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第二部
58「ラフィ討伐後のアスタール王国」③
しおりを挟む都会街フェナーシェ住区の賑わいが微かに聞こえる住宅地。赤いレンガの屋根が特徴の家では、ミラ・キャロルが今日も自室のベッドで横になっていた。
「………………」
妹のリリベルからラフィ討伐のことを聞かされてからずっと、自分は家に籠ってばかりの生活をしている。最初の一日目は無断で協会の仕事を休んでしまい、受付支部から電話がかかってきた。
迷惑をかけてはいけないと反省し、その場でしばらく出勤出来ない、療養させて欲しいことを、電話してくれた同僚に伝えた。
あれからもう一週間くらい経っただろうか。昨日は妹《リリベル》が私の分のお弁当も買ってきてくれた。食欲が無くて一緒に食べることは出来ず、結局自分の分も彼女に食べてもらった。
その翌日の今日から妹は首都マドリーノにある騎士団の本部出張で、明日の夜までは家に帰って来ない。
つまり今日丸一日は自分《キャロル》一人きりとなる。
夜になると家の中が異様なくらい静かになる。リリベルが任務などで家に帰ってこない日はよくありその時も夜は静かになるのだが、今日の静けさはいつにもまして深く、寂しく感じられる。
今までは仕事から帰ってきたリリベルとご飯を食べて、二人で色んな話をして過ごすのが当たり前だった。
喋るのは自分ばかりで妹は相槌を打ち短い返事をするだけ。それでも姉妹二人…少なくともキャロルにとっては心安らぐ空間、穏やかで幸福の時間を感じられていた。
そんな日常があったから、たまの一人静かな夜があっても寂しさはあまり感じられなかった。
しかし今日の一人きりの夜は、今までの中で静かで寂しく、孤独を感じる。どうしてなのか、彼女自身何となく分かっていた。
ここ一週間ほど、自分は妹とあまり会話が出来ていない。妹が家にいる間、以前みたいな何気ない会話すら出来なくなっている。最近は自分の方からでなく妹の方から話しかけられることがほとんどとなっている(内容はお仕事が早く終わるか長引くか、家にはいつ帰ってこられるか、ご飯を買ってきたなど)。
いつもより夜に心細さを覚える原因は妹…たった一人の家族とギクシャクしてしまっているから。
そうなったきっかけは、元傭兵ラフィが死んだこと――その彼を討ったのが、妹であると知ったこと。
ラフィは騎士団副団長や傭兵協会の幹部、協会の複数の傭兵を殺害し、国家級の重罪を犯した。よって騎士団に追われ、討たれてしまった。
リリベルが自分がラフィを討伐したと聞かされた時、キャロルは胸にぽっかり穴が空いたような喪失感に陥った。
大切なものを底の無い暗闇に落っことしてしまったような、取返しのつかない喪失感、絶望が彼女の肺府を満たしていった。
あの喪失感も絶望も悲しみも、昔味わったことがある。騎士団に所属していた両親が魔獣の征伐任務で殉職したことを、二人の隊長だった男から聞かされた時…。
ラフィがリリベルに騎士団(リリベル)によって討伐されたと聞かされた瞬間、両親の死と同じ痛みがキャロルの全身を駆け巡った。
その時になってキャロルは気付かされた――自分がラフィのことをどれだけ好いていたのか。彼を大切に想っていたのか。
ミラ・キャロルは―――ラフィが好きだったんだ。
恋愛ではなく姉弟…家族としての意味の好きだ。殉職した両親と、妹のリリベルに対する同じ「好き」。
だから勤務中でもラフィに対してだけは家族《リリベル》と同じ口調で話してばかりいた。周りが彼を蔑むのを痛く感じた。彼の成長を誰よりも応援していた。彼が森の調査で殉職したと聞かされた時ひどく悲しんだ。でもその後彼が元気な姿で自分を訪ねてきてくれた時すごく嬉しかった。
「そう、だ……私、ラフィ君のこと好きだったんだ。あの子を見てると何故か妹が浮かんで……放っておけなくなって………。
あの子と話していると、不思議と妹と話す時みたいになってしまう。
私にとってラフィ君は―――弟のようだった」
すると脳裏に昔のこと…両親がこの家にいた時のことが浮かんだ。あれは確か、母がリリベルを身ごもっていた時だ。ある日自分は彼女のお腹に耳を当てながら、こんなことを言ったのだ。
(――中にいるのは妹かな?それとも弟かな?どっちでも私嬉しい!でも……やっぱりどっちも生まれてきてほしいな!)
