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第十二章
腕(かいな)の中のリリアーナ 40 ルイス王子が死んでしまいます
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こちらは少し時間を遡った馬車の中。
「やっ、やっ!」
リリアーナは迫ってきた手を払って逃げようとしたが、あっけなくルイスに捕まってしまった。ルイスが下卑た笑いを浮かべる。
「さぁ、天使になろうね。僕が着替えさせてあげるよ? こら、暴れるな……! オーガスタ、手伝ってくれ!」
「いやぁね、趣味が悪い、やめなさいよ」
「報酬をその分上乗せする」
「……まあ、似合いそうだしね……」
オーガスタが身体を押さえ、ルイスがドレスの後ろの紐を解いていく。
「いやっ!!」
懸命に暴れるが、大人二人には敵わない。背中の紐が全て解かれ、ドレスがはだけて肩が覗いた。
ルイスがうっとりと溜息をつく。
「きめが細かくて、透き通るような肌だ」
肩から背中にかけてくちづけようと顔を寄せてきた。
「いやっ! やだー! カイトー!!」
リリアーナが泣き叫んだ少し後に、ガガ――ッ! といきなり衝撃音が響いた。
「え……?」
ルイスとオーガスタの動きが止まる。続いて二回、三回と音はやまずに聞こえてくる。二人して恐る恐る窓から外を覗くと……
そこにはあろうことか、馬上から結界を破ろうとするカイトの姿があった。蹴り上げた場所は火花が散り、今にもひびが入りそうな勢いだ。
「なっ、なんであいつがここにいるんだ――!?」
「多分キルスティンが転移魔法で追ってきたのよ。悔しい! あの半人前に辿られるなんて!!」
「それどころじゃない!! 早くあいつを何とかしろ!!」
「大丈夫! すぐ結界を組みなおすから。それに見た目は破れそうだけどまだ持つわ。三重に張っているんですもの。あ――」
「どうした!?」
「破られたみたい……」
二人して固まっていると、次には御者を脅す声がして、馬車が止まってしまった。
「一体どうなっているんだ?」
「さ、さぁ……? でもまだ馬車自体に張ってある結界があるし…」
いきなり馬車の扉がすさまじい音と共にひしゃげた。今ので馬車の結界も破れてしまったのが分かる。
「ひぃいい!!」
オーガスタが思わず叫び声を上げた。
「お、お前! あいつをどうにかしろ!!」
「わ、分かりました! 魔法で…」
窓枠に外から手が掛かる。
「へ……」
成り行きについていけずに二人で傍観していると、いきなり扉がバキッ!! と外れてなくなってしまった。目の前の出来事が信じられず、ただただ呆然としている二人の前に黒髪の騎士が顔を覗かせる。
***
カイトは扉を地面に投げ捨てると、大きく開いた乗り口から中を覗いた。
肩がはだけたドレスを一生懸命に押さえ、涙を流しているリリアーナと目が合う。
「カ……カイ……」
リリアーナは顔をくしゃっとさせ、涙が滝のように零れ落ち始めた。
カイトの顔が見る間に怒りで蒼白になる。
オーガスタが慌てて攻撃魔法を繰り出そうとしたが、いち早くカイトの裏拳(手の甲)がバンッと顔に入った。その動きは一瞬で、ルイスの目は捉える事ができなかったが、オーガスタの身体が背もたれに打ち付けられ、あっけなく気絶したことで、何が起こったかを知る。
カイトが次はルイスに顔を向けた。怒りに身を震わせているカイトに、圧倒されたルイスの背筋が凍りつき、顔からは血の気が引いていく。
「わ、悪かった! 本当に!! もう二度としないし! 反省してるから! か、金はいらないか? ほら、いくらでもあるぞ!」
「下衆が……!」
硬く握った拳が顔面に打ち込まれた。
「うげぇえええっ!!」
ぽたぽたと落ちる鮮血。
「は……は……鼻が折れた――っ!!」
騒いで蹲ろうとするルイスの胸倉を掴むと、無理矢理外に引きずり出す。馬車から少し離れた場所までずるずると引きずっていき、いきなり地面に叩きつけた。
呻き声を上げながら、這って逃げようとするルイスの襟首を掴んで立たせ、容赦なく回し蹴りを入れる。
その後は何度倒れても、引き起こして攻撃を続けた。
キルスティンはハッとして、アレクセイの言葉を思い出す。あのとき二人に囲まれて言われたのは――
『普段カイトは冷静だが、リリアーナのことになると理性がふっ飛んで人が変わる。腐っても相手は王子だ。酷い事にならないよう、止めてくれ』
(って、これ……もう酷い事になってる……)
「カイト、駄目です!」
キルスティンはカイトの腕にすがりついた。
「放してくれ――」
ギロリとカイトが彼女を睨みつける。
(ひぃいいい! 目がこわいぃぃぃ! どうしよう、このままだと酷い事どころか殺してしまうーーー!!)
「駄目です! 死んでしまいます! 相手は王子なんですよ!?」
「まだ足りない」
(足りないって何が!? 殴り足りないってこと!?)
