黒の転生騎士

sierra

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第九章

呪われた絵 4

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  いつの間にか山の中の草原に立っていた。少し離れた所にはあの石造りの家がある。多分絵の中であろう、そこは昼間であり、リリアーナが家の中に入っていくのが見えた。何故かフランチェスカの姿が無く足元を見ると、四つん這いになっている。

「どうした、フラン?」
「ここはどこ? カイト、凄い身体が重いの! 立つ事ができない!」 
 言われてみると、確かに身体が重い。重力が前世に近い――いや、この世界のほうが若干重いようだ。自分は対処できるが、フランチェスカにはきついのであろう。

「フラン、ここで待っていてくれ。リリアーナ様を助けてくる」
「・・・頼んだ・・わよ・・・」
 フランチェスカが苦しそうに声を出し、カイトはそれを聞いて少しだけ微笑んだ。
「無理して喋るな・・・」
 四つん這いさえもきつそうだったので、重力から逃れられるように腹ばいで手足を伸ばさせ、大の字のポーズで寝転ばす。
「行ってくる――」
 カイトが静かに走り出した。そろそろと家に近付き、開いている窓から中を伺う。

 中にはあの青年とリリアーナが座っていた。
「君が怒っていると思って、暫く呼びださなかったんだ。また来てくれて嬉しいよ」
「私が拒否しても、呼び突けるくせに――」
「そんな怒った顔をしないで、可愛いのに台無しだ。ここにいれば、君はずっと年を取らずに美しいままでいられるし、好きな事は何でもできる。叶えられない望みはないよ」

「じゃあ、私を元の世界に永遠に帰して」
「それが駄目なのは分かっているだろう? あの、カイトとかいう男より僕のほうが断然いいのに。この世の誰よりも君を大事にして、幸せにするよ」 

 リリアーナは青年を睨みつけた。
「カイトは、私の嫌がる事を絶対にしないし、私の事を分かってくれている。独りよがりな貴方とは違うの」

「僕を怒らせたくなかったら、口を慎んだほうがいい」
 青年の瞳が冷たくなる。リリアーナの身体が急に重くなってきた。息をするのも何だか苦しい。
「何を・・・したの・・・?」
「本来この世界は、君の世界より重力が重いんだ。今まで僕が君の身体を助けていたんだが、その力を少し弱めたのさ。さあ、お茶を飲むんだ! お菓子でもいい。そうしたら楽になれるよ」
「嫌よ! きっと帰れなくなるんでしょう!」
「さすが・・・よく分かっているね。さあ、このままだといずれ君は死んでしまうよ。早く飲むんだ!」

「カイトの許に帰れないなら、死んだほうがましよ」
 リリアーナが横を向いた。青年の顔が憎悪に満ちる。
「君は僕を怒らせた・・・でも、罰を受けるのは君ではない」
 彼は、またお茶を飲むのを邪魔しないように、鳥籠に入れておいたナイチンゲールを掴み出した。そしてそれに語りかける。

「お前は、今日この世界に他の人間が二人入るのを黙認しただろう?」 
 リリアーナがハッとする。きっとカイトとフランチェスカだ。
「その罰で、今ここで死ぬんだ」
 青年がナイチンゲールを掴んだ拳に力を入れていく。
「やめて!!」
「お茶を飲むかい――?」                     
                 
 リリアーナが絶望に包まれた瞬間、片手をつき窓枠を飛び越え、カイトが二人の間に下り立った。

「カイト!」
 リリアーナの顔が喜びに満ち、青年の顔が驚愕に変わる。
「お前! 何でこの世界で立っていられる!! 身体が重くないのか!?」
 カイトは顔に怒りを湛え、ゆっくりと青年に身体を向けた。
「待て! これが見えないのか!!」
 彼はナイチンゲールを掴んだ拳を、強調するように前へ出した。カイトは一瞬で間合いを詰めると両手首を掴み、力を入れる。

「――っ! 痛い!! やめろ、この馬鹿力!」
 我慢できずに拳を開くと、ナイチンゲールが宙に放された。痛がっている青年から少し離れ、怒りを込めて後ろ回し蹴りを放つ。彼はその場であっという間にのびた。リリアーナにした事や、言った事を考えると、すぐに気絶させないで腹を突き、地獄の苦しみを味あわせてやりたかったが(呼吸ができない上に激痛に見舞われる)急を要するので諦めた。

 青年の上に屈み込み、本当に意識を失っているか確認する。リリアーナは彼が気絶してしまったせいか、助けが完全になくなり重い重力をまともに受けて苦しそうだ。カイトはすぐにリリアーナを横抱きにし、心配そうに見下ろした。

「大丈夫か? リリアーナ」
 リリアーナがこくんと嬉しそうに頷く。
「きっと来てくれると思っていた」
 顔を近付けて額にキスをすると、家の外に出てフランチェスカの元に急いだ。
「リリアーナ様・・・」
「フランチェスカ! 大丈夫?」
 そこでカイトの耳に、カエレスの声が響いてきた。
「カイト、今いるその側に空間が歪んで見えるところがあるだろう?」
「カエレス様! いらっしゃったんですね・・・あります。目の前に――」

 フランチェスカがこちらに来てすぐ動けなくなってくれたお陰で、その場所が容易に特定できた。
「そこを抜けてこい。こちらに帰ってこれる」
「分かりました」
 カイトはリリアーナに話しかけた。
「リリアーナ、フランを先に帰していいかい? 君はさっきまであの男が重力から守っていてくれたけど、フランは来た時から重力を受けて、身体がきついと思うんだ」
「分かったわ。大丈夫よ」

 『姫様から』と言うフランチェスカを助け起こして立たせると、空間を抜けさせようと手を貸した。フランチェスカがカイトに縋って言い募る。
「カイト! 大事なこと!」
「何だ?」
 彼女の身体はもう半分まで通っている。いぶかしげに眉をひそめるカイトに最後の力を振り絞って口を開いた。
「リリアーナ様に、貴方の上着を着せてあげて~~~」
 木霊と一緒に帰っていった。こんな時でもさすがフランチェスカだな、と感心したカイトである。リリアーナに上着を着せると、軽くキスして空間を通した。またカエレスの声が聞こえる。

「次はそこにいる動物達と、あのどうしようもない青年を通せ。ホールに移動したから、安心して寄こすんだ」

(何故ホールに?)と思いながらも、動物達を集め始めた。あのナイチンゲールも手伝ってくれる。

 そしてホールに移った理由が分かった。おびただしい動物の数である。兎、犬、鶏、羊、鹿、色々な種類の鳥、馬に熊まで、ありとあらゆる動物がいた。これでは絵画室に収まり切らないだろう。ナイチンゲールは普段から連絡の役目を担っていたようで、その美しい声でさえずると動物達が集まってきた。

 最後に居間でナイチンゲールが戸棚に向かってさえずった。中から猫の鳴き声がしたのでカイトが扉を開けると、前にあの青年を引っ掻いた猫が出てきた。
 気絶している青年の胸倉を掴んで引き起こし、残っている動物はいないか確認をする。青年が『もういない』と首を振ったので、あの空間までずるずると引きずっていった。青年が忌々しげに口を開く。

「何故、お前は重力の影響を受けな――っ! お前、転生者だな!」
「そうだ」
 カイトは淡々と答えると、青年を空間に蹴り飛ばした。もうこの世界にはナイチンゲールと猫とカイトだけである。
「助かったよ。ありがとう」
 カイトはナイチンゲールにお礼を言うと、一人と一羽と一匹で、その空間を通って行った。

――後には誰もいなくなった。
 
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