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第十二章
腕(かいな)の中のリリアーナ 57
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リリアーナは今更ながらに思い出した。
自分付きの騎士で、婚約者でもあるカイトは、非常時にすぐ対応できるよう合鍵を持っていた事を――。
扉が開く音で我に返り、寝室の扉に飛びついた。彼の俊敏さは骨身に沁みて知っている。
(大丈夫、落ち着いて。いくらカイトでも一瞬では移動できない)
自分に言い聞かせながら、取っ手を回して引いた途端、後ろから伸びてきた手に、バンッ、と扉を閉められてしまった。
「うそ……」
開けることが叶わなくなった扉を前にして、呆然と立ち尽くす。そろりと右を窺い見れば、鍛え抜かれた腕が目に入り、そこから肩へと辿っていくと、真っ直ぐにこちらを見下ろしてくる黒い瞳とぶつかった。リリアーナは慌てて視線をそらして前を向く。
前方を扉、右に彼の腕、後方はカイトに囲まれて、開いている左側からそっと抜け出ようとしたが、もう片方の手も徐に扉に突かれ、両腕の中に閉じ込められてしまった。
途方に暮れたリリアーナはただただ背中を向けていた。
カイトがリリアーナの背に向かって言う。
「リリアーナ――きちんと訳を話すから、こちらを向いてくれないか」
「聞きたくないし、今は話したくない。お願いだから私を一人にしておいて……!」
涙で瞳を潤ませながら彼女は両手で耳を塞いだ。
「一人にしたら益々泣いてしまうんだろう?」
「………」
「じゃあ、このままでいいから話を聞いてくれ」
「耳を塞いでいるから聞こえない」
「聞こえているじゃないか」
「………」
「ごめんリリアーナ。いきなりあんな態度を取って本当に悪かったと思っている……」
リリアーナはドアノブに視線を落とす。
(カイトが自分が話す事に気を取られている内に、寝室に滑り込めないかしら……)
「良からぬ事は考えないほうがいい。寝室は危険だ」
気付かれた事に驚きながらも、その言葉に疑問を抱く。
(寝室が危険……?)
危うく振り返りかけ “ううん、だめ!” と耳を塞ぎなおす。そしてそれが、さも最善であるかのように、耳を塞いでいる自分を滑稽だと思った。手で塞いだ位では声は聞こえてしまうものだが、他に縋り付くものがない今、自分を守る為に何かをせずにはいられない。
(いつもだったらカイトに守られて、腕の中で安心していられるのに……)
チラッと視線だけ彼へ向けると、それに気付いたカイトが目を和らげた。
「抱きしめても?」
(なぜ、いつも考えている事がすぐに分かるの!?)
自分は怒っているところなのに、対するカイトは落ち着いた態度で、実の気持ちも見透かされ、リリアーナはぷりぷりしながら頭をぶんぶんと横に振る。
「なるべくリリアーナの近くに居たくて、アレクセイ様に夜の警護を願い出た。ひょっとしたら君が、廊下に出てきてくれるかもしれないという、期待もしていた」
「じゃあ……じゃあ、何故あんなに冷たかったの?」
「それはアレクセイ様に…」
「兄様に釘を刺されたの!?」
(そうだ! サファイア姉様が『居間のカウチではないの?』と言った時『二人共まだ婚約中の身だ』って、カイトに妙な視線を送っていた!)
リリアーナが勢い良く振り返ってカイトを見上げ、彼はホッとした表情をする。
「やっと、まともに顔が見れた」
カイトが肘を曲げて距離をつめた。
あっ! と思ったが後の祭り――
狭くなった腕の檻に身動きが取れなくなり、リリアーナは背中を向ける事ができなくなってしまう。
(私って……)
考える前に身体を動かしてしまい ” 背中を向けていたほうが冷静で居られたのに” と後悔をした。
(でも、もう……しようがない、こうなったらきちんと理由を聞こう……!)
リリアーナは思いなおして、今一度顔を上げる。
「涙が……」
カイトが両側に手をついたまま、静かに身を屈めてきた。
「え……」
後ずさろうにも背後は扉。出来得る限りピッタリと背中を扉につけるが、彼の身体は重なるように益々距離を狭めてくる。
(どうしよう、こ、これ、どうしよう!)
