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第七章
じーちゃんとドラゴンと 7 青い平原で
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`哀しみのリリアーナ ‘
その少女は居間にある一人掛け用の椅子に座り、柔らかな光の中、ガラス戸の外を見ていた。金の髪を上でまとめ、ほつれ出る後れ毛は陽に光り、透き通るような白い肌には青いドレスがよく映えている。ただ雰囲気が・・・いや、その碧い瞳がとても、とても寂しげだ。
俺は何でこの少女のいる場所が、居間である事が分かるんだ? いや、それどころか描かれていないガラス戸の外の光景さえ鮮明に浮かぶ。説明文に目を落とすと `恋人を失って、哀しみに暮れる少女 ‘ とだけ書いてあった。
「凄い美少女でしょ? もったいないわよね。笑顔・・・ううん、せめてお澄まし顔だったらもっとこの絵も華やぐのに。まあ、美少女の憂い顔も印象に残るけど・・・上杉君!! どうしたの!?」
「頭が、頭が割れそうで・・・」
その場にしゃがみ込んだ甲斐人に周りにいた人達が驚いて集まってきた。教授と、傍にいた男性の肩を借りて控え室へと移動をする。取り敢えずそこにあったソファに座らされた。
「水を・・・」
「水ね!? 分かったわ!」
甲斐人が呻くと、鈴浦教授が急いでドアから飛び出て行った。
「いや、それより救急車のほうが・・・」
そう言い残して肩を貸してくれた男性もドアから出たので、甲斐人が急いで追いかけた。
「いや、頭痛も治まってきているので救急車は・・・」
ドアを開けると、草原が広がっていた。振り向くとドアはもう無く、遠くに青いドレスを着たあの少女が立っている。少女の名前はもう分かっている。
近付いて声を掛けた。
「リリアーナ様」
「思い出してくれたのね・・・カイト・・・」
「ここはどこですか?」
「分からない・・・私の夢の中かもしれないし、貴方の意識の中かもしれない。ドラゴンのカエレス様が『もう会えなくなるかもしれないから』って私を貴方に会わせてくれたの」
「会えなくなるかもしれない・・・?」
鸚鵡 (おうむ) 返しに聞き返すと、リリアーナはゆっくり頷いたが、話題を変えてしまった。
「体育館の外で会ったのは、私じゃないと気が付いた?」
「はい、最初は分かりませんでしたが、今ならはっきりと分かります」
「あれは貴方が私を思い出そうとして、貴方が作った幻―― 。昨夜、貴方の耳元で囁いたのは私よ。カエレス様が、私の想いを送ってくれたの。そして、先程のあの絵は貴方が思い出そうとして作った幻よ」
「それは・・・気付きませんでした」
「これからあの場に戻ったら、私の絵ではなくなっているわ」
リリアーナが辺りを見渡した。
「この景色は、青い平原・・・意識の中だから本物ではないけど。貴方が最初に私を救ってくれたここで、お別れしたかったの・・・」
「何を仰っているんですか? 記憶が戻った今、私はそちらに、貴方のいる世界に帰りま・・・」
リリアーナが、カイトの口に人差し指を当てた。
「私は知っているのよ。酷い頭痛がしたでしょう? それに今までも、思い出そうとすると頭にもやが掛かったようになったでしょう? それは貴方が無意識の内に思い出すのを拒否していたから・・・お父様や、お母様を悲しませたくない、このままそちらの世界で生きていきたい、という気持ちがあったから」
「多少はそういう気持ちがある事は認めます。しかし・・・!」
リリアーナは遮るように話を続けた。
「貴方がそのままそちらの世界に残れば、異界での記憶はなくなるの。貴方が生きていれば、異界に転生する事もなくなるから。でも、もしも異界に戻ってきたら、今までの記憶は全部残るの。貴方はまた苦しまなくてはいけない。両親との別れと、友達との別れと。今までに慣れ親しんでいたもの全てからの別れに・・・」
「それは、覚悟の上で帰ったのです」
「そうね・・・でも、残れば苦しまずに済む。貴方がどれだけ苦しんでいたか、私は知っているもの。貴方は私を救ってくれた。だから今度は私が救うの」
