黒の転生騎士

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第十二章

腕(かいな)の中のリリアーナ 27  魔法の杖が欲しくないのかな……?

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リリアーナはしゃがんで花を摘んでいた。黄色いドレスのスカートは花びらのようにふんわりと広がり、彼女はまるで花の精のようだ。

たくさんつんでおっきな花束にして、カイトにあげよう。きっと喜んでくれるはず。

小高い丘は草原になっており色とりどりの花も咲き乱れ、気持ちの良い風が吹いている。丘の下には大きな川がゆったりと流れ、陽の光もぽかぽかと暖かい。

少し冷たい風が吹いてきて顔を上げるとカイトが立っていた。

「カイト! 見て、お花をつんだの! カイトにあげる!」
笑顔で立ち上がり花束を持って近付こうとした。

「とても……綺麗ですね……」
カイトは花には目もくれずにただリリアーナを見つめている。

「カイ…ト……?」
カイトの笑顔はいつもと同じで優しいのに……なぜか違って、とても冷たくて…仮面を被っているように見える――

「どうしたのですかリリアーナ様?」

彼の声が頭の中で響く。

声も、こんな声だった……?

カイトがリリアーナを舐めるようにじっと見据えながら近付いてきた。

こ――こわい……!

リリアーナはくるりと後ろを向き、一目散に逃げ出した。舌打ちと共にカイトが後を追ってくる。

いや、いやっ――! あれはカイトではない! お願い助けて、助けてカイト……!

辺りの光景はどんどん無機質になっていく、しまいには絵に描かれたような風景になり、訳が分からずに泣きながら走った。すぐ後ろに迫る足音――

「助けっ……!」

いきなり伸びてきた女性の腕に抱き上げられ、庇おうとしてくれている悪意の無い胸に必死な思いで縋り付く。

「おやめ下さい……! リリアーナ様が怖がっているではありませんか」

この声は……
リリアーナが顔を上げるとキルスティンと目が合った。

「リリアーナ様、申し訳ありません。こうでもしないと貴方様に近づけないので」

キルスティンの腕に抱かれたまま振り返ると、偽カイトが悔しそうにこちらを見ている。

「あの人こわい」
「とぉっても分かりますよ――! 大丈夫です。近づけさせませんから」

キルスティンが少し距離を取って偽カイトに向き直った。
偽カイトの姿が絵の具が滲むように薄くなっていき、次には色を新しく塗り替えるように、ルイスの姿へと変わっていく。リリアーナが益々怖がってキルスティンにしがみ付く。
そんな彼女の様子を見て、キルスティンが溜息をついた。

「だからカイト様に化けるのはやめるよう、言ったじゃないですか」
「まだリリアーナ姫と挨拶さえしていないんだぞ!? カイトの姿で少し位触ったり、抱きしめたりする位構わないだろう!?」
「またそんな変質者みたいな事を言って……リリアーナ様にドン引きされま…」

キルスティンが話の途中で何かに気付いて慌てふためいた。

「まずい……!」
「何だ?」
「サー・カイトが異変に気付きました。早くしないとリリアーナ様が起こされてしまいます!」
「何だと! 今あいつは騎士宿舎で仮眠中のはずだろう?」
「リリアーナ様の恐怖の波長を受け取ったんじゃないでしょうか? もう近くまで来ています。早く用件を仰って下さい。夢から覚めてしまいますよ」

ルイスが悪態をついた後に、リリアーナに笑顔で話しかける。

「世界一可愛くて天使のようなリリアー…」
「前置きはいらないから早くして下さい!」
「わぁったよ。さて、リリアーナ、僕の声を覚えているかい?」
「もしかして…魔法使い?」
「よく覚えていてくれたね。そう、僕は魔法使いだ。フェネル伯爵令嬢の誕生日パーティーで会ったよね?」

花束を目の前で出して見せてそれをリリアーナに渡そうとしたが、当のリリアーナがぷいっと横を向く。

「 ` きけん人物 ‘ だから話したらいけないってカイトが言ったもん…」
「ふ~ん…君は魔法の杖が欲しくないのかな……?」
「魔法の杖?」

リリアーナが関心を示して振り返った。

「うん。それがあれば16歳に戻ることもできるよ。欲しければ……」
「ルイス様、駄目です! もうサー・カイトが!」
「またくるからこのことは内緒だよ? そうじゃないと、魔法の杖はあげられないからね」

すっと二人の姿が消えた――

「……様! リリアーナ様!!」

自分を呼ぶ声に反応をして目を覚ますと、目の前にはホッとした表情のカイトがいた。

「カイト……!」

飛び起きて抱きつくと、ぎゅっと抱きしめ返されて安心をする。落ち着くまでずっとそのままでいてくれた。

「うなされていましたが大丈夫でしたか? 不穏な気を感じたので急いで駆けつけたのですが」

見ると就寝用の麻のシャツとズボンを身に付けた格好だ。髪の毛も少し乱れ、起きてすぐ飛んできてくれたのが分かる。

「カイト、あのね…!」

『このことは内緒だよ? そうじゃないと、魔法の杖はあげられないからね』
リリアーナの頭の中を、ルイスの声がこだまする。

「リリアーナ様?」
「う、ううん……何でもない…だいじょうぶ……」

カイトは訝しげな表情を見せたが、すぐに優しい瞳になる。

「お昼寝の続きをなさいますか……?」

リリアーナはまた寝る気にはとてもなれずに首を振った。おずおずとカイトを見上げる。

「でも、一緒にいてほしい……」
「かしこまりました」

カイトは振り返ると、後ろで心配そうに様子を伺っているフランチェスカに、騎士服を宿舎の自分の部屋から取ってくるよう、部屋の前で立ち番をしている男性騎士に頼んでくれと伝えた。

「それなら、私が取ってくるわよ」
「えっ? フラン`女子禁制 ‘ の意味を分かっ――」

`任せて!‘とばかりに出て行くフランを`さすがにしょっちゅうそれはまずいだろう ‘ と、後を追おうとしたところ、シャツをグイッと引っ張られた。
振り返るとリリアーナが心細げな顔をして、シャツの裾を掴んでいた。

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