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30 知能犯
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勝利の女神。
優勝者には勝利の女神が月桂樹でできた冠を被せ、その頬に祝福のキスを送るのだ。
そしてその役は総じて美女が多い…………。
剣士は全員が前もって、勝利の女神を決めておく。
優勝するような実力者には女性が群がり、好きに選べるので、自然と美しい女性が選ばれるのだ。
表彰台で女神の祝福を受けられるのは、上位三位までである。
優勝圏外の選手達は本当は女神を決めなくてもいいのだが、意中の女性に応援をしてもらえるのと、それが縁で結婚。なんていうこともあるので、皆自分の女神を決めていた。
ダニエルは去年まで、女神の選出を家臣任せにしていた。
「あの……、わたくしなんかよりミランダが、彼女とても美しいので代わってもらって…」
「却下だ。なぜ君という婚約者がいるのに、他の者を女神にしないといけない」
「今までの女神は美人揃いでした」
「君も美人だ」
「……殿下。目がお悪いのでは?」
「エリカ……」
ダニエルが溜息を吐いてエリカを見つめる。
「俺の勝利の女神は君だ。君は美しい」
「……………」
「信じられないって顔だな」
「はい」
「君の栗色の髪は」
「きゃっ、」
ソファの上で引き寄せられて、ダニエルの膝の上で仰向かされた。
「絹糸のように艶やかで、豊かに波打つさまが美しい」
骨ばった指先でゆっくりと髪を梳かれる。
「ダニエル様近いです」
エリカに覆い被さっているダニエルの、顔と身体が非常に近い。
「”様”はいらない。吸い込まれそうな紫の瞳に、滑らかな白磁の肌…」
「顔、近いです……って、わたしの言ったこと聞いてますか!?」
「聞いているが?」
「婚約騒動を撤回しないことは承知しましたが、さすがに女神役はまずいと思います。剣士と女神って恋人同士が多いのですよ? 見せかけの婚約なのに、国民が益々期待してしまうではないですか」
ダニエルがふと髪を梳いていた手を止めて、半ば閉じた目でエリカを見下ろす。
「それを狙っているとしたら……」
ゆっくりと顔を寄せて、エリカの耳元で囁いた。
「どうする?」
「――っ、」
エリカが細い肩を震わせる。
「エリカ、」
ダニエルはエリカの耳に髪を流しかけた。
「君はミランダが俺の女神になっても平気なのか?」
「はい?」
「俺の女神として席に座り、応援をして、優勝したら俺にキスをするのが君ではなくミランダで平気なのか?」
「いやです――。あっ、……」
思わず否定してしまった自分にエリカは驚き、ダニエルは表情をふっと和ませる。
ノックの音がしてラファエルの声が響いてきた。
「ダニエル様、馬車の用意が整いました」
いつもはエリカの帰宅の時間に合わせて、玄関で待機しているのだが、遅いので様子を見に来たらしい。
「わたし行かないと……、」
起き上がろうとしたエリカの身体を押さえつけ、ダニエルが椅子に座ったままラファエルに返事をする。
「待機していてくれ」
「かしこまりました」
「俺の女神は君でいいな。エリカ?」
「あ、はい」
「武闘大会まで、毎日一緒に昼食もとろう」
「え、それはっ、毎日は必要ないです」
「誰かが注意してくれないと、昼食を抜いて剣の鍛錬をしてしまいそうだ……」
遠くを見つめながら、呟くダニエル。
「うぐっ、……来ます」
エリカはミランダが女神になることに、”いや”と言ってしまった自分に混乱していた。
そればかりでなく女神役は引き受けてしまうし、毎日食事をする約束までしてしまい、ダニエルを見て呆然とする。
「さぁ、玄関まで送ろう」
ダニエルはエリカをひょいとソファから立たせてくれた。