リリアーナは右手を握り締めると、背中を向けた。
「私、貴方との婚約を破棄して、ルドルフ様に結婚してくれるようお願いするわ」
「いきなり何を・・・?」
「だから、貴方が帰って来ても、貴方のいる場所はもうないの。 カエレス様が言っていたけど、貴方がそちらにいる間、こちらも同じだけ時間が流れるのですって、だから今日を含めて後4日、そこにいなくてはならない。それにドラッヘヴァルトからリーフシュタインまでは4日掛かるのでしょう? 全部で約8日間、貴方が帰ってくるまでに、私は婚姻の誓約書を交わしてしまうわ。だからカイトはそちらに残って、幸せになって。ご両親と一緒に、空手で世界一になる夢を叶えて」
「そういう事は顔を見て言って下さい」
「・・・このままでいい・・・」
離れようとしたリリアーナをカイトは簡単に捕まえて振り向かせてしまった。そして少し微笑んだ。
「泣きながらでは・・・説得力がありませんよ」
「カイトの馬鹿! 我慢していたのに・・・」
カイトに抱き寄せられて、リリアーナはその胸に顔を埋 (うず) めた。
「もう、この間の婚約破棄でこの手の話しに懲りたのではないのですか?」
リリアーナは首を振った。
「この間のは、本当に私が馬鹿だったの。でも今度は違う。私が身を引いて、カイトが残ればカイトは幸せになれるの。だってそちらでは幸せな記憶しかないのよ?」
「人の幸せを勝手に決めるのですか? 私はリリアーナ様のもとに帰ります。私の心を引き裂くつもりですか?」
リリアーナの流す涙の量がまた増えた。
「カイト、ありがとう。私、もう思い残す事はない。本当は持っていたかったけど・・・私の覚悟を置いていくから。」
リリアーナはカイトのシャツの胸ポケットに何かを入れた。カイトが気付いてポケットを探ろうとすると、その手を押さえる。
涙顔で微笑むと、カイトの首に両手を回して引っ張った。察したカイトが身を屈めてくちづけた後にリリアーナが囁いた。
「愛してる・・・だから、帰ってこないで・・・」
そしてその姿は消えてしまった。
胸ポケットを探ると、出て来たのは指輪だった。リリアーナの誕生石を嵌め込んだあの婚約指輪だ。
その少女は居間にある一人掛け用の椅子に座り、柔らかな光の中、ガラス戸の外を見ていた。金の髪を上でまとめ、ほつれ出る後れ毛は陽に光り、透き通るような白い肌には青いドレスがよく映えている。ただ雰囲気が・・・いや、その碧い瞳がとても、とても寂しげだ。
俺は何でこの少女のいる場所が、居間である事が分かるんだ? いや、それどころか描かれていないガラス戸の外の光景さえ鮮明に浮かぶ。説明文に目を落とすと `恋人を失って、哀しみに暮れる少女 ‘ とだけ書いてあった。
「凄い美少女でしょ? もったいないわよね。笑顔・・・ううん、せめてお澄まし顔だったらもっとこの絵も華やぐのに。まあ、美少女の憂い顔も印象に残るけど・・・上杉君!! どうしたの!?」
「頭が、頭が割れそうで・・・」
その場にしゃがみ込んだ甲斐人に周りにいた人達が驚いて集まってきた。教授と、傍にいた男性の肩を借りて控え室へと移動をする。取り敢えずそこにあったソファに座らされた。
「水を・・・」
「水ね!? 分かったわ!」
甲斐人が呻くと、鈴浦教授が急いでドアから飛び出て行った。
「いや、それより救急車のほうが・・・」
そう言い残して肩を貸してくれた男性もドアから出たので、甲斐人が急いで追いかけた。
「いや、頭痛も治まってきているので救急車は・・・」
ドアを開けると、草原が広がっていた。振り向くとドアはもう無く、遠くに青いドレスを着たあの少女が立っている。少女の名前はもう分かっている。
近付いて声を掛けた。
「リリアーナ様」
「思い出してくれたのね・・・カイト・・・」
「ここはどこですか?」
「分からない・・・私の夢の中かもしれないし、貴方の意識の中かもしれない。ドラゴンのカエレス様が『もう会えなくなるかもしれないから』って私を貴方に会わせてくれたの」
「会えなくなるかもしれない・・・?」
鸚鵡 (おうむ) 返しに聞き返すと、リリアーナはゆっくり頷いたが、話題を変えてしまった。
「体育館の外で会ったのは、私じゃないと気が付いた?」
「はい、最初は分かりませんでしたが、今ならはっきりと分かります」
「あれは貴方が私を思い出そうとして、貴方が作った幻―― 。昨夜、貴方の耳元で囁いたのは私よ。カエレス様が、私の想いを送ってくれたの。そして、先程のあの絵は貴方が思い出そうとして作った幻よ」
「それは・・・気付きませんでした」
「これからあの場に戻ったら、私の絵ではなくなっているわ」
リリアーナが辺りを見渡した。
「この景色は、青い平原・・・意識の中だから本物ではないけど。貴方が最初に私を救ってくれたここで、お別れしたかったの・・・」
「何を仰っているんですか? 記憶が戻った今、私はそちらに、貴方のいる世界に帰りま・・・」
リリアーナが、カイトの口に人差し指を当てた。
「私は知っているのよ。酷い頭痛がしたでしょう? それに今までも、思い出そうとすると頭にもやが掛かったようになったでしょう? それは貴方が無意識の内に思い出すのを拒否していたから・・・お父様や、お母様を悲しませたくない、このままそちらの世界で生きていきたい、という気持ちがあったから」
「多少はそういう気持ちがある事は認めます。しかし・・・!」
リリアーナは遮るように話を続けた。
「貴方がそのままそちらの世界に残れば、異界での記憶はなくなるの。貴方が生きていれば、異界に転生する事もなくなるから。でも、もしも異界に戻ってきたら、今までの記憶は全部残るの。貴方はまた苦しまなくてはいけない。両親との別れと、友達との別れと。今までに慣れ親しんでいたもの全てからの別れに・・・」
「それは、覚悟の上で帰ったのです」
「そうね・・・でも、残れば苦しまずに済む。貴方がどれだけ苦しんでいたか、私は知っているもの。貴方は私を救ってくれた。だから今度は私が救うの」
リリアーナは右手を握り締めると、背中を向けた。
「私、貴方との婚約を破棄して、ルドルフ様に結婚してくれるようお願いするわ」
「いきなり何を・・・?」
「だから、貴方が帰って来ても、貴方のいる場所はもうないの。 カエレス様が言っていたけど、貴方がそちらにいる間、こちらも同じだけ時間が流れるのですって、だから今日を含めて後4日、そこにいなくてはならない。それにドラッヘヴァルトからリーフシュタインまでは4日掛かるのでしょう? 全部で約8日間、貴方が帰ってくるまでに、私は婚姻の誓約書を交わしてしまうわ。だからカイトはそちらに残って、幸せになって。ご両親と一緒に、空手で世界一になる夢を叶えて」
「そういう事は顔を見て言って下さい」
「・・・このままでいい・・・」
離れようとしたリリアーナをカイトは簡単に捕まえて振り向かせてしまった。そして少し微笑んだ。
「泣きながらでは・・・説得力がありませんよ」
「カイトの馬鹿! 我慢していたのに・・・」
カイトに抱き寄せられて、リリアーナはその胸に顔を埋 (うず) めた。
「もう、この間の婚約破棄でこの手の話しに懲りたのではないのですか?」
リリアーナは首を振った。
「この間のは、本当に私が馬鹿だったの。でも今度は違う。私が身を引いて、カイトが残ればカイトは幸せになれるの。だってそちらでは幸せな記憶しかないのよ?」
「人の幸せを勝手に決めるのですか? 私はリリアーナ様のもとに帰ります。私の心を引き裂くつもりですか?」
リリアーナの流す涙の量がまた増えた。
「カイト、ありがとう。私、もう思い残す事はない。本当は持っていたかったけど・・・私の覚悟を置いていくから。」
リリアーナはカイトのシャツの胸ポケットに何かを入れた。カイトが気付いてポケットを探ろうとすると、その手を押さえる。
涙顔で微笑むと、カイトの首に両手を回して引っ張った。察したカイトが身を屈めてくちづけた後にリリアーナが囁いた。
「愛してる・・・だから、帰ってこないで・・・」
そしてその姿は消えてしまった。
胸ポケットを探ると、出て来たのは指輪だった。リリアーナの誕生石を嵌め込んだあの婚約指輪だ。
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