125 / 287
第十章
私を呼んで 24 カイト視点
しおりを挟む
帰りの道中、カイトが手配してくれた馬車の中――
「ベイジル、私サインを貰うの忘れちゃった・・・」
「ああ、でもいいじゃないか。あの様子だと直ぐにまたお会いできるさ」
「そうね――きっとそうね!」
グリセルダは嬉しそうに笑顔を浮かべた。
その後もカイトはずっとリリアーナと一緒に過ごす。ふとした時に見せる不安げな顔、視界から消えると迷子になった幼子のように、自分を探し求める必死な様子。
それらは自分が目覚めない間の、リリアーナの悲しみに暮れた日々を容易に想像する事ができた。夕食も部屋で共にとり、リリアーナは片時もカイトから離れない。そして夜が訪れた・・・
「一緒に寝てくれないと、眠れない――」
「リリアーナ、さすがにそれはちょっと・・・」
カイトは片手で口を覆うと、どう説得しようかと思案にくれた。
「途中で目を覚ました時にカイトがいなかったら、また夢かと・・・全部夢だったと、絶望しそうでいやなの。もう、あんな思いはしたくない・・・今だって、もしかしたらまた夢かもしれないと思っているのに」
リリアーナの悲痛なその表情にカイトも胸が痛くなる。しかし・・・まだ結婚前だし、彼女は姫君なのだ。アレクセイも立ち会って、話し合い――と言うよりは、アレクセイとリリアーナの言い争いへと発展した。
「じゃあ、フランチェスカも一緒に寝るのは?」
「いや、リリアーナ、子供のキャンプじゃないんだから。それに、それは根本的な解決にはならない。これからずっと、結婚するその日まで三人で寝るのか?」
「じゃあ、カイトは私が使っていたもう一台のベッドで、私の横で寝るの」
「お前・・・一緒のベッドで眠るつもりだったのか? 横のベッドも却下! 同じ部屋は駄目だ!」
「じゃあ、私がカイトの部屋に行く!」
「お前、それこそ駄目だろう! 男子騎士宿舎に泊まれる筈ないじゃないか。自分でも分かって言っているだろう!」
話し合いは長期戦の様相を呈してきた。
「アレクセイ様」
「何だカイト、いい考えでもあるのか?」
その目は『どうかあると言ってくれ!』と訴えている。
「私が、居間のカウチで眠るのはどうでしょうか? ドア一つ隔てますし、リリアーナ様が目を覚ました時には、すぐに確認することもできます」
「それだ!」
リリアーナは目を覚ました時にすぐ傍にいてほしかったので、若干不満ではあるが、それが考え得るうちの最良の方法なのでしぶしぶと承諾した。
カイトがカウチにシーツを被せたり、寝る用意をしている間も、リリアーナはずっと傍にいた。就寝時間になっても、寝室のドアから顔を覗かせて、ずっと話しかけてくる。カイトはクスリと笑みを零した。
「リリアーナ、眠りにつくまで傍にいようか?」
嬉しそうにすぐ頷く。
カイトはベッドの傍らにある椅子に座り、差し出されたリリアーナの手を握った。優しい瞳で見下ろすと、彼女は安心したように瞼を閉じた。
やがて、その手からは力が抜け、完全に寝入ったのを確認すると、カイトはドアを閉めて居間に戻り、カウチにごろりと横になる。早く不安が消えるといいが・・・そう願いながら眠りについた。
真夜中・・・草も木も全てが寝静まる頃、誰かの気配を部屋の中に感じる――
眠りつつも騎士の本能から身構えた。が、すぐに敵ではない事を察知する。力が抜け、浅い眠りに戻ると、それはおずおずと近付いてきて、躊躇いがちに自分に触れ始めた。寝返りを打つと、静かに息を吐いて安心する様子が伝わってくる。
それはカウチに這い上がってきて、少し距離を置いた場所にころんと横になった。
自分の深い部分が訴える。目の前のそれは大切なもの、この手の中で守るべきもの。手を伸ばして引き寄せると、息を呑むのも構わずに、腕の中に囲い込んだ。
カイトは長い溜息を吐く。やっとこれで熟睡できる。足りていなかったものを手中に収めて安心し、深い眠りに落ちていった――
朝・・・とはいっても日は昇ったばかり、室内を朝日が明るく照らす。
(昨日はカーテンを閉め忘れたか・・・しかし・・・やたらいい香りがする。何だ・・・? この腕の中の柔らかいものは)
そっと目を開けると、絹糸のような金の髪が目の前に広がった。状況判断が咄嗟にできず何度も目を瞬かせる。腕の中の柔らかいものを確認すると、リリアーナがすやすやと眠っていた。
暫くそのままの体制で固まる――
(なぜリリアーナがここに・・・!?)
