目が閉じてしまいそうだ。左手で目をこすりながら、クリスのほうに手を伸ばしてきた。
「クリス、抱っこ」
躾もあるかと思い、アレクサンダーにクリスは尋ねてみる。
「抱っこしてもいいですか……?」
「貴方が大変でなければ。女性には結構重いですよ。今日一日ジェラルドを抱っこしていたで‥」
クリスは了解を得てすぐに、嬉しそうな笑顔を浮かべた。眠そうなジェラルドがまた可愛いのだ。アレクサンダーが苦笑する。
「大丈夫のようですね、どうぞ」
クリスが抱っこをして椅子に戻ると、頬をクリスに擦り付けながらあっという間に寝入ってしまった。
アレクサンダーがダリウスに目配せをすると、ダリウスが頷きながら立ち上がる。
「クリス様、寝かせて参ります。ジェラルド様をどうぞこちらに」
クリスが手渡そうとしたが、しっかり抱きついていて離れない。
「さすが、アレクサンダー様のお子様ですね」
「どういう意味だ?」
「いいえ、お気になさらずに」
ダリウスが取り澄ました顔をしている横で、クリスが口を開いた。
「私がベッドに連れて行きましょうか?」
「お願いします。いま乳母を呼ぶので、一緒に行って頂けますか?」
アレクサンダーに言われて頷くと、クリスは呼ばれた乳母の後について行った。
「先程の答えですが……」
「ああ――大体察しはつくが、何だ?」
「ジェラルド様の場合は、欲して手に入れたものは手放さない」
「俺の子供だと言ったのに、俺とは違うのか?」
「貴方様は、狙った獲物は逃がさない」
「面白い・・・確かにそうだな。そして二人共、根本が似ている」
「仰る通りでございます。さて、クリス様が帰ってくる前に退散いたしますか」
「いてもいいんだぞ」
「そんな野暮はいたしません」
クリスは乳母の後からジェラルドの部屋に入った。
「どうぞこちらにお願い致します」
クリスが寝かしつけようとすると、ジェラルドがうっすらと目を開けた。
「クリス……? 行っちゃやだ……」
「いい子ね、もう寝る時間よ。明日も一緒に遊びましょう」
おでこにキスをすると、満足そうな顔をして、また眠りに落ちていった。振り返ると、乳母が泣いている。
「ど、どうしたの……? 貴方、お名前は?」
「エリーゼと申します。ジェラルド様がこのように甘える姿を見たのは奥様が亡くなって以来なので」
「そうだったの……」
「優しくて、お美しい方でした。あれはジェラルド様が一歳と、半年が過ぎた頃です。流行り病でお亡くなりになられて。お可哀想に、病気がうつるからと傍にもいけず、奥様も最後までジェラルド様の事を気にしておいででした。亡くなる寸前に離れた場所から顔を合わせたのですが、ジェラルド様が駆け寄ってしまわれて……」
エリーゼがまた泣き始めた。
「奥様が、瀕死の状態で『うつるから……』と涙を浮かべながら遠ざけようとした姿が忘れられません」
クリスの目からも涙が零れた。その時の二人の心情を考えると、胸が詰まりそうだ。
その様子に気付いたエリーゼが表情を緩める。
「クリス様はお優しい方なのですね。貴方のような方がアレクサンダー様の後添えになって下されば」
「それは……無理なの。私には婚約者がいるから」
エリーゼは顔色を変え、クリスの左手を見た。
「そうでございますか……」
少し取り乱した様子のエリーゼを不思議に思いながらも居間に戻ると、アレクサンダーがお酒の用意をして、一人で待っていた。
あれ、これって、一等室まで届くように叫ばないといけなくなるかも――
胸の動悸が打ち始め、どうしたものかとクリスは思案し始めた。
従僕が扉を開けてくれた。その途端、クリスを迎える為に立ち上がった男性二人からは感嘆の溜息が漏れ、特にアレクサンダーの視線の熱さに驚かされる。
(二人が言っていた事は、強ち間違っていなかったかも……)
アレクサンダーがクリスに近づこうとした時に、ジェラルドの声が響いた。
「クリス!!」
勢いよく走ってきて、クリスのスカートに纏わりつく。
「ねえ、とっても綺麗。お姫様みたい」
クリスが腕を伸ばしてジェラルドを抱き上げた。
「ジェラルドも素敵。王子様みたいよ」
二人とも、お互いの身分を知っているので、ちょっとした冗談を交わす。ジェラルドが頬っぺたを寄せてきたので、プルプルとすり合わせて、笑いを零す。
「ディナーが勝負だったのでは?」
「いや、勝負はこれからさ」
やけに余裕がありますね? という目つきのダリウスを尻目に、アレクサンダーはクリスに挨拶をする。
「ようこそいらっしゃいました。本当にお美しい・・・言葉では言い表せないほどです」
クリスはアレクサンダーに向き直った。
「お招きありがとうございます」
右手でジェラルドを抱っこして、指輪を嵌めた左手を差し出した。アレクサンダーはその手を取り、指輪に気付きながらも表情を変えずにくちづける。ダリウスにもクリスは左手を差し出した。
「メニューは肉と魚を取り合わせました。気に入って頂けるといいのですが」
「好き嫌いはありませんわ。頂きます」
前菜から始まり、楽しい会話と共に食事は進む。色々と経験値の高いアレクサンダーの会話は機知に飛んでいて面白く、ジェイミーは不利ではあったが、話しかけるとクリスが直ぐに関心を示してくれたし、会話にも入れてくれるので機嫌がよかった。
デザートを迎え、ジェラルドの口数が減ってきた。もう9時だ。寝る時間だし、今日はクリスと一日はしゃいでいたので、疲れが眠気となり押し寄せてきたのである。
「ジェラルド、もう部屋に行ってベッドに入りなさい」
「やだ。クリスが帰るまで起きてる・・・」
と、言いながらも、いまにも目が閉じてしまいそうだ。左手で目をこすりながら、クリスのほうに手を伸ばしてきた。
「クリス、抱っこ」
躾もあるかと思い、アレクサンダーにクリスは尋ねてみる。
「抱っこしてもいいですか……?」
「貴方が大変でなければ。女性には結構重いですよ。今日一日ジェラルドを抱っこしていたで‥」
クリスは了解を得てすぐに、嬉しそうな笑顔を浮かべた。眠そうなジェラルドがまた可愛いのだ。アレクサンダーが苦笑する。
「大丈夫のようですね、どうぞ」
クリスが抱っこをして椅子に戻ると、頬をクリスに擦り付けながらあっという間に寝入ってしまった。
アレクサンダーがダリウスに目配せをすると、ダリウスが頷きながら立ち上がる。
「クリス様、寝かせて参ります。ジェラルド様をどうぞこちらに」
クリスが手渡そうとしたが、しっかり抱きついていて離れない。
「さすが、アレクサンダー様のお子様ですね」
「どういう意味だ?」
「いいえ、お気になさらずに」
ダリウスが取り澄ました顔をしている横で、クリスが口を開いた。
「私がベッドに連れて行きましょうか?」
「お願いします。いま乳母を呼ぶので、一緒に行って頂けますか?」
アレクサンダーに言われて頷くと、クリスは呼ばれた乳母の後について行った。
「先程の答えですが……」
「ああ――大体察しはつくが、何だ?」
「ジェラルド様の場合は、欲して手に入れたものは手放さない」
「俺の子供だと言ったのに、俺とは違うのか?」
「貴方様は、狙った獲物は逃がさない」
「面白い・・・確かにそうだな。そして二人共、根本が似ている」
「仰る通りでございます。さて、クリス様が帰ってくる前に退散いたしますか」
「いてもいいんだぞ」
「そんな野暮はいたしません」
クリスは乳母の後からジェラルドの部屋に入った。
「どうぞこちらにお願い致します」
クリスが寝かしつけようとすると、ジェラルドがうっすらと目を開けた。
「クリス……? 行っちゃやだ……」
「いい子ね、もう寝る時間よ。明日も一緒に遊びましょう」
おでこにキスをすると、満足そうな顔をして、また眠りに落ちていった。振り返ると、乳母が泣いている。
「ど、どうしたの……? 貴方、お名前は?」
「エリーゼと申します。ジェラルド様がこのように甘える姿を見たのは奥様が亡くなって以来なので」
「そうだったの……」
「優しくて、お美しい方でした。あれはジェラルド様が一歳と、半年が過ぎた頃です。流行り病でお亡くなりになられて。お可哀想に、病気がうつるからと傍にもいけず、奥様も最後までジェラルド様の事を気にしておいででした。亡くなる寸前に離れた場所から顔を合わせたのですが、ジェラルド様が駆け寄ってしまわれて……」
エリーゼがまた泣き始めた。
「奥様が、瀕死の状態で『うつるから……』と涙を浮かべながら遠ざけようとした姿が忘れられません」
クリスの目からも涙が零れた。その時の二人の心情を考えると、胸が詰まりそうだ。
その様子に気付いたエリーゼが表情を緩める。
「クリス様はお優しい方なのですね。貴方のような方がアレクサンダー様の後添えになって下されば」
「それは……無理なの。私には婚約者がいるから」
エリーゼは顔色を変え、クリスの左手を見た。
「そうでございますか……」
少し取り乱した様子のエリーゼを不思議に思いながらも居間に戻ると、アレクサンダーがお酒の用意をして、一人で待っていた。
あれ、これって、一等室まで届くように叫ばないといけなくなるかも――
胸の動悸が打ち始め、どうしたものかとクリスは思案し始めた。
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