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第十二章
腕(かいな)の中のリリアーナ 26 下界に天使が…俺の理想の幼女がいる――!
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「キルスティン! お前は全く、何であそこで助けないんだ!!」
「どうやってですか? あの衆人観衆の中で魔法を使うんですか?」
「くそっ……!」
翌日の昼下がり。ルイスはカイトに受けた特訓のせいで筋肉が悲鳴を上げ、居間のカウチの上でうーうーと唸っていた。
雇い主がご機嫌ななめ……
`日中一緒の部屋にいるのにずっと当たられては堪らない ‘ とキルスティンは何か機嫌が良くなるものはないかときょろきょろしながら辺りを見回す。
窓辺にきたところで良いものを見つけた。
「ルイス様、リリアーナ様ですよ。ほら、中庭で遊んでいる」
「何だと……!」
キルスティンが窓を開け放って振り返ると、当の本人はカウチの上で身体をミシミシいわせてもがいている。
「あぁ、でもその状態だと、とても窓までは……」
「俺は見るぞ!」
カウチから立ち上がることができずに、四つん這いで近付いてくるルイスの姿は、憐れを通り越して情けない。
「……誰か呼びましょうか?」
「いやいい、呼んでる時間がもったいない。キルスティン、肩を貸せ」
「はい」
彼女に肩を借りてルイスはよろよろと立ち上がり、窓の桟で身体を支えて外を覗き見た。そこには、芝生の上を三匹の子犬と共に笑顔で駆け回るリリアーナがいた。
「おー! 天使だ! 下界に天使が…俺の理想の幼女がいる――!」
その言葉にドン引きしたキルスティンだが、確かにリリアーナ姫の可愛さは子供の中でも群を抜いている。
広い芝生のところどころには花壇があり、そこを縫うように子犬達と走っている。表情はくるくると変わり子犬とじゃれあいながら、きゃっきゃ声を上げる姿などはずっと見ていても飽きないほどだ。
リリアーナが滑って転び、途端に大きな声で泣き出した。侍女達がすぐに駆け寄ってきたが、顔を横に振りながら泣きやまずにある方向をちらちらと窺っている。
「何だ……」
ルイスがその方角を見ると、カイトが走ってくるところだった。
「カイト様を待っていたんですね」
「……傍にいないなんて、怠慢な騎士だ…!」
「カイト様は良からぬ者達が襲ってきてもすぐ動けるよう、広い場所では常に全体が見渡せる場所にいるそうですよ?」
「……ふん、心がけだけはいいようだな」
見ているとカイトが跪いてリリアーナの手足を確認している。ほっとした表情を浮かべて立ち上がろうとした彼に向かい、リリアーナが目を瞑り唇をちょん、と突き出した。
「あ、あいつはけしからん! リリアーナ姫のく、唇にキスなど!!」
「カイト様じゃなくて、リリアーナ姫からおねだりしてますが――」
カイトは微笑んで屈み込み、頬にそっとキスをした。
ルイス王子はハアハア言って目を血走らせている。
「よ、よし! カイト。ナイス判断だ。素晴らしいぞ……!」
「……彼は常識人ですからね……」
リリアーナは少しほっぺを膨らませていたが、足元にじゃれついてきた小犬に気を取られて、すぐにまた走り始めた。
カイトもそれを見て、もとの位置に戻り始める。
「リリアーナ姫……ああ、なんて可愛らしい。君を手元に置いて俺好みに育て上げたい……いや違う、そんな事をしなくても君はそのままで完璧だ」
身を乗り出して涎を垂らさんばかりに見つめているルイスを、ここから突き落としてやろうかとキルスティンが考えていると、リリアーナが悪寒を感じたのか二人のいる窓を見上げた。
「ひっ――!」
リリアーナが怯えて立ち止まり、大声で名前を叫んだ。
「カイト! カイトーーー!!」
侍女達もつられて上を見ては息を呑み、危険を感じたのかリリアーナに駆け寄った。
怯えたリリアーナは侍女達には見向きもせず、駆け戻ってきたカイトの腕の中に飛び込んだ。
「あれはどういう事だ!!」
「ルイス様にそれだけ鬼気迫るものを感じたんだと思います」
「なぜ侍女ではなく、カイトの胸に飛び込む!?」
「そこですか――!?」
カイトはこちらを見上げてすぐに察したようで、腕の中のリリアーナを宥めながら、女性騎士や侍女達に何か支持を出している。侍女達はボールやピクニックシートに広げた軽食を片付け始めた。
「部屋に戻るようですね」
子犬達までもが上にいるルイスを見て吠え掛かってきていたが、城の入り口へと向かうカイトが口笛を吹いて呼ぶと、大人しく彼の元へと駆けていった。
カイトの腕にはリリアーナ、後ろに侍女と女性騎士、足元には子犬が付き従う。
「何となく腹が立つ光景なのだが……」
「皆から信頼されているのではないでしょうか?」
「お前の物言いも腹が立つのだが」
「すいません……」
確かに頭に浮かんだ事を考え無しにそのまま口に出していた。
「このままでは敵の思う壺だ。何かいい案はないのか? リリアーナ姫に近づけるような良案が」
「良案と言われましても……」
「彼女が欲しがっている物でも、何でもいいから気を引くような情報は?」
「欲しがっているわけではないのですけど、元に戻りたがっているみたいです」
「元に?」
「はい。今のままだとカイト様と歳が離れすぎているから、16歳に戻りたがっているという話を使用人達がしていました」
「戻るなんて……なんて勿体無い事を! いや、まてよ……うん、それはいい事を聞いたな……」
ルイスがうっすらと口角を上げてほくそ笑み、キルスティンはその表情を見て`また良からぬことを考えている ‘ と嫌な予感しかしなかった。
「どうやってですか? あの衆人観衆の中で魔法を使うんですか?」
「くそっ……!」
翌日の昼下がり。ルイスはカイトに受けた特訓のせいで筋肉が悲鳴を上げ、居間のカウチの上でうーうーと唸っていた。
雇い主がご機嫌ななめ……
`日中一緒の部屋にいるのにずっと当たられては堪らない ‘ とキルスティンは何か機嫌が良くなるものはないかときょろきょろしながら辺りを見回す。
窓辺にきたところで良いものを見つけた。
「ルイス様、リリアーナ様ですよ。ほら、中庭で遊んでいる」
「何だと……!」
キルスティンが窓を開け放って振り返ると、当の本人はカウチの上で身体をミシミシいわせてもがいている。
「あぁ、でもその状態だと、とても窓までは……」
「俺は見るぞ!」
カウチから立ち上がることができずに、四つん這いで近付いてくるルイスの姿は、憐れを通り越して情けない。
「……誰か呼びましょうか?」
「いやいい、呼んでる時間がもったいない。キルスティン、肩を貸せ」
「はい」
彼女に肩を借りてルイスはよろよろと立ち上がり、窓の桟で身体を支えて外を覗き見た。そこには、芝生の上を三匹の子犬と共に笑顔で駆け回るリリアーナがいた。
「おー! 天使だ! 下界に天使が…俺の理想の幼女がいる――!」
その言葉にドン引きしたキルスティンだが、確かにリリアーナ姫の可愛さは子供の中でも群を抜いている。
広い芝生のところどころには花壇があり、そこを縫うように子犬達と走っている。表情はくるくると変わり子犬とじゃれあいながら、きゃっきゃ声を上げる姿などはずっと見ていても飽きないほどだ。
リリアーナが滑って転び、途端に大きな声で泣き出した。侍女達がすぐに駆け寄ってきたが、顔を横に振りながら泣きやまずにある方向をちらちらと窺っている。
「何だ……」
ルイスがその方角を見ると、カイトが走ってくるところだった。
「カイト様を待っていたんですね」
「……傍にいないなんて、怠慢な騎士だ…!」
「カイト様は良からぬ者達が襲ってきてもすぐ動けるよう、広い場所では常に全体が見渡せる場所にいるそうですよ?」
「……ふん、心がけだけはいいようだな」
見ているとカイトが跪いてリリアーナの手足を確認している。ほっとした表情を浮かべて立ち上がろうとした彼に向かい、リリアーナが目を瞑り唇をちょん、と突き出した。
「あ、あいつはけしからん! リリアーナ姫のく、唇にキスなど!!」
「カイト様じゃなくて、リリアーナ姫からおねだりしてますが――」
カイトは微笑んで屈み込み、頬にそっとキスをした。
ルイス王子はハアハア言って目を血走らせている。
「よ、よし! カイト。ナイス判断だ。素晴らしいぞ……!」
「……彼は常識人ですからね……」
リリアーナは少しほっぺを膨らませていたが、足元にじゃれついてきた小犬に気を取られて、すぐにまた走り始めた。
カイトもそれを見て、もとの位置に戻り始める。
「リリアーナ姫……ああ、なんて可愛らしい。君を手元に置いて俺好みに育て上げたい……いや違う、そんな事をしなくても君はそのままで完璧だ」
身を乗り出して涎を垂らさんばかりに見つめているルイスを、ここから突き落としてやろうかとキルスティンが考えていると、リリアーナが悪寒を感じたのか二人のいる窓を見上げた。
「ひっ――!」
リリアーナが怯えて立ち止まり、大声で名前を叫んだ。
「カイト! カイトーーー!!」
侍女達もつられて上を見ては息を呑み、危険を感じたのかリリアーナに駆け寄った。
怯えたリリアーナは侍女達には見向きもせず、駆け戻ってきたカイトの腕の中に飛び込んだ。
「あれはどういう事だ!!」
「ルイス様にそれだけ鬼気迫るものを感じたんだと思います」
「なぜ侍女ではなく、カイトの胸に飛び込む!?」
「そこですか――!?」
カイトはこちらを見上げてすぐに察したようで、腕の中のリリアーナを宥めながら、女性騎士や侍女達に何か支持を出している。侍女達はボールやピクニックシートに広げた軽食を片付け始めた。
「部屋に戻るようですね」
子犬達までもが上にいるルイスを見て吠え掛かってきていたが、城の入り口へと向かうカイトが口笛を吹いて呼ぶと、大人しく彼の元へと駆けていった。
カイトの腕にはリリアーナ、後ろに侍女と女性騎士、足元には子犬が付き従う。
「何となく腹が立つ光景なのだが……」
「皆から信頼されているのではないでしょうか?」
「お前の物言いも腹が立つのだが」
「すいません……」
確かに頭に浮かんだ事を考え無しにそのまま口に出していた。
「このままでは敵の思う壺だ。何かいい案はないのか? リリアーナ姫に近づけるような良案が」
「良案と言われましても……」
「彼女が欲しがっている物でも、何でもいいから気を引くような情報は?」
「欲しがっているわけではないのですけど、元に戻りたがっているみたいです」
「元に?」
「はい。今のままだとカイト様と歳が離れすぎているから、16歳に戻りたがっているという話を使用人達がしていました」
「戻るなんて……なんて勿体無い事を! いや、まてよ……うん、それはいい事を聞いたな……」
ルイスがうっすらと口角を上げてほくそ笑み、キルスティンはその表情を見て`また良からぬことを考えている ‘ と嫌な予感しかしなかった。
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