涙に濡れた頬にくちづけられ、リリアーナは真っ赤になって石のように固まった。カイトがその様子に気付き、優しく額にキスを落とすと、彼女の両肩に手を置いて僅かに身を離す。
「まずいな。こういう状況に陥らないよう、義務的に接していたのに」
片手で口元を覆い、あらぬ方向に視線を向ける。
「やっぱり兄様に釘を刺されたの?」
「いや、その逆」
「えっ……?」
「実は……」
以下カイトの回想
「休暇の件はリリアーナ様ともまた話しますが、取り敢えず今夜一晩、警護の仕事に戻ってもよろしいでしょうか?」
「うん? 扉の前の立ち番か? それでは二人でゆっくりできないだろう。居間のカウチでなくていいのか?」
「アレクセイ様――」
カイトが微かに頬を紅潮させ、やんわりと諌めるように口にすると、アレクセイが笑い声を上げた。
「からかって悪かったな。でも、本当に考えてみないか?」
「居間のカウチですか?」
「いや、リリアーナと閨を共にする事だ」
カイトが一瞬動きを止め、アレクセイが微笑んだ。
自分付きの騎士で、婚約者でもあるカイトは、非常時にすぐ対応できるよう合鍵を持っていた事を――。
扉が開く音で我に返り、寝室の扉に飛びついた。彼の俊敏さは骨身に沁みて知っている。
(大丈夫、落ち着いて。いくらカイトでも一瞬では移動できない)
自分に言い聞かせながら、取っ手を回して引いた途端、後ろから伸びてきた手に、バンッ、と扉を閉められてしまった。
「うそ……」
開けることが叶わなくなった扉を前にして、呆然と立ち尽くす。そろりと右を窺い見れば、鍛え抜かれた腕が目に入り、そこから肩へと辿っていくと、真っ直ぐにこちらを見下ろしてくる黒い瞳とぶつかった。リリアーナは慌てて視線をそらして前を向く。
前方を扉、右に彼の腕、後方はカイトに囲まれて、開いている左側からそっと抜け出ようとしたが、もう片方の手も徐に扉に突かれ、両腕の中に閉じ込められてしまった。
途方に暮れたリリアーナはただただ背中を向けていた。
カイトがリリアーナの背に向かって言う。
「リリアーナ――きちんと訳を話すから、こちらを向いてくれないか」
「聞きたくないし、今は話したくない。お願いだから私を一人にしておいて……!」
涙で瞳を潤ませながら彼女は両手で耳を塞いだ。
「一人にしたら益々泣いてしまうんだろう?」
「………」
「じゃあ、このままでいいから話を聞いてくれ」
「耳を塞いでいるから聞こえない」
「聞こえているじゃないか」
「………」
「ごめんリリアーナ。いきなりあんな態度を取って本当に悪かったと思っている……」
リリアーナはドアノブに視線を落とす。
(カイトが自分が話す事に気を取られている内に、寝室に滑り込めないかしら……)
「良からぬ事は考えないほうがいい。寝室は危険だ」
気付かれた事に驚きながらも、その言葉に疑問を抱く。
(寝室が危険……?)
危うく振り返りかけ “ううん、だめ!” と耳を塞ぎなおす。そしてそれが、さも最善であるかのように、耳を塞いでいる自分を滑稽だと思った。手で塞いだ位では声は聞こえてしまうものだが、他に縋り付くものがない今、自分を守る為に何かをせずにはいられない。
(いつもだったらカイトに守られて、腕の中で安心していられるのに……)
チラッと視線だけ彼へ向けると、それに気付いたカイトが目を和らげた。
「抱きしめても?」
(なぜ、いつも考えている事がすぐに分かるの!?)
自分は怒っているところなのに、対するカイトは落ち着いた態度で、実の気持ちも見透かされ、リリアーナはぷりぷりしながら頭をぶんぶんと横に振る。
「なるべくリリアーナの近くに居たくて、アレクセイ様に夜の警護を願い出た。ひょっとしたら君が、廊下に出てきてくれるかもしれないという、期待もしていた」
「じゃあ……じゃあ、何故あんなに冷たかったの?」
「それはアレクセイ様に…」
「兄様に釘を刺されたの!?」
(そうだ! サファイア姉様が『居間のカウチではないの?』と言った時『二人共まだ婚約中の身だ』って、カイトに妙な視線を送っていた!)
リリアーナが勢い良く振り返ってカイトを見上げ、彼はホッとした表情をする。
「やっと、まともに顔が見れた」
カイトが肘を曲げて距離をつめた。
あっ! と思ったが後の祭り――
狭くなった腕の檻に身動きが取れなくなり、リリアーナは背中を向ける事ができなくなってしまう。
(私って……)
考える前に身体を動かしてしまい ” 背中を向けていたほうが冷静で居られたのに” と後悔をした。
(でも、もう……しようがない、こうなったらきちんと理由を聞こう……!)
リリアーナは思いなおして、今一度顔を上げる。
「涙が……」
カイトが両側に手をついたまま、静かに身を屈めてきた。
「え……」
後ずさろうにも背後は扉。出来得る限りピッタリと背中を扉につけるが、彼の身体は重なるように益々距離を狭めてくる。
(どうしよう、こ、これ、どうしよう!)
涙に濡れた頬にくちづけられ、リリアーナは真っ赤になって石のように固まった。カイトがその様子に気付き、優しく額にキスを落とすと、彼女の両肩に手を置いて僅かに身を離す。
「まずいな。こういう状況に陥らないよう、義務的に接していたのに」
片手で口元を覆い、あらぬ方向に視線を向ける。
「やっぱり兄様に釘を刺されたの?」
「いや、その逆」
「えっ……?」
「実は……」
以下カイトの回想
「休暇の件はリリアーナ様ともまた話しますが、取り敢えず今夜一晩、警護の仕事に戻ってもよろしいでしょうか?」
「うん? 扉の前の立ち番か? それでは二人でゆっくりできないだろう。居間のカウチでなくていいのか?」
「アレクセイ様――」
カイトが微かに頬を紅潮させ、やんわりと諌めるように口にすると、アレクセイが笑い声を上げた。
「からかって悪かったな。でも、本当に考えてみないか?」
「居間のカウチですか?」
「いや、リリアーナと閨を共にする事だ」
カイトが一瞬動きを止め、アレクセイが微笑んだ。
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