黒の転生騎士

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第十二章

腕(かいな)の中のリリアーナ 41  チュッと鼻の頭にキスをする。

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リリアーナがカイトに抱っこをされ、コテンと頭を肩にのせたまま落ち着きを取り戻していく。それはカイトも同じようで、腕の中のリリアーナにほっと安堵し、平静を取り戻しつつあった。

「リリアーナ様のドレスを着せ直しましょうか?」
キルスティンは頃合を見てそっとカイトに声を掛ける。
「ありがとう……頼む」

感謝の表情を浮かべるカイトはいつもの穏やかさを纏っていて、キルスティンは安心をした。

カイトが自分の上着をカーテン替わりにしてリリアーナを囲い、キルスティンが手早く背中の紐を締める。
ちょうどそこに早馬が近づいてくるひづめの音と共に、イフリートが何人かを率いて到着をした。
カイトがリリアーナを抱き上げて出迎える。

「リリアーナ様、よくぞご無事で!」
「到着が早かったですね……」

喜び勇んで馬から下りるイフリートの背後を見ると、ゼーハー言いながらやっと付いてきた騎士仲間が、次から次へと馬から下り(落ち)ている。

「ルイス王子のお気楽さ加減にも救われた。ここはラトヴィッジ国へと続く街道でリーフシュタインから一番近い村だ。成功を信じて疑わずにゆっくりと進んでいたんだろう」

イフリートはカイトの脚に視線を落とした。
「それよりその脚、村の医師に診て貰え。酷いぞ」
「え……?」

カイトが見下ろすと、右脚の膝から足首までが見事に焼け爛れていて、今になって痛みが襲ってきた。
「全然気付きませんでした……」
「お前……」

イフリートが呆れて溜息をつきながら、キルスティンに顔を向ける。
「よし、さっさと報告を終わらせてしまおう! キルスティン、仕事の話をするからリリアーナ様を抱っこしていてくれ」
「分かりました」

しかし彼女が手を伸ばすと、リリアーナは首にしがみ付いてカイトから離れるのを嫌がった。報告内容の中には、ルイスが彼女に対して行った不埒な振る舞いも含まれていて、そんな話をリリアーナに聞かせる訳にはいかない。

イフリートとキルスティンが宥めにかかった。
「リリアーナ様、すぐに話を終わらせますから」
「あっ、あそこの木からリスが下りてきましたよ! 一緒に見に行きましょう!」
「やっ――!」

リリアーナは`しっか ‘ とばかりに首筋にかじり付いて離れない。二人がどうしよう……と顔を見合わせたところで、カイトが優しく語りかけた。

「リリアーナ様」
リリアーナは顔を上げたが、そこには ` カイトでも説得されない ‘ という固い決意が見て取れる。カイトはそんなリリアーナの瞳をじっと見つめたまま、唇を静かに近づけた。

「え……」
と周りが息を呑む中、チュッと鼻の頭にキスをする。

「すぐに終わりますから……あれ……?」
リリアーナの顔は真っ赤になり、周りにいた者達の顔も赤くなった。
最初に我に返ったキルスティンがリリアーナに手を伸ばす。

「さっ、リリアーナ様! リスを見に参りましょう」
リリアーナは大人しくキルスティンの腕に乗り移った。

「凄いな」
「鼻の頭へのキスがですか? 子供にはよくやりますよね」
「これが、フランチェスカがよく言っている`無自覚なたらし ‘ か……」
「あまり嬉しくないのですが……」
「いや、羨ましい才能だ。胸を張っていいぞ!」

イフリートに頭をワシャワシャと乱され、腑に落ちない表情をするカイトであったが、次の言葉で気持ちが切り替わる。
「報告を聞こうか」
「はい――」

カイトが説明を始め、馬車を覗きこんだ話のくだりではイフリートが顔を顰めた。
「とんだゲス野郎だな……!」
「イフリート団長――」

エヴァンが顔を曇らせて近付いてくる。
「うん? どうした」
「ルイス王子ですが、まずい状態です……」

エヴァンはカイトが傍にいるので、途中から口を噤んだ。
「カイトの事は気にするな、どうせ知れてしまう事だ。報告を続けろ」
「はい。ルイス王子は、鼻に、助骨も折れていて、内臓も……このままだと命の危険があります」
「……また派手にやったな」

イフリートがカイトを見やる。

「すいません。頭に血がのぼって歯止めが利きませんでした」
「その顔は後悔をしていないな」
「はい――。リーフシュタイン国の騎士としては失格だと思います。ラトヴィッジ国との外交問題などに考えが及びませんでした。しかし、リリアーナ様付きの騎士としては、間違えていなかったと思っております」
「本当にリリアーナ様付きの騎士としてか……? お前のその想いは」

カイトが黙り込むと、イフリートが笑って肩を叩いた。
「まあ、俺も人のことは言えないがな」(クリスティアナ姫を手篭めにしようとしたヴァルカウスのグレゴリー王子を袋叩きにしてとどめを刺そうとした経験あり)

「取り敢えず、その脚を医師に診てもらえ。エヴァン、ルイス王子は村に運べる状態か?」
「難しいかと思われます……」

話の途中で人声が聞こえてきた。三人で顔を上げると、騒ぎを聞きつけた村民がわらわらと押し寄せてくるところだった。

「エヴァン、あの中に医師がいないか確かめてこい。いなかったら至急誰か村に呼びに行かせろ」
「承知いたしました!」

しっかりした返事と共にエヴァンが村人達のところへ駆けていく。

「カイト、ルイス王子は診察に時間が掛かるだろうから先に診てもらえ」
「いえ、俺は後で……」
「カイト、私にその脚の治療をさせて下さい……!」

報告が終わったところを見計らって、キルスティンが近付いてきた。カイトが躊躇い顔を見せる。

「助かるが、もしかして治癒魔法か? 確かあれは……」
「はい、師匠クラスの魔道士でない限り、身を削っての治療となります。人の身体を再生させるには、それだけのエネルギーが必要なのです。私のエネルギーを使って貴方の脚を治癒します」
「それでは君の負担が大きすぎる。治療は不要だ」
「いいえ、させて下さい! 私は人の道を踏み外しそうになったところを、貴方に正して頂きました。どうかそのお礼をさせてほしいのです!」
「しかし君は利用されていただけだし、説得をしたのは俺ではなくじいやであって……」
「お願いです! カイトの最初の行動がなかったら、そのまま私はルイス側の人間だったでしょう。このままでは私の気が済みません! せめて傷が残らない程度まで治癒させて下さい。それならあまり力を使わないで済みます」
「……そこまで言うなら。ただ、無理はしないでくれ」

キルスティンがぱあっ、と嬉しそうな表情を浮かべる。
「リリアーナ様は俺が預かろう」
イフリートがキルスティンからリリアーナを抱き取った。

彼女はカイトを手頃な切り株に座らせると、傍に膝をつき右膝から下の部分に手を翳す。カイトの右脚は温かい光に包まれた。

そうこうしている内にサイラスと小隊も到着をする。

「思ったとおり、上手くいったようだね」
「ああ、ただルイス王子の状態が……」

イフリートが眉間に皺を寄せた。
「鼻に、肋骨も折れているし内臓も……命の危険もあるらしい。姫君を攫ったのだから当然と言えば当然だし、俺も殺してやりたい位だが、腐っても王子だからな……」
「大丈夫。今は生きているんだろう? なら問題ない。ちゃんと手は考えてあるから。アレクセイ様にも許可を取った」
サイラスの自信あり気な笑みに、イフリートがきょとんとした。

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