181 / 287
第十二章
腕(かいな)の中のリリアーナ 27 魔法の杖が欲しくないのかな……?
しおりを挟む
リリアーナはしゃがんで花を摘んでいた。黄色いドレスのスカートは花びらのようにふんわりと広がり、彼女はまるで花の精のようだ。
たくさんつんでおっきな花束にして、カイトにあげよう。きっと喜んでくれるはず。
小高い丘は草原になっており色とりどりの花も咲き乱れ、気持ちの良い風が吹いている。丘の下には大きな川がゆったりと流れ、陽の光もぽかぽかと暖かい。
少し冷たい風が吹いてきて顔を上げるとカイトが立っていた。
「カイト! 見て、お花をつんだの! カイトにあげる!」
笑顔で立ち上がり花束を持って近付こうとした。
「とても……綺麗ですね……」
カイトは花には目もくれずにただリリアーナを見つめている。
「カイ…ト……?」
カイトの笑顔はいつもと同じで優しいのに……なぜか違って、とても冷たくて…仮面を被っているように見える――
「どうしたのですかリリアーナ様?」
彼の声が頭の中で響く。
声も、こんな声だった……?
カイトがリリアーナを舐めるようにじっと見据えながら近付いてきた。
こ――こわい……!
リリアーナはくるりと後ろを向き、一目散に逃げ出した。舌打ちと共にカイトが後を追ってくる。
いや、いやっ――! あれはカイトではない! お願い助けて、助けてカイト……!
辺りの光景はどんどん無機質になっていく、しまいには絵に描かれたような風景になり、訳が分からずに泣きながら走った。すぐ後ろに迫る足音――
「助けっ……!」
いきなり伸びてきた女性の腕に抱き上げられ、庇おうとしてくれている悪意の無い胸に必死な思いで縋り付く。
「おやめ下さい……! リリアーナ様が怖がっているではありませんか」
この声は……
リリアーナが顔を上げるとキルスティンと目が合った。
「リリアーナ様、申し訳ありません。こうでもしないと貴方様に近づけないので」
キルスティンの腕に抱かれたまま振り返ると、偽カイトが悔しそうにこちらを見ている。
「あの人こわい」
「とぉっても分かりますよ――! 大丈夫です。近づけさせませんから」
キルスティンが少し距離を取って偽カイトに向き直った。
偽カイトの姿が絵の具が滲むように薄くなっていき、次には色を新しく塗り替えるように、ルイスの姿へと変わっていく。リリアーナが益々怖がってキルスティンにしがみ付く。
そんな彼女の様子を見て、キルスティンが溜息をついた。
「だからカイト様に化けるのはやめるよう、言ったじゃないですか」
「まだリリアーナ姫と挨拶さえしていないんだぞ!? カイトの姿で少し位触ったり、抱きしめたりする位構わないだろう!?」
「またそんな変質者みたいな事を言って……リリアーナ様にドン引きされま…」
キルスティンが話の途中で何かに気付いて慌てふためいた。
「まずい……!」
「何だ?」
「サー・カイトが異変に気付きました。早くしないとリリアーナ様が起こされてしまいます!」
「何だと! 今あいつは騎士宿舎で仮眠中のはずだろう?」
「リリアーナ様の恐怖の波長を受け取ったんじゃないでしょうか? もう近くまで来ています。早く用件を仰って下さい。夢から覚めてしまいますよ」
ルイスが悪態をついた後に、リリアーナに笑顔で話しかける。
「世界一可愛くて天使のようなリリアー…」
「前置きはいらないから早くして下さい!」
「わぁったよ。さて、リリアーナ、僕の声を覚えているかい?」
