人喰いの話

紙面挿花

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カニバリズムは狂気的な日常を求めていない

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換気扇がごうごうと唸