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18 たまらなく愛おしい

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「好きな人がいるのかと聞いている!」

 両肩をきつく掴み激しく問いただすダニエルに、エリカは目を大きく見開いた。

「おりませんが……」

「それならなぜ、偽装婚約にこだわる!?」

「――痛っ、」

 掴まれた肩が痛んだ。鍛え上げられた体躯の、男にしか見えないダニエルに責め立てられ、エリカは怖くて涙を滲ませる。

 ハッと気づいたダニエルが力を緩めた。

「エリカ、悪かっ――」

「こ……、こだわるのはわたくし……、わたくしの為では…なく、ダニエル様、の為で……」

 嗚咽おえつまじりで健気けなげに説明しようとするエリカに、ダニエルの胸は後悔でいっぱいになった。

「悪かった」

 ダニエルはそっと引き寄せてエリカを抱き締める。これ以上怖がらせないよう、幼子を抱くように柔らかな力で。

「本当に悪かった。泣かせてしまったな」

 深い自責の念にかられているダニエルに、エリカは腕の中でふるふると顔を横に振った。

「大丈夫です……少し驚いただけですから……」

 顔を振る仕草や、彼を安心させようとする言葉や、震える声さえ愛らしく、たまらなく愛しいと感じるダニエル。抱き締める力が強くならないよう、エリカを潰してしまわないよう、こらえるのに苦労をした。

 エリカがある程度落ち着いてから、二人はゆっくりと歩き始めた。

「エリカ。”結婚を視野に入れた付き合い”ならどうだろう? これなら婚約と違って解消する必要はないし、大事にはならない。だから君のご家族には”見せかけの関係”であることを黙っていてほしい。こういった秘密は、どこで漏れるか分からないものだからね」

「……確かにそうですね。分かりました」

「それと、ルクレツィア王女がいる間は本物の婚約者として扱うし、君にもそう振舞ってほしい」

「分かりました」

 玄関では王子の見送りのために、エリカの両親から使用人までがズラッと立ち並んでいた。

 馬車に乗り込もうとしたダニエルが、ふと顔を上げて引き返してくる。

「どうしたのですか?」

「忘れ物をした」

「応接室でしょうか? すぐ取りに行かせますね」

 エリカが使用人に指示を出そうとすると、大きな両手に頬を包まれた。

「ダニエル様?」

「良かった。もう目は赤くない」

 ダニエルが腰を屈め、端正な顔がゆっくりと近づいてくる。

 エリカは狼狽しながらも、咄嗟にこれは演技だと理解した。

 しかし人前でいきなりキス?

 前世でキスの経験はあったが、38歳まで処女のまま――死んでしまったエリカ。

 男性との付き合いも殆どなかった彼女に、人前でのキスは非常にハードルが高い。

 いや、その前に、この世界ではこれがファーストキスなのに、女性とだなんて……。

(でもここで拒絶してしまったら何もかもが台無しになってしまう……!)  

 エリカは覚悟を決めてギュッと目を瞑った。

 それを見ていたダニエルがクスッと笑いを漏らし、顔を傾ける。

 大切な宝物に触れるように……そっとエリカの頬にキスをした。
 
(ん? 頬?)

 パチッと目を開けると、目の前には琥珀色の瞳。

 驚いて再びギュッと目を瞑る。

 彼はさも愛おし気に、閉じた瞼にもくちづけて、震えるエリカの華奢な身体を抱き締めた。

「可愛い――」

 耳元で囁かれて、エリカはのぼせた顔でダニエルを見上げた。

 周囲で見ていた女性陣は、ほうっ―…と溜息を吐き、父と兄は大口を開けている。

「また会いに来る」

「はい……」

「スコット」

「はい!」

 エリカの父が、はじけた様に返事をした。

「私とエリカは結婚を視野に入れた付き合いをすることになった」

「……………はい?」

「もしかすると、”お義父さん”と呼ぶ日がくるかもしれないな」

「はいぃい!?」

 からかうように微笑むダニエルに、口をぱくぱくさせる父。

「詳しいことは……そうだな明日にでも、城で改めて話そう。悪いが急いでるので今日はこれで失礼をするよ」

「はい……」

 エリカの父は力なく返事をする。

 彼は国王の側近であり、城で働いていてダニエルともよく顔を合わすのだ。
 
 のぼせた状態で、馬車が遠ざかるのをぼーっと見ているエリカに父がにじり寄ってきた。
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