黒の転生騎士

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第五章

ナルヴィク 6  アレクセイの恋

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 次の日の午後、昨夜居合わせた者達で取り敢えず話しをする事となる。シンシアの部屋で、紅茶と軽いお菓子をシンシアの侍女とフランチェスカが用意をした。

 昨夜、扉を開けたカイトはアレクセイがいるのを見て驚いた。
「アレクセイ様!?」

 視界の端でリリアーナが走り去るのを捉える。
「リリアーナ様!!」

 すぐに追おうとしたがアレクセイが掴みかかってきて口論となり、奥からシンシアと乳母と侍女が出てきた。
  誤解だと知ったアレクセイは取り敢えずリリアーナを追う事を許してくれ、後を追うことができた。結局追いつけはしなかったが――。

「私が聞きたいのは何故あんな遅い時間に、人払いまでしてカイトを部屋に呼ばなければならなかったかです」
 アレクセイが口火を切る。

「人払い・・・と言うほどのものではありません。ただ、乳母と侍女がいるとはいえ、遅い時間に男性の訪問を受ける事を警護の騎士に知られたくなかったのです。ナルヴィクは古くからある国だけにしきたりもうるさいのです。それにカイト様がいれば警護の騎士がいなくても問題はありませんし」
 シンシアは自分を落ち着けるように紅茶を一口飲んだ。

「遅くに部屋に呼んだのは、今リリアーナ様が嵌めているマリッジリングをなるべく早くお渡ししたかったのと、もう一つは、カイト様に相談した内容を誰にも知られたくない為です。昼間ですとどうしても人目に付きますし、内容についても詮索されますから。内容については・・・できればアレクセイ様には申し上げたくありません」

 `アレクセイ様には申し上げたくない ‘ アレクセイはちょっとショックであった。
 
「シンシア様、もしかして御自分に自信が持てるようになれば解決するのではないでしょうか?」
 カイトが口を開いた。
「後悔はさせませんので、私達に任せて頂けませんか?」

 カイトの自信のある態度にシンシアは思わず頷いた。

「フランチェスカ、さっき話した通りにしてくれるかい? リリアーナ様もよろしいですか?」

「ええ、もちろん」
 二人はにっこりして答えた後に、シンシアを伴って奥の部屋に消えていった。

「カイト、これは一体どういう事だ?」

「多分解決はしますが、私はアレクセイ様に恨まれそうな気がします」

「???」

 暫くの後に、フランチェスカ、リリアーナ、そして最後にシンシアが出てきた。アレクセイは驚愕の表情で立ち上がる。

「シンシア姫――」

 そこには美しく着飾り、流行のドレスを着てうっすらと化粧を施したシンシアが立っていた。リリアーナと並んでも、甲乙つけ難いほど美しい。

「私がこんなになれるなんて・・・自分でも信じられません」

 カイトが説明をする。
「シンシア様は元々お美しい方ですが、ご自分には似合わない色やデザインを身に付けていらっしゃったのではありませんか? ナルヴィクは古くからの伝統ある国なので、新しい物に対して抵抗があるのだと思います」

「ええ、そうなの。化粧もドレスも『これは伝統的なものだから』と、本当に地味なものばかりで、最新のものは下品って言われるの」

 フランチェスカが話しを続ける。
「シンシア王女殿下はお顔立ちが整っていて、顔の一つ一つのパーツも美しく肌が肌理(きめ)細かくていらっしゃいます。なので眉を整えて、目が際立つようにラインと少し影を入れただけで済みました。身長と体型がほぼ一緒なので、リリアーナ様のドレスをお借りしています。ドレスとアクセサリーはリリアーナ様がお選びになりました」

 リリアーナも美しくなったシンシアを見て嬉しそうにしている。

「これでは駄目だ・・・」
 アレクセイがぼそっとこぼした。シンシアの表情が陰る。

「シンシア姫。貴方の美しさを私は最初から知っている。だから他の者達が気付く前に貴方を手にいれたかったのです。いいえ、美しさだけではない。押し付けがましくない優しさに、気配りもでき、楚々としていて、恥かしがりやで、頭も良く、優秀なのに努力家なところも、貴方の全てが私を引きつけるのです。貴方がこんなに美しくなってしまったら、明日の夜会で私に勝ち目はないかもしれない・・・」

 そして恨めしそうにカイトを見た。

「アレクセイ様、でもこれでプロポーズを受けて頂けるかもしれませんよ」

「え・・・?」

 シンシアが、皆にソファに座るように勧めた。

「アレクセイ様、私は貴方様をずっとお慕い申しておりました」

 アレクセイは耳を疑った。今のは聞き間違いだろうか?しかし皆がアレクセイを見ている。

「そ、それなら何故、プロポーズを受けて下さらなかったのですか?」

「・・・私に自信がなかったからです。ここにいる皆様は、私を美しいとおっしゃって下さいますが・・・」
 シンシアは手元に視線を落とした。

「私は子供の頃、親戚の子供達に雀のシンシアと呼ばれていました。もちろん親のいない所でです。私の髪と瞳の色はブラウンで容姿も正直言ってぱっとせず、雀を連想させたのでしょう。子供というものは残酷なものです」

「その者達のフルネームを教えて下さい。あ、できれば住所も」

「兄様、サファイア姉様になっている」

「子供の頃に植えつけられた記憶を覆(くつがえ)すことがなかなかできず、今日に至ってしまいました。いいえ、子供の頃の記憶だけではありません。大きくなってからの私の事を、結婚適齢期の王侯貴族の男性方が何と言っているかご存知ですか?」

「いいえ、存知ませんが・・・」

「『地味な女性ではあるがそこそこの容貌ではあるし、才能豊かで有能なので王妃に据えて城で采配を振るわせて、自分は側室を持てばいい』・・・と、こう言われているのです。女性としての価値がないようなこの言われ方を、本当は貴方様に知られたくはありませんでした。」

 シンシアの眦 (まなじり) から一筋の涙が流れた。

「シンシア姫、私はそんな事を一度も思った事はありません! そんな馬鹿共の言う事は気にしないのが一番です! 奴らは貴方の本当の素晴らしさを知らないだけです!」

 アレクセイは何かに気付いたような顔をした。

「プロポーズの答えがずっと`考えさせてください ‘ だったのは、私もそんな男だと思われていたのですか?」

「いいえ、いいえ違います」
 シンシアは首を横に振った後にアレクセイをじっと見た。

「私が初めてアレクセイ様にお会いしたのは、今から4年前で私が16才、アレクセイ様が18才の時でした。お兄様が学友として城にお連れしたのです。非常に優秀だということも聞いておりましたがそれだけではありませんでした。
 金色の髪に緑の瞳、端正な顔立ちに背も高く、まるで絵本に出てくる王子様のようでした。女性からの人気も今もそうですが、それは高いものでした。
 それに比べて私は鏡を見てもぱっとせず、貴方様の隣に立つ自信がなかったのです。リーフシュタインの王族の方々は美形ばかりで、私がそこに入ったら益々地味さが際立ってしまいそうですし、民をがっかりさせないだろうか、結婚した後に貴方様が後悔しないだろうか、といつも思い悩んでおりました。かといって断る勇気もなく、今日に至ってしまったのです」

 アレクセイはシンシアの前に跪いた。

「シンシア姫、私は貴方を愛しています! この四年間その想いはずっと変わりませんでした。どうしたら結婚して頂けますか?」

 シンシアは頬を紅く染め、やっとの思いで口にした。

「ずっと・・・ずっと好きでいて下さいますか・・・?」

 アレクセイはシンシアの可愛らしさに絶句した。

「兄様・・・兄様・・・に・い・さ・ま!」

 リリアーナの声で我に返る。
(いかん、あまりの可愛さにトリップしてしまった)

「もちろんです!! いつまでも! いつまでも! いつまでも愛してます!!」
 アレクセイがシンシアの手を握り締めた。

 そこで二人を残してあとの全員は退室した。

「仕事ができて、いつも落ち着いているのに・・・あんな切羽詰った兄様始めて見たわ。上手くいくといいのだけれど」

「大丈夫です。きっと上手くいきます」

 カイトがリリアーナににっこりした。



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