黒の転生騎士

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第十章

私を呼んで 24  カイト視点

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 帰りの道中、カイトが手配してくれた馬車の中――
「ベイジル、私サインを貰うの忘れちゃった・・・」
「ああ、でもいいじゃないか。あの様子だと直ぐにまたお会いできるさ」
「そうね――きっとそうね!」
 グリセルダは嬉しそうに笑顔を浮かべた。

 その後もカイトはずっとリリアーナと一緒に過ごす。ふとした時に見せる不安げな顔、視界から消えると迷子になった幼子のように、自分を探し求める必死な様子。
 それらは自分が目覚めない間の、リリアーナの悲しみに暮れた日々を容易に想像する事ができた。夕食も部屋で共にとり、リリアーナは片時もカイトから離れない。そして夜が訪れた・・・

「一緒に寝てくれないと、眠れない――」
「リリアーナ、さすがにそれはちょっと・・・」
 カイトは片手で口を覆うと、どう説得しようかと思案にくれた。
「途中で目を覚ました時にカイトがいなかったら、また夢かと・・・全部夢だったと、絶望しそうでいやなの。もう、あんな思いはしたくない・・・今だって、もしかしたらまた夢かもしれないと思っているのに」

 リリアーナの悲痛なその表情にカイトも胸が痛くなる。しかし・・・まだ結婚前だし、彼女は姫君なのだ。アレクセイも立ち会って、話し合い――と言うよりは、アレクセイとリリアーナの言い争いへと発展した。

「じゃあ、フランチェスカも一緒に寝るのは?」
「いや、リリアーナ、子供のキャンプじゃないんだから。それに、それは根本的な解決にはならない。これからずっと、結婚するその日まで三人で寝るのか?」
「じゃあ、カイトは私が使っていたもう一台のベッドで、私の横で寝るの」
「お前・・・一緒のベッドで眠るつもりだったのか? 横のベッドも却下! 同じ部屋は駄目だ!」
「じゃあ、私がカイトの部屋に行く!」
「お前、それこそ駄目だろう! 男子騎士宿舎に泊まれる筈ないじゃないか。自分でも分かって言っているだろう!」
 話し合いは長期戦の様相を呈してきた。

「アレクセイ様」
「何だカイト、いい考えでもあるのか?」
 その目は『どうかあると言ってくれ!』と訴えている。
「私が、居間のカウチで眠るのはどうでしょうか? ドア一つ隔てますし、リリアーナ様が目を覚ました時には、すぐに確認することもできます」
「それだ!」
 リリアーナは目を覚ました時にすぐ傍にいてほしかったので、若干不満ではあるが、それが考え得るうちの最良の方法なのでしぶしぶと承諾した。

 カイトがカウチにシーツを被せたり、寝る用意をしている間も、リリアーナはずっと傍にいた。就寝時間になっても、寝室のドアから顔を覗かせて、ずっと話しかけてくる。カイトはクスリと笑みを零した。

「リリアーナ、眠りにつくまで傍にいようか?」
 嬉しそうにすぐ頷く。
カイトはベッドのかたわらにある椅子に座り、差し出されたリリアーナの手を握った。優しい瞳で見下ろすと、彼女は安心したように瞼を閉じた。

 やがて、その手からは力が抜け、完全に寝入ったのを確認すると、カイトはドアを閉めて居間に戻り、カウチにごろりと横になる。早く不安が消えるといいが・・・そう願いながら眠りについた。

 真夜中・・・草も木も全てが寝静まる頃、誰かの気配を部屋の中に感じる――

 眠りつつも騎士の本能から身構えた。が、すぐに敵ではない事を察知する。力が抜け、浅い眠りに戻ると、それはおずおずと近付いてきて、躊躇いがちに自分に触れ始めた。寝返りを打つと、静かに息を吐いて安心する様子が伝わってくる。

 それはカウチに這い上がってきて、少し距離を置いた場所にころんと横になった。
自分の深い部分が訴える。目の前のそれは大切なもの、この手の中で守るべきもの。手を伸ばして引き寄せると、息を呑むのも構わずに、腕の中に囲い込んだ。

 カイトは長い溜息を吐く。やっとこれで熟睡できる。足りていなかったものを手中に収めて安心し、深い眠りに落ちていった――



 朝・・・とはいっても日は昇ったばかり、室内を朝日が明るく照らす。

(昨日はカーテンを閉め忘れたか・・・しかし・・・やたらいい香りがする。何だ・・・? この腕の中の柔らかいものは)

 そっと目を開けると、絹糸のような金の髪が目の前に広がった。状況判断が咄嗟にできず何度も目をしばたたかせる。腕の中の柔らかいものを確認すると、リリアーナがすやすやと眠っていた。

 暫くそのままの体制で固まる――

(なぜリリアーナがここに・・・!?)
 
 気持ち良さそうに、寝息をたてて眠り込んでいるリリアーナ・・・
ふと見ると、彼女の身体は掛布の上だ。

(そうか・・・昨夜目が覚めて・・・)
 カイトはフランチェスカから、聞いた話を思い出す。夜はカイトの傍で眠っていたと・・・時々カイトが目覚める夢をみるようで、押し殺した泣き声が聞こえてきたと・・・

(本当に目覚めたか確認した後でも、不安で添い寝せずにはいられなかったのか・・・)
 リリアーナが感じた心の痛みを思うと、胸が酷く締め付けられた。カイトはリリアーナを抱きしめて、こめかみにそっとくちづける。それから掛布でリリアーナの身体をくるむとひょいと抱き上げ、寝室に運び優しくベッドに横たえた。

「カイト・・・?」
 いつの間に目覚めたのかリリアーナの碧い瞳がカイトを見上げている。
「まだ早いから眠っておいで」
 身を屈めて額にくちづけると、ふわりと幸せそうに微笑み、カイトに向かって両手を伸ばした。それに応えて抱きしめると、リリアーナが身を震わせて呟く。

「もう二度とどこにも行かないでね・・・」
 涙交じりのその声に、自然と抱きしめる手に力がこもった。
 

 
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