気持ち良さそうに、寝息をたてて眠り込んでいるリリアーナ・・・
ふと見ると、彼女の身体は掛布の上だ。
(そうか・・・昨夜目が覚めて・・・)
カイトはフランチェスカから、聞いた話を思い出す。夜はカイトの傍で眠っていたと・・・時々カイトが目覚める夢をみるようで、押し殺した泣き声が聞こえてきたと・・・
(本当に目覚めたか確認した後でも、不安で添い寝せずにはいられなかったのか・・・)
リリアーナが感じた心の痛みを思うと、胸が酷く締め付けられた。カイトはリリアーナを抱きしめて、こめかみにそっとくちづける。それから掛布でリリアーナの身体をくるむとひょいと抱き上げ、寝室に運び優しくベッドに横たえた。
「カイト・・・?」
いつの間に目覚めたのかリリアーナの碧い瞳がカイトを見上げている。
「まだ早いから眠っておいで」
身を屈めて額にくちづけると、ふわりと幸せそうに微笑み、カイトに向かって両手を伸ばした。それに応えて抱きしめると、リリアーナが身を震わせて呟く。
「もう二度とどこにも行かないでね・・・」
涙交じりのその声に、自然と抱きしめる手に力がこもった。
「ベイジル、私サインを貰うの忘れちゃった・・・」
「ああ、でもいいじゃないか。あの様子だと直ぐにまたお会いできるさ」
「そうね――きっとそうね!」
グリセルダは嬉しそうに笑顔を浮かべた。
その後もカイトはずっとリリアーナと一緒に過ごす。ふとした時に見せる不安げな顔、視界から消えると迷子になった幼子のように、自分を探し求める必死な様子。
それらは自分が目覚めない間の、リリアーナの悲しみに暮れた日々を容易に想像する事ができた。夕食も部屋で共にとり、リリアーナは片時もカイトから離れない。そして夜が訪れた・・・
「一緒に寝てくれないと、眠れない――」
「リリアーナ、さすがにそれはちょっと・・・」
カイトは片手で口を覆うと、どう説得しようかと思案にくれた。
「途中で目を覚ました時にカイトがいなかったら、また夢かと・・・全部夢だったと、絶望しそうでいやなの。もう、あんな思いはしたくない・・・今だって、もしかしたらまた夢かもしれないと思っているのに」
リリアーナの悲痛なその表情にカイトも胸が痛くなる。しかし・・・まだ結婚前だし、彼女は姫君なのだ。アレクセイも立ち会って、話し合い――と言うよりは、アレクセイとリリアーナの言い争いへと発展した。
「じゃあ、フランチェスカも一緒に寝るのは?」
「いや、リリアーナ、子供のキャンプじゃないんだから。それに、それは根本的な解決にはならない。これからずっと、結婚するその日まで三人で寝るのか?」
「じゃあ、カイトは私が使っていたもう一台のベッドで、私の横で寝るの」
「お前・・・一緒のベッドで眠るつもりだったのか? 横のベッドも却下! 同じ部屋は駄目だ!」
「じゃあ、私がカイトの部屋に行く!」
「お前、それこそ駄目だろう! 男子騎士宿舎に泊まれる筈ないじゃないか。自分でも分かって言っているだろう!」
話し合いは長期戦の様相を呈してきた。
「アレクセイ様」
「何だカイト、いい考えでもあるのか?」
その目は『どうかあると言ってくれ!』と訴えている。
「私が、居間のカウチで眠るのはどうでしょうか? ドア一つ隔てますし、リリアーナ様が目を覚ました時には、すぐに確認することもできます」
「それだ!」