「もしかして…魔法使い?」
「よく覚えていてくれたね。そう、僕は魔法使いだ。フェネル伯爵令嬢の誕生日パーティーで会ったよね?」
花束を目の前で出して見せてそれをリリアーナに渡そうとしたが、当のリリアーナがぷいっと横を向く。
「 ` きけん人物 ‘ だから話したらいけないってカイトが言ったもん…」
「ふ~ん…君は魔法の杖が欲しくないのかな……?」
「魔法の杖?」
リリアーナが関心を示して振り返った。
「うん。それがあれば16歳に戻ることもできるよ。欲しければ……」
「ルイス様、駄目です! もうサー・カイトが!」
「またくるからこのことは内緒だよ? そうじゃないと、魔法の杖はあげられないからね」
すっと二人の姿が消えた――
「……様! リリアーナ様!!」
自分を呼ぶ声に反応をして目を覚ますと、目の前にはホッとした表情のカイトがいた。
「カイト……!」
飛び起きて抱きつくと、ぎゅっと抱きしめ返されて安心をする。落ち着くまでずっとそのままでいてくれた。
「うなされていましたが大丈夫でしたか? 不穏な気を感じたので急いで駆けつけたのですが」
見ると就寝用の麻のシャツとズボンを身に付けた格好だ。髪の毛も少し乱れ、起きてすぐ飛んできてくれたのが分かる。
「カイト、あのね…!」
『このことは内緒だよ? そうじゃないと、魔法の杖はあげられないからね』
リリアーナの頭の中を、ルイスの声がこだまする。
「リリアーナ様?」
「う、ううん……何でもない…だいじょうぶ……」
カイトは訝しげな表情を見せたが、すぐに優しい瞳になる。
「お昼寝の続きをなさいますか……?」
リリアーナはまた寝る気にはとてもなれずに首を振った。おずおずとカイトを見上げる。
「でも、一緒にいてほしい……」
「かしこまりました」
カイトは振り返ると、後ろで心配そうに様子を伺っているフランチェスカに、騎士服を宿舎の自分の部屋から取ってくるよう、部屋の前で立ち番をしている男性騎士に頼んでくれと伝えた。
「それなら、私が取ってくるわよ」
「えっ? フラン`女子禁制 ‘ の意味を分かっ――」
`任せて!‘とばかりに出て行くフランを`さすがにしょっちゅうそれはまずいだろう ‘ と、後を追おうとしたところ、シャツをグイッと引っ張られた。
振り返るとリリアーナが心細げな顔をして、シャツの裾を掴んでいた。
たくさんつんでおっきな花束にして、カイトにあげよう。きっと喜んでくれるはず。
小高い丘は草原になっており色とりどりの花も咲き乱れ、気持ちの良い風が吹いている。丘の下には大きな川がゆったりと流れ、陽の光もぽかぽかと暖かい。
少し冷たい風が吹いてきて顔を上げるとカイトが立っていた。
「カイト! 見て、お花をつんだの! カイトにあげる!」
笑顔で立ち上がり花束を持って近付こうとした。
「とても……綺麗ですね……」
カイトは花には目もくれずにただリリアーナを見つめている。
「カイ…ト……?」
カイトの笑顔はいつもと同じで優しいのに……なぜか違って、とても冷たくて…仮面を被っているように見える――
「どうしたのですかリリアーナ様?」
彼の声が頭の中で響く。
声も、こんな声だった……?
カイトがリリアーナを舐めるようにじっと見据えながら近付いてきた。
こ――こわい……!
リリアーナはくるりと後ろを向き、一目散に逃げ出した。舌打ちと共にカイトが後を追ってくる。
いや、いやっ――! あれはカイトではない! お願い助けて、助けてカイト……!
