黒の転生騎士

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第十二章

腕(かいな)の中のリリアーナ 44  惚れてしまうじゃないの~!

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カイトはキルスティンに声を掛けた。
「キルスティン、お茶を飲み終わったら、リリアーナ様の寝支度のお世話をしてくれないか? 女性の君にしか頼めないんだ」
「いいわよ、もう行きましょう。私、きっとすぐ眠たくなっちゃうから、一度眠ったら次の空腹時までは起きないの」

リリアーナは今ではカイトの腕の中で安心しきって眠っている。彼女を見下ろす彼の眼差しは、優しい春の陽だまりを思わせた。キルスティンは小さく溜息を吐く。
(何て幸せそうで、満ち足りた表情をするんだろう――)

二人して階段を上り、部屋の前でキルスティンはドアノブに急いで手を伸ばす。
(リリアーナを抱っこしているカイトの為に、早く扉を開けないと……!)

しかし気付いた時には、カイトが先に開けていた。見るとリリアーナを軽々と片手抱きしている。

「どうぞ……ん? どうした?」
呆けた顔のキルスティンを見て彼は不思議そうな顔をした。

「ううん、力もあるし、とことん紳士だなぁ、と思って」
キルスティンはごく一般の平民である。田舎で育ったし、レディー扱いなんてされた事がない。嬉しい反面戸惑いもあった。
カイトは貴族出身な上に、その性格からも`女性には優しく ‘ は当然の事だと思っていて、身体にも染み付いている。
少し首を傾げるカイトの前を通り、キルスティンは「ありがとう」の言葉と共に感謝の笑みを浮かべて部屋に入った。

すぐ目に付いたのは、リビングに運び込まれた陶器でできた浴槽である。中を覗くと丁度いい温度のお湯が張ってあった。

「眠ってしまったけど、リリアーナ様はお風呂に入りたいと思うんだ。起こして入れてあげてくれないか?」

キルスティンはリリアーナのドレスが肩まではだけていたのを思い出す。あの変態ルイスに触られたなら、入りたいに違いない。
「ええ、もちろんよ。任せて」

カイトはベッドの上にリリアーナをそっと横たえると、きびすを返してキルスティンの正面に立った。

「あの時は止めてくれてありがとう。危うく一国の王子を殺すところだった」
「あれは、リリアーナ様が止めてくれたのよ。残念ながら私では貴方を止めることはできなかったわ」
「でも、君は懸命に押しとどめようとしてくれた。それに脚の怪我もなおしてくれて……」

カイトが自分の右脚に視線を向けた。もう火傷跡も殆どないが、形ばかりの包帯が巻かれている。膝から下が焼け落ちたズボンに、素足のままだと却ってじろじろと見られるので、医師に巻いてもらったのだ。
「それは私の気持ち。借りを返しただけよ」
「君がいなかったら、リリアーナ様を取り戻せなかった」

カイトはキルスティンの手を取ると流麗な動きで身を屈める。
「本当に心から感謝している――」

目を瞑り気持ちを込めて、恭しく手の甲にくちづけた。

キルスティンは真っ赤になる。
(やめて~~~! ただでさえ貴方は魅力的で一生懸命惹かれないよう努力しているのに、男の色香を漂わせてそんな事されたら、惚れてしまうじゃないの~!)

緊張で身体は硬直し、気も動転してパニック状態になる。
それは短い時間であったが、キルスティンには永遠にも感じられ、やっと彼が手を放してくれた時は、心の底から安堵した。

「俺の部屋はこの隣だから、何かあったら声を掛けてくれ」
「……分かったわ」

カイトが出て行った後に、リリアーナをそっと起こす。
「リリアーナ様、お風呂に入りませんか?」
「うん……? はいるぅ」

寝起きの振りをしたが、実は少し前からリリアーナは目を覚ましていた。ここはどこだろう? と見回したら、カイトが身を屈めてキルスティンの手の甲にくちづけていた。それはとても想いが籠もって見え、キルスティンも顔を赤らめているのが伺えた。
彼女は未だに頬がうっすらと紅色に染まっている。

(この前、カイトは違うと説明をしてくれた。今度もきっとそう……!)

そう思いながらも、不安を拭えないままお風呂にポチャッと入れてもらう。浴槽の中には木でできたアヒルのおもちゃが浮かんでいた。アヒルを弄っているあいだに、キルスティンが身体と髪を洗ってくれて、最後にふかふかのタオルで包んでくれた。
宿屋が用意してくれた寝間着を着せてくれている途中で、彼女の動きが鈍くなる。見ると、目が半分閉じていて必死に眠気と戦っていた。

「キルスティン、もう寝て? あとは一人でできるから。ありがとう」
「リリアーナ様、すいま……せ…」
彼女は最後の力を振り絞って、ベッドにダイブするとあっという間に眠ってしまった。

最近キルスティンとはよく話をする。起きたら本当はどうなのか、聞いてみるのもいいかもしれない。

カイトは他の騎士達がそうしたように近くの川で水を浴びた。突然の客に宿屋はてんてこまいだし、風呂の用意をしてもらうのは女性だけで充分だ。
新しい騎士服のシャツとズボンを身に付ける。

(本当によく気が利く人だな)
カイトの騎士服はボロボロになるだろうと、サイラスが替えを持ってきてくれたのだ。

宿屋に戻り階段を上りきると、スイートルームの前に立っていたサイラスがカイトを認めて頷く。
「戻ったか」
「はい、ありがとうございました」

カイトが外に出ている間、サイラスが代わりに部屋の警護をしていた。
「立ち番はしなくていいから、もう寝ろ。この宿屋に不審者はいないし、夜は全ての出入り口を施錠するそうだ。もし、何かあってもお前なら気配で飛び起きるだろう」
「ありがとうございます――」

部屋に入り、椅子に腰掛け周りを見渡した。この部屋もなかなかのもので、リリアーナが使っているスイートルームのリビングに、ベッドが置いてあるような仕様だ。
カイトはテーブルに置いてある水差しから、真鍮のコップに水を注ぎ一気に飲み干した。手の甲で口を拭っていると、扉にノックの音がする。

「はい?」
扉を開けると誰もいない。視線を下に落とすと、身体が隠れそうな大きい枕を抱えて、カイトを見上げているリリアーナと目が合った。


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