「駄目です! 気持ちは私も一緒ですが、もうやめて下さい!!」
カイトがキルスティンの手を外そうとした。
「カイト、だめぇ――!」
その声に二人して振り返ると、馬車の乗り口に立っているリリアーナが、わんわん泣きながらこちらを見ている。
「リリアーナ様――」
彼は正気に返ったように左腕で掴んでいたルイスを放し、リリアーナの元へと駆け寄った。リリアーナはドレスが落ちないように片手で押さえ、懸命にもう片手をカイトに伸ばす。彼は自分の上着を脱ぎ、リリアーナの肩に着せ掛けるとその腕に抱き上げた。
キルスティンはその光景を眺めながら大きく安堵の息を吐き、涙を流す。
「リリアーナ様、ありがとう~~~!」
「やっ、やっ!」
リリアーナは迫ってきた手を払って逃げようとしたが、あっけなくルイスに捕まってしまった。ルイスが下卑た笑いを浮かべる。
「さぁ、天使になろうね。僕が着替えさせてあげるよ? こら、暴れるな……! オーガスタ、手伝ってくれ!」
「いやぁね、趣味が悪い、やめなさいよ」
「報酬をその分上乗せする」
「……まあ、似合いそうだしね……」
オーガスタが身体を押さえ、ルイスがドレスの後ろの紐を解いていく。
「いやっ!!」
懸命に暴れるが、大人二人には敵わない。背中の紐が全て解かれ、ドレスがはだけて肩が覗いた。
ルイスがうっとりと溜息をつく。
「きめが細かくて、透き通るような肌だ」
肩から背中にかけてくちづけようと顔を寄せてきた。
「いやっ! やだー! カイトー!!」
リリアーナが泣き叫んだ少し後に、ガガ――ッ! といきなり衝撃音が響いた。
「え……?」
ルイスとオーガスタの動きが止まる。続いて二回、三回と音はやまずに聞こえてくる。二人して恐る恐る窓から外を覗くと……
そこにはあろうことか、馬上から結界を破ろうとするカイトの姿があった。蹴り上げた場所は火花が散り、今にもひびが入りそうな勢いだ。
「なっ、なんであいつがここにいるんだ――!?」
「多分キルスティンが転移魔法で追ってきたのよ。悔しい! あの半人前に辿られるなんて!!」
「それどころじゃない!! 早くあいつを何とかしろ!!」
「大丈夫! すぐ結界を組みなおすから。それに見た目は破れそうだけどまだ持つわ。三重に張っているんですもの。あ――」
「どうした!?」
「破られたみたい……」
二人して固まっていると、次には御者を脅す声がして、馬車が止まってしまった。
「一体どうなっているんだ?」
「さ、さぁ……? でもまだ馬車自体に張ってある結界があるし…」
いきなり馬車の扉がすさまじい音と共にひしゃげた。今ので馬車の結界も破れてしまったのが分かる。
「ひぃいい!!」
オーガスタが思わず叫び声を上げた。
「お、お前! あいつをどうにかしろ!!」
「わ、分かりました! 魔法で…」
窓枠に外から手が掛かる。
「へ……」
成り行きについていけずに二人で傍観していると、いきなり扉がバキッ!! と外れてなくなってしまった。目の前の出来事が信じられず、ただただ呆然としている二人の前に黒髪の騎士が顔を覗かせる。
***
カイトは扉を地面に投げ捨てると、大きく開いた乗り口から中を覗いた。
肩がはだけたドレスを一生懸命に押さえ、涙を流しているリリアーナと目が合う。
「カ……カイ……」
リリアーナは顔をくしゃっとさせ、涙が滝のように零れ落ち始めた。
カイトの顔が見る間に怒りで蒼白になる。
オーガスタが慌てて攻撃魔法を繰り出そうとしたが、いち早くカイトの裏拳(手の甲)がバンッと顔に入った。その動きは一瞬で、ルイスの目は捉える事ができなかったが、オーガスタの身体が背もたれに打ち付けられ、あっけなく気絶したことで、何が起こったかを知る。
カイトが次はルイスに顔を向けた。怒りに身を震わせているカイトに、圧倒されたルイスの背筋が凍りつき、顔からは血の気が引いていく。
「わ、悪かった! 本当に!! もう二度としないし! 反省してるから! か、金はいらないか? ほら、いくらでもあるぞ!」
「下衆が……!」
硬く握った拳が顔面に打ち込まれた。
「うげぇえええっ!!」
ぽたぽたと落ちる鮮血。
「は……は……鼻が折れた――っ!!」
騒いで蹲ろうとするルイスの胸倉を掴むと、無理矢理外に引きずり出す。馬車から少し離れた場所までずるずると引きずっていき、いきなり地面に叩きつけた。
呻き声を上げながら、這って逃げようとするルイスの襟首を掴んで立たせ、容赦なく回し蹴りを入れる。
その後は何度倒れても、引き起こして攻撃を続けた。
キルスティンはハッとして、アレクセイの言葉を思い出す。あのとき二人に囲まれて言われたのは――
『普段カイトは冷静だが、リリアーナのことになると理性がふっ飛んで人が変わる。腐っても相手は王子だ。酷い事にならないよう、止めてくれ』
(って、これ……もう酷い事になってる……)
「カイト、駄目です!」
キルスティンはカイトの腕にすがりついた。
「放してくれ――」
ギロリとカイトが彼女を睨みつける。
(ひぃいいい! 目がこわいぃぃぃ! どうしよう、このままだと酷い事どころか殺してしまうーーー!!)
「駄目です! 死んでしまいます! 相手は王子なんですよ!?」
「まだ足りない」
(足りないって何が!? 殴り足りないってこと!?)
「駄目です! 気持ちは私も一緒ですが、もうやめて下さい!!」
カイトがキルスティンの手を外そうとした。
「カイト、だめぇ――!」
その声に二人して振り返ると、馬車の乗り口に立っているリリアーナが、わんわん泣きながらこちらを見ている。
「リリアーナ様――」
彼は正気に返ったように左腕で掴んでいたルイスを放し、リリアーナの元へと駆け寄った。リリアーナはドレスが落ちないように片手で押さえ、懸命にもう片手をカイトに伸ばす。彼は自分の上着を脱ぎ、リリアーナの肩に着せ掛けるとその腕に抱き上げた。
キルスティンはその光景を眺めながら大きく安堵の息を吐き、涙を流す。
「リリアーナ様、ありがとう~~~!」
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