辺りの光景はどんどん無機質になっていく、しまいには絵に描かれたような風景になり、訳が分からずに泣きながら走った。すぐ後ろに迫る足音――
「助けっ……!」
いきなり伸びてきた女性の腕に抱き上げられ、庇おうとしてくれている悪意の無い胸に必死な思いで縋り付く。
「おやめ下さい……! リリアーナ様が怖がっているではありませんか」
この声は……
リリアーナが顔を上げるとキルスティンと目が合った。
「リリアーナ様、申し訳ありません。こうでもしないと貴方様に近づけないので」
キルスティンの腕に抱かれたまま振り返ると、偽カイトが悔しそうにこちらを見ている。
「あの人こわい」
「とぉっても分かりますよ――! 大丈夫です。近づけさせませんから」
キルスティンが少し距離を取って偽カイトに向き直った。
偽カイトの姿が絵の具が滲むように薄くなっていき、次には色を新しく塗り替えるように、ルイスの姿へと変わっていく。リリアーナが益々怖がってキルスティンにしがみ付く。
そんな彼女の様子を見て、キルスティンが溜息をついた。
「だからカイト様に化けるのはやめるよう、言ったじゃないですか」
「まだリリアーナ姫と挨拶さえしていないんだぞ!? カイトの姿で少し位触ったり、抱きしめたりする位構わないだろう!?」
「またそんな変質者みたいな事を言って……リリアーナ様にドン引きされま…」
キルスティンが話の途中で何かに気付いて慌てふためいた。
「まずい……!」
「何だ?」
「サー・カイトが異変に気付きました。早くしないとリリアーナ様が起こされてしまいます!」
「何だと! 今あいつは騎士宿舎で仮眠中のはずだろう?」
「リリアーナ様の恐怖の波長を受け取ったんじゃないでしょうか? もう近くまで来ています。早く用件を仰って下さい。夢から覚めてしまいますよ」
ルイスが悪態をついた後に、リリアーナに笑顔で話しかける。
「世界一可愛くて天使のようなリリアー…」
「前置きはいらないから早くして下さい!」
「わぁったよ。さて、リリアーナ、僕の声を覚えているかい?」
「もしかして…魔法使い?」
「よく覚えていてくれたね。そう、僕は魔法使いだ。フェネル伯爵令嬢の誕生日パーティーで会ったよね?」
花束を目の前で出して見せてそれをリリアーナに渡そうとしたが、当のリリアーナがぷいっと横を向く。
「 ` きけん人物 ‘ だから話したらいけないってカイトが言ったもん…」
「ふ~ん…君は魔法の杖が欲しくないのかな……?」
「魔法の杖?」
リリアーナが関心を示して振り返った。
「うん。それがあれば16歳に戻ることもできるよ。欲しければ……」
「ルイス様、駄目です! もうサー・カイトが!」
「またくるからこのことは内緒だよ? そうじゃないと、魔法の杖はあげられないからね」
すっと二人の姿が消えた――
「……様! リリアーナ様!!」
自分を呼ぶ声に反応をして目を覚ますと、目の前にはホッとした表情のカイトがいた。
「カイト……!」
飛び起きて抱きつくと、ぎゅっと抱きしめ返されて安心をする。落ち着くまでずっとそのままでいてくれた。
「うなされていましたが大丈夫でしたか? 不穏な気を感じたので急いで駆けつけたのですが」
見ると就寝用の麻のシャツとズボンを身に付けた格好だ。髪の毛も少し乱れ、起きてすぐ飛んできてくれたのが分かる。
「カイト、あのね…!」
『このことは内緒だよ? そうじゃないと、魔法の杖はあげられないからね』
リリアーナの頭の中を、ルイスの声がこだまする。
「リリアーナ様?」
「う、ううん……何でもない…だいじょうぶ……」
カイトは訝しげな表情を見せたが、すぐに優しい瞳になる。
「お昼寝の続きをなさいますか……?」
リリアーナはまた寝る気にはとてもなれずに首を振った。おずおずとカイトを見上げる。
「でも、一緒にいてほしい……」
「かしこまりました」
カイトは振り返ると、後ろで心配そうに様子を伺っているフランチェスカに、騎士服を宿舎の自分の部屋から取ってくるよう、部屋の前で立ち番をしている男性騎士に頼んでくれと伝えた。
「それなら、私が取ってくるわよ」
「えっ? フラン`女子禁制 ‘ の意味を分かっ――」
`任せて!‘とばかりに出て行くフランを`さすがにしょっちゅうそれはまずいだろう ‘ と、後を追おうとしたところ、シャツをグイッと引っ張られた。
振り返るとリリアーナが心細げな顔をして、シャツの裾を掴んでいた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1,638
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる