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第十章
私を呼んで 6 心和む光景
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「ねえ、カイトお願いがあるの」
夕食後、居間で寛いでいると、リディスに話しかけられた。
「なんだい?」
長い脚を組んでフルックブラット(新聞)を読んでいたカイトが顔を上げる。
「午後にポーレットを叱りつけていたでしょう・・・? 許してやってほしいの。あなたのことだから首にはしないと思うんだけど」
「ああ、そのことか。大丈夫、首にはしない」
「良かった! それで、聞いてもいいかしら? 何であんなに怒ったの? 貴方が珍しいわよね」
リディスが経緯を勘違いしていると知り、嫉妬深い彼女の性格を考え真実を少し折り曲げて話した。
「薔薇はいい香りだけどずっと置いてあると、少し匂いがきつくて気が散ってしまうんだ。それをマーガレットに替えてくれたのは良かったんだけど、断りがなかったから・・・虫の居所が悪かったのもあるけど、薔薇は君の好きな花だからね」
「まあ、そうだったの! いやだわカイトったら」
リディスは嬉しそうにソファから立ち上がると、艶かしい仕草で近付いてきた。カイトにしな垂れ掛かると、耳元で囁く。
「ねえ、もう寝ましょうよ」
カイトの頬にキスをする。
「目を通したい書類があるから・・・先に寝ててくれ」
リディスがムッとむくれた。
「そんな顔をしないで、綺麗な顔が台無しだよ」
カイトは頬にキスを返すと、書斎へと消えていった。
途端にリディスの美しい顔が邪悪に変わり、苦々しさに歪む。
「やっと、やっと夢の世界で手に入れたのに!! なぜ私と寝るのを拒むの!!」
カイトはドラゴンの守護を得ているせいもあり、この世界に引き止め続けるのに大きな力がいる。その上自分とは夫婦で、ベタ惚れだという暗示も掛け続けなければならない。今でも掛け続けているのに、何で日に日に気持ちが離れていくように感じるのか――
暗示はカイトのリリアーナへの想いを利用した。彼女への想いをそっくり私に書き換えたのだ。最初は上手くいっていたのに。思い込みやすいように髪の色も金色にし、清楚な雰囲気に姿も変えた。あまりにそっくりだとリリアーナの事を思い出しそうなので、似すぎないよう、でもカイトが欲するように苦労した・・・
そのお陰で無理がきている。この世界のあちらこちらに綻びが出てきてしまった。本来なら夢魔である自分が全てを掌握し、円滑にこの世界が動くように管理しなければいけないのに、カイトに時間と力を使い過ぎていて、どうしてもそれができない。
この世界が崩壊したらおしまいだ。カイトの為に使っている時間と力を少しこの世界に回さないと。
翌日、掃除を終わらせて朝食を取っていると、ポーレットがガートルードに呼び出された。
「ポーレット、貴方はお茶出しの作法を心得ているかしら?」
「はい、心得ています」
「今日の午後、侯爵夫人と、その他にも貴族の方々がいらっしゃるの。皆様、近くにカントリーハウス(別荘として捉えて下さい)をお持ちの方々で、奥様はこの機会に親しくなって旦那さまの人間関係や、ご商売にプラスになるようにと考えておいでなの」
「旦那様はご商売も営んでいらっしゃるのですか?」
「ええ、そう。地代にだけ頼るのは心許ないし、領民に負担を掛けすぎないようにしたいとお考えなのよ」
カイトらしい、思いやりのある考えだ。
「それでお茶会を失敗をしないように、完璧に作法を心得ていて、美しい所作を身に付けているメイドにお茶だしをさせるようにと言付かっているの。見ていて思ったのだけど、貴方の所作はとても美しいわ。お茶出しの作法も心得ているようだし、よろしくお願いするわね」
「かしこまりました」
今後の為にも、リディスには良い印象を持っておいてもらいたい。時間前にお茶の用意を始める。紅茶を美味しく入れる方法は、女子修道院で教わっていたし、お茶出しの作法は、いつもフランチェスカを見ているから頭に入っている。丸いポットを一度温めてから、紅茶の葉を入れお湯を注ぐ。紅茶の葉がジャンピングしているのを確かめてから温めたカップと共に、グリセルダにも手伝ってもらい、客室に運んでノックをする。
「失礼いたします」
返事を確かめてから入室し、ローテーブルに紅茶を載せたトレーをポーレットが、ケーキが載っているトレーはグリセルダが置いた。グリセルダはここで退室する。ポーレットは紅茶を注ぐと、ガートルードに聞いておいた爵位に合わせて紅茶と切り分けたケーキを置いていった。
ポーレットの優雅な立ち振る舞いに、貴族の奥様方もお喋りを忘れて思わず見惚れている。その中の侯爵夫人の椅子の後ろに可愛い男の子が隠れていた。短い金髪がくるくるとカールしていて、天使のような面立ちである。カップを置き終わった後に、目が合ったのでにっこりと笑うとまた椅子の後ろに隠れてしまった。
お茶だしが終わり、トレーを手に持ち退室しようとすると、スカートを引っ張られた。見下ろすと、さっきの男の子がこちらを見上げてスカートを掴んでいる。侯爵夫人が驚きの声を上げた。
「まあ、信じられない! この子が珍しいわ! 凄い人見知りなのよ。もう5歳になるのに、乳母にしか懐いていなくて、その乳母が辞めてしまったから、いま苦労しているの。今日も誰にもみてもらう事ができないから、この場に連れてきたのよ」
リディスがここぞとばかりに申し出る。
「ポーレット、その子と遊んであげてちょうだい」
この世界はカイトの夢の中。その中でずっと暮らしていけるように今は整備をしている最中だ。夢の中の住人(カイトの頭の中で作られた人)だけだと、普段の生活が現実味を帯びずに、夢の中だとカイトに気付かれてしまう。なので本物の人間を眠らせて、この夢の中に誘い込んでいる。ここにいる貴族のご婦人方も、みんな眠らせて取り込んだ。
この世界でも現実と同じように、きちんと働いて日々の糧を得ていかなければならない。現実世界と同じなのだ。なので、侯爵夫人には自分とカイトを気に入ってもらい、ここでの生活が快適なものになるように利用させてもらいたい。
「かしこまりました」
ポーレットはその場でしゃがみ込むとその男の子に聞いてみた。
「私と遊んで頂けますか?」
男の子はコクンと頷く。
侯爵夫人に声を掛けられる。
「ポーレット、フランシスをよろしくね」
「はい、奥様。お任せください」
客間を出ると、近くに居たメイド仲間に訳を話してトレーを片付けてもらう。
しゃがんでまたフランシスに話しかける。
「何をして遊びたいですか?」
「鬼ごっこ・・・」
「じゃあ、外に参りましょう」
扉を開けて外に出ると、春の陽光と緑の香りに包まれた。
「鬼はフランシス様かしら?」
「違うよ! ポーレットだよ!」
フランシスが嬉しそうに走り始めた。その後をポーレットが追いかける。二階で仕事をしているカイトの部屋にも子供の笑い声が聞こえてきた。手を休めてバルコニーに通じるガラス戸を開けると、男の子とポーレットが鬼ごっこをしているのが目に入った。
追いつきそうになってポーレットが手を伸ばすと、男の子が身を捩ってそれを避け、きゃっきゃっと声を上げて笑う。ポーレットがオーバーにがっかりすると、もっと嬉しそうに声を張り上げる。
なんて心和む光景だろう――
意図せずに溜息がもれた。気付かれないよう窓枠に寄り掛かり、腕を組んで暫くその様子に眺め入る。
子供が今度は家の中を探検したいと言い出して、ポーレットの手を引っ張りその姿と声が消えた。カイトも部屋の中に戻り、仕事の続きに取り掛かる。何枚かの書類に目を通したところで、子供の足音が聞こえてきた。その音は段々と近付いてきて、書斎の前まで来て止まる。
カイトが歩いていって扉を開けると、先程の男の子がこちらを見上げて驚いていた。階下からはポーレットが数を数える声が聞こえてくる。男の子が逃げようとしたので、しゃがんで優しく声を掛けた。
「ポーレットとかくれんぼかい?」
男の子は足を止めると、ゆっくりと振り向いた。まだもじもじはしていたが、小さい声で「うん・・・」と返事を返してくる。
「この部屋の中に隠れないか?」
「お部屋に入ったらだめだって」
「ここは私の部屋だから、怒られない。大丈夫だよ」
少年は少しの間悩んでいたがカイトが優しく見える上に、ポーレットが数を数え終わったので慌てて承知した。