リリアーナは目を覚ました時にすぐ傍にいてほしかったので、若干不満ではあるが、それが考え得るうちの最良の方法なのでしぶしぶと承諾した。
カイトがカウチにシーツを被せたり、寝る用意をしている間も、リリアーナはずっと傍にいた。就寝時間になっても、寝室のドアから顔を覗かせて、ずっと話しかけてくる。カイトはクスリと笑みを零した。
「リリアーナ、眠りにつくまで傍にいようか?」
嬉しそうにすぐ頷く。
カイトはベッドの傍らにある椅子に座り、差し出されたリリアーナの手を握った。優しい瞳で見下ろすと、彼女は安心したように瞼を閉じた。
やがて、その手からは力が抜け、完全に寝入ったのを確認すると、カイトはドアを閉めて居間に戻り、カウチにごろりと横になる。早く不安が消えるといいが・・・そう願いながら眠りについた。
真夜中・・・草も木も全てが寝静まる頃、誰かの気配を部屋の中に感じる――
眠りつつも騎士の本能から身構えた。が、すぐに敵ではない事を察知する。力が抜け、浅い眠りに戻ると、それはおずおずと近付いてきて、躊躇いがちに自分に触れ始めた。寝返りを打つと、静かに息を吐いて安心する様子が伝わってくる。
それはカウチに這い上がってきて、少し距離を置いた場所にころんと横になった。
自分の深い部分が訴える。目の前のそれは大切なもの、この手の中で守るべきもの。手を伸ばして引き寄せると、息を呑むのも構わずに、腕の中に囲い込んだ。
カイトは長い溜息を吐く。やっとこれで熟睡できる。足りていなかったものを手中に収めて安心し、深い眠りに落ちていった――
朝・・・とはいっても日は昇ったばかり、室内を朝日が明るく照らす。
(昨日はカーテンを閉め忘れたか・・・しかし・・・やたらいい香りがする。何だ・・・? この腕の中の柔らかいものは)
そっと目を開けると、絹糸のような金の髪が目の前に広がった。状況判断が咄嗟にできず何度も目を瞬かせる。腕の中の柔らかいものを確認すると、リリアーナがすやすやと眠っていた。
暫くそのままの体制で固まる――
(なぜリリアーナがここに・・・!?)
気持ち良さそうに、寝息をたてて眠り込んでいるリリアーナ・・・
ふと見ると、彼女の身体は掛布の上だ。
(そうか・・・昨夜目が覚めて・・・)
カイトはフランチェスカから、聞いた話を思い出す。夜はカイトの傍で眠っていたと・・・時々カイトが目覚める夢をみるようで、押し殺した泣き声が聞こえてきたと・・・
(本当に目覚めたか確認した後でも、不安で添い寝せずにはいられなかったのか・・・)
リリアーナが感じた心の痛みを思うと、胸が酷く締め付けられた。カイトはリリアーナを抱きしめて、こめかみにそっとくちづける。それから掛布でリリアーナの身体をくるむとひょいと抱き上げ、寝室に運び優しくベッドに横たえた。
「カイト・・・?」
いつの間に目覚めたのかリリアーナの碧い瞳がカイトを見上げている。
「まだ早いから眠っておいで」
身を屈めて額にくちづけると、ふわりと幸せそうに微笑み、カイトに向かって両手を伸ばした。それに応えて抱きしめると、リリアーナが身を震わせて呟く。
「もう二度とどこにも行かないでね・・・」
涙交じりのその声に、自然と抱きしめる手に力がこもった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1,638
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる