黒の転生騎士

sierra

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第六章

執 着 10  無事で良かった

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 カイトが駆けつけた時には、何人かの騎士に向かって犬が吠え、激しい威嚇をしていた。敷地内を定刻で見回っている騎士達に見つかったのだ。

 バスティアンは犬をけしかけながら、少しづつリリアーナを連れて後退している。二人ほど噛まれた騎士がしゃがみこんでいた。思ったより早くに見つかってしまった為に、見せしめに二人ほど噛ませて犬の威力を示し、なるべく威嚇で逃げる距離を稼ぎたかった。
 大勢相手にすると犬もやはり疲れるし、逃げ損ねる可能性が大だからだ。

 後から追いついてきた騎士は捕獲網を持ってはいたが、訓練された獰猛な大型犬に食い破られそうで心許ない。

「カイト! お前で一匹倒せるか!?」先輩騎士の一人が声を掛けた。
「はい! 大丈夫です。それからこれを」カイトが先輩騎士に何かを渡し、その騎士と捕獲網を持っている騎士に何かを話した。

 威嚇されつつリリアーナ奪還を狙っていた騎士達より前にカイトが進み出る。先程話をした騎士達も進み出た。

「君が例の黒い騎士か、まだ城にいたんだね。でも可哀想にこの子達には勝てないよ」
 黒い騎士相手に若干不安ではあるが、先程の騎士達もすぐに倒せたし大丈夫だろう。それに強い黒い騎士を完膚 (かんぷ) なきまで倒してしまえば・・・いや、いっその事噛み殺してしまえば、他の騎士達もきっと尻込みをする筈だ。逃げるのに有利になる。

「リリアーナ様、以前の婚約者が噛み殺される光景はきついですよ。目を瞑る事をお勧めします」

 エヴァンを襲った犬達の俊敏な動きは驚くべきものであった。さすがのカイトも今度こそは駄目かもしれない。他の騎士達の身も心配だ。

 リリアーナは声を張り上げた。
「リーフシュタインの騎士達に命令します。これ以上手出しをしないように、私はバスティアンに同行します」

「この状況下の中、その命令は承服しかねます!」
 カイトがきっぱりと否定した。一瞬二人の視線が絡み合い、リリアーナはやめるようにと小さく首を振る。カイトは断固たる意志を秘め、ゆっくりと否定の為に首を振った。

「行け」
 バスティアンの命令にリリアーナが息を呑んだ。カイトを見て唸っていた犬が襲い掛かる。

 カイトは上手く誘導し、包帯を厚く巻いた左腕を噛ませると、犬の鼻先で小瓶に入った粉をぶちまけた。途端にキャンキャン鳴いて苦しみ始める。
 もう一匹も一人が捕獲網を被せた後に、先輩騎士がタイミング良く鼻を中心に粉をかける。やはり苦しんでおとなしくなった。他の騎士達が犬を押さえて、口や手足を縛り上げる。

  呆然としたバスティアンが我に返り、リリアーナを人質にしようと手を伸ばした時には、カイトの飛び後ろ回し蹴りを食らっていた。脳震盪を起こして倒れた男を、他の騎士が要領良く縛り上げる。

 カイトはリリアーナの傍 (かたわ) らまで行くと、跪いて声を掛けた。
「リリアーナ様大丈夫ですか? お怪我はありませんでしたか?」
「ええ、大丈夫よ、助けてくれてありがとう。儀礼にのっとらなくていいから、立ってちょうだい」

 カイトが立ち上がると、リリアーナはカイトの厚く巻かれた包帯を見た。
「カイトは平気? 噛まれていたけれど」
「包帯をとても厚く巻かれていましたから」
「先程の粉は一体何?」
「あれは胡椒です。じいやに教えてもらったのですが、犬の嗅覚は人間の100万倍以上で、胡椒などの刺激物を吸うと、人間でいう目潰しを喰らったような状態になるそうです」
「そうだったの・・・」
(違う・・・言いたいのはこんな事じゃないのに)

 本当はカイトに抱きしめてほしい。でもリリアーナには、そんな事を言う資格はない。仕方がなくもう一度最後にお礼を言って、心配顔で二人を見ているフランチェスカの許に行こうと顔を上げた。
 すると屈んだカイトにくちづけられた。起こったことが信じられず呆然としていると、今度は優しく抱きしめられた。

 「無事で良かった――」
 ほっとしたように囁かれた。


#この作品における表現、文章、言葉、またそれらが持つ雰囲気の転用はご遠慮下さい。
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