あの時自分は、妹と弟の両方が生まれてくるのを望んだ。どっちも自分の可愛い姉妹弟《きょうだい》であることに違いない。
どっちもいてくれれば、今よりもっと楽しい日々になるだろう。
リリベルが生まれた後、弟も生まれてきますようにと願ったキャロルだったが、その願いは永遠に叶うことは無くなってしまった。
いつからだったか、ラフィを弟のように想うようになったのは。あれは確か、彼が一年以上前、協会に初めてやって来た時のこと―――
「ら、ラフィと言います!南西部にあるコヨチの町出身です!」
新人の少年ラフィは、緊張丸出しの表情、声を上擦らせながら自己紹介を述べた。そんな彼の初々しさを微笑ましく思いつつ、丁寧に対応した。
「ラフィさんですね、はじめまして。E級・Ⅾ級受付担当のミラ・キャロルです。ラフィさんは傭兵になるまでは何をやっていられたのですか?」
「えと……町中の配達や清掃、他にも色々やってました!なので、雑用系の依頼は何でも頑張ってこなす自信があります!」
「なるほど。ちなみに戦闘経験はお有りでしょうか?」
「い、いえ………それが僕、生まれてこの方魔物を見たことすらなくて……。誰かと喧嘩したことすらないので、魔物の討伐や警備の依頼など戦闘・実戦系に関しては正直、まだ………」
「そうなのですね。でしたらラフィさんにお出しする依頼は、一般の方々からの雑用系のもので――」
「あ、でも!傭兵になると決めてから毎日鍛錬を続けているので、そのうち魔物の討伐を任せてもらえるくらい強くなるつもりです!いえ、なってみせます!!」
館内中に響く程の声でそう宣言した少年ラフィの声には、純粋でひたむきな意志が込められていた。
その少年の顔が、目が、瞳が、同様の輝きを放ってるように見えた。
(――この子、は………)
目の前にいる少年を見ていると、昔自分が母に言ったことが脳裏に浮かんだ。
――弟も欲しい!生まれてきたらリリベルと一緒に可愛がってあげるの!
ラフィを見ていると、彼の声を聞いてると、昔のことが思い出される。
彼を見ていると、何だか放っておけない。
まるで、妹《リリベル》を見ているようで―――――――
「………ふふっ」
気が付けば笑みがこぼれて、表情も自然と親しげなものとなっていた。
「――ラフィ君の意気込みと熱意、確かに伝わりました。なら私がやることは、君が一人前の傭兵になるまで精一杯サポートしてあげること!」
「ミラ……さん?」
「私のことはキャロルって呼んでね。みんなも私をそう呼んでるから。そういうわけで、これからよろしくね、ラフィ君!」
――――――――
「そう、だ………私はあの時ラフィ君を見てこう思ったんだ―――もし弟が生まれてきていたら、その子はラフィ君みたいになってたんだろうなあって」
どうしてそう思うのか、未だに言葉では表せそうにない。
分かることは、あの日からラフィを目が離せない弟のように思うようになったこと。
それは、ありえたかもしれない自分の願望―――
「ラフィ君……私は………お姉ちゃんはまだ今まで通りに戻れそうにない。
でも、そのうち必ず立ち直ってみせるから…!
多くの人に蔑まれながらも傭兵の道を諦めなかったラフィ君みたいに、私も立ち上がって、歩みを続けることにする!」
挫折してもおかしくない境遇にさらされながらも挫けずに歩み続けていたラフィを誰よりも近くで見てきたからこそ、自分も同じように進まないと。
「ありがとう。早く立ち直って、私に出来ることをまた精一杯やっていくわ。ラフィ君の分まで……君がしようとしていたように!」
翌日、ミラ・キャロルは協会受付支部への勤務に復帰したのだった。
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