いつもは爽やかな彼の笑みが黒く見えるのは、エリカの気のせいだろうか。
優勝者には勝利の女神が月桂樹でできた冠を被せ、その頬に祝福のキスを送るのだ。
そしてその役は総じて美女が多い…………。
剣士は全員が前もって、勝利の女神を決めておく。
優勝するような実力者には女性が群がり、好きに選べるので、自然と美しい女性が選ばれるのだ。
表彰台で女神の祝福を受けられるのは、上位三位までである。
優勝圏外の選手達は本当は女神を決めなくてもいいのだが、意中の女性に応援をしてもらえるのと、それが縁で結婚。なんていうこともあるので、皆自分の女神を決めていた。
ダニエルは去年まで、女神の選出を家臣任せにしていた。
「あの……、わたくしなんかよりミランダが、彼女とても美しいので代わってもらって…」
「却下だ。なぜ君という婚約者がいるのに、他の者を女神にしないといけない」
「今までの女神は美人揃いでした」
「君も美人だ」
「……殿下。目がお悪いのでは?」
「エリカ……」
ダニエルが溜息を吐いてエリカを見つめる。
「俺の勝利の女神は君だ。君は美しい」
「……………」
「信じられないって顔だな」
「はい」
「君の栗色の髪は」
「きゃっ、」
ソファの上で引き寄せられて、ダニエルの膝の上で仰向かされた。
「絹糸のように艶やかで、豊かに波打つさまが美しい」
骨ばった指先でゆっくりと髪を梳かれる。
「ダニエル様近いです」
エリカに覆い被さっているダニエルの、顔と身体が非常に近い。
「”様”はいらない。吸い込まれそうな紫の瞳に、滑らかな白磁の肌…」
「顔、近いです……って、わたしの言ったこと聞いてますか!?」
「聞いているが?」
「婚約騒動を撤回しないことは承知しましたが、さすがに女神役はまずいと思います。剣士と女神って恋人同士が多いのですよ? 見せかけの婚約なのに、国民が益々期待してしまうではないですか」
ダニエルがふと髪を梳いていた手を止めて、半ば閉じた目でエリカを見下ろす。
「それを狙っているとしたら……」
ゆっくりと顔を寄せて、エリカの耳元で囁いた。
「どうする?」
「――っ、」
エリカが細い肩を震わせる。
「エリカ、」
ダニエルはエリカの耳に髪を流しかけた。
「君はミランダが俺の女神になっても平気なのか?」
「はい?」
「俺の女神として席に座り、応援をして、優勝したら俺にキスをするのが君ではなくミランダで平気なのか?」
「いやです――。あっ、……」
思わず否定してしまった自分にエリカは驚き、ダニエルは表情をふっと和ませる。
ノックの音がしてラファエルの声が響いてきた。
「ダニエル様、馬車の用意が整いました」
いつもはエリカの帰宅の時間に合わせて、玄関で待機しているのだが、遅いので様子を見に来たらしい。
「わたし行かないと……、」
起き上がろうとしたエリカの身体を押さえつけ、ダニエルが椅子に座ったままラファエルに返事をする。
「待機していてくれ」
「かしこまりました」
「俺の女神は君でいいな。エリカ?」
「あ、はい」
「武闘大会まで、毎日一緒に昼食もとろう」
「え、それはっ、毎日は必要ないです」
「誰かが注意してくれないと、昼食を抜いて剣の鍛錬をしてしまいそうだ……」
遠くを見つめながら、呟くダニエル。
「うぐっ、……来ます」
エリカはミランダが女神になることに、”いや”と言ってしまった自分に混乱していた。
そればかりでなく女神役は引き受けてしまうし、毎日食事をする約束までしてしまい、ダニエルを見て呆然とする。
「さぁ、玄関まで送ろう」
ダニエルはエリカをひょいとソファから立たせてくれた。
いつもは爽やかな彼の笑みが黒く見えるのは、エリカの気のせいだろうか。
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