「じゃあ、おいで」
カイトは男の子を部屋の中に招き入れた。
夕食後、居間で寛いでいると、リディスに話しかけられた。
「なんだい?」
長い脚を組んでフルックブラット(新聞)を読んでいたカイトが顔を上げる。
「午後にポーレットを叱りつけていたでしょう・・・? 許してやってほしいの。あなたのことだから首にはしないと思うんだけど」
「ああ、そのことか。大丈夫、首にはしない」
「良かった! それで、聞いてもいいかしら? 何であんなに怒ったの? 貴方が珍しいわよね」
リディスが経緯を勘違いしていると知り、嫉妬深い彼女の性格を考え真実を少し折り曲げて話した。
「薔薇はいい香りだけどずっと置いてあると、少し匂いがきつくて気が散ってしまうんだ。それをマーガレットに替えてくれたのは良かったんだけど、断りがなかったから・・・虫の居所が悪かったのもあるけど、薔薇は君の好きな花だからね」
「まあ、そうだったの! いやだわカイトったら」
リディスは嬉しそうにソファから立ち上がると、艶かしい仕草で近付いてきた。カイトにしな垂れ掛かると、耳元で囁く。
「ねえ、もう寝ましょうよ」
カイトの頬にキスをする。
「目を通したい書類があるから・・・先に寝ててくれ」
リディスがムッとむくれた。
「そんな顔をしないで、綺麗な顔が台無しだよ」
カイトは頬にキスを返すと、書斎へと消えていった。
途端にリディスの美しい顔が邪悪に変わり、苦々しさに歪む。
「やっと、やっと夢の世界で手に入れたのに!! なぜ私と寝るのを拒むの!!」
カイトはドラゴンの守護を得ているせいもあり、この世界に引き止め続けるのに大きな力がいる。その上自分とは夫婦で、ベタ惚れだという暗示も掛け続けなければならない。今でも掛け続けているのに、何で日に日に気持ちが離れていくように感じるのか――
暗示はカイトのリリアーナへの想いを利用した。彼女への想いをそっくり私に書き換えたのだ。最初は上手くいっていたのに。思い込みやすいように髪の色も金色にし、清楚な雰囲気に姿も変えた。あまりにそっくりだとリリアーナの事を思い出しそうなので、似すぎないよう、でもカイトが欲するように苦労した・・・
そのお陰で無理がきている。この世界のあちらこちらに綻びが出てきてしまった。本来なら夢魔である自分が全てを掌握し、円滑にこの世界が動くように管理しなければいけないのに、カイトに時間と力を使い過ぎていて、どうしてもそれができない。
この世界が崩壊したらおしまいだ。カイトの為に使っている時間と力を少しこの世界に回さないと。
翌日、掃除を終わらせて朝食を取っていると、ポーレットがガートルードに呼び出された。
「ポーレット、貴方はお茶出しの作法を心得ているかしら?」
「はい、心得ています」
「今日の午後、侯爵夫人と、その他にも貴族の方々がいらっしゃるの。皆様、近くにカントリーハウス(別荘として捉えて下さい)をお持ちの方々で、奥様はこの機会に親しくなって旦那さまの人間関係や、ご商売にプラスになるようにと考えておいでなの」
「旦那様はご商売も営んでいらっしゃるのですか?」
「ええ、そう。地代にだけ頼るのは心許ないし、領民に負担を掛けすぎないようにしたいとお考えなのよ」
カイトらしい、思いやりのある考えだ。
「それでお茶会を失敗をしないように、完璧に作法を心得ていて、美しい所作を身に付けているメイドにお茶だしをさせるようにと言付かっているの。見ていて思ったのだけど、貴方の所作はとても美しいわ。お茶出しの作法も心得ているようだし、よろしくお願いするわね」
「かしこまりました」
今後の為にも、リディスには良い印象を持っておいてもらいたい。時間前にお茶の用意を始める。紅茶を美味しく入れる方法は、女子修道院で教わっていたし、お茶出しの作法は、いつもフランチェスカを見ているから頭に入っている。丸いポットを一度温めてから、紅茶の葉を入れお湯を注ぐ。紅茶の葉がジャンピングしているのを確かめてから温めたカップと共に、グリセルダにも手伝ってもらい、客室に運んでノックをする。
「失礼いたします」
返事を確かめてから入室し、ローテーブルに紅茶を載せたトレーをポーレットが、ケーキが載っているトレーはグリセルダが置いた。グリセルダはここで退室する。ポーレットは紅茶を注ぐと、ガートルードに聞いておいた爵位に合わせて紅茶と切り分けたケーキを置いていった。
ポーレットの優雅な立ち振る舞いに、貴族の奥様方もお喋りを忘れて思わず見惚れている。その中の侯爵夫人の椅子の後ろに可愛い男の子が隠れていた。短い金髪がくるくるとカールしていて、天使のような面立ちである。カップを置き終わった後に、目が合ったのでにっこりと笑うとまた椅子の後ろに隠れてしまった。
お茶だしが終わり、トレーを手に持ち退室しようとすると、スカートを引っ張られた。見下ろすと、さっきの男の子がこちらを見上げてスカートを掴んでいる。侯爵夫人が驚きの声を上げた。
「まあ、信じられない! この子が珍しいわ! 凄い人見知りなのよ。もう5歳になるのに、乳母にしか懐いていなくて、その乳母が辞めてしまったから、いま苦労しているの。今日も誰にもみてもらう事ができないから、この場に連れてきたのよ」
リディスがここぞとばかりに申し出る。
「ポーレット、その子と遊んであげてちょうだい」
この世界はカイトの夢の中。その中でずっと暮らしていけるように今は整備をしている最中だ。夢の中の住人(カイトの頭の中で作られた人)だけだと、普段の生活が現実味を帯びずに、夢の中だとカイトに気付かれてしまう。なので本物の人間を眠らせて、この夢の中に誘い込んでいる。ここにいる貴族のご婦人方も、みんな眠らせて取り込んだ。
この世界でも現実と同じように、きちんと働いて日々の糧を得ていかなければならない。現実世界と同じなのだ。なので、侯爵夫人には自分とカイトを気に入ってもらい、ここでの生活が快適なものになるように利用させてもらいたい。
「かしこまりました」
ポーレットはその場でしゃがみ込むとその男の子に聞いてみた。
「私と遊んで頂けますか?」
男の子はコクンと頷く。
侯爵夫人に声を掛けられる。
「ポーレット、フランシスをよろしくね」
「はい、奥様。お任せください」
客間を出ると、近くに居たメイド仲間に訳を話してトレーを片付けてもらう。
しゃがんでまたフランシスに話しかける。
「何をして遊びたいですか?」
「鬼ごっこ・・・」
「じゃあ、外に参りましょう」
扉を開けて外に出ると、春の陽光と緑の香りに包まれた。
「鬼はフランシス様かしら?」
「違うよ! ポーレットだよ!」
フランシスが嬉しそうに走り始めた。その後をポーレットが追いかける。二階で仕事をしているカイトの部屋にも子供の笑い声が聞こえてきた。手を休めてバルコニーに通じるガラス戸を開けると、男の子とポーレットが鬼ごっこをしているのが目に入った。
追いつきそうになってポーレットが手を伸ばすと、男の子が身を捩ってそれを避け、きゃっきゃっと声を上げて笑う。ポーレットがオーバーにがっかりすると、もっと嬉しそうに声を張り上げる。
なんて心和む光景だろう――
意図せずに溜息がもれた。気付かれないよう窓枠に寄り掛かり、腕を組んで暫くその様子に眺め入る。
子供が今度は家の中を探検したいと言い出して、ポーレットの手を引っ張りその姿と声が消えた。カイトも部屋の中に戻り、仕事の続きに取り掛かる。何枚かの書類に目を通したところで、子供の足音が聞こえてきた。その音は段々と近付いてきて、書斎の前まで来て止まる。
カイトが歩いていって扉を開けると、先程の男の子がこちらを見上げて驚いていた。階下からはポーレットが数を数える声が聞こえてくる。男の子が逃げようとしたので、しゃがんで優しく声を掛けた。
「ポーレットとかくれんぼかい?」
男の子は足を止めると、ゆっくりと振り向いた。まだもじもじはしていたが、小さい声で「うん・・・」と返事を返してくる。
「この部屋の中に隠れないか?」
「お部屋に入ったらだめだって」
「ここは私の部屋だから、怒られない。大丈夫だよ」
少年は少しの間悩んでいたがカイトが優しく見える上に、ポーレットが数を数え終わったので慌てて承知した。
「じゃあ、おいで」
カイトは男の子を部屋の中に招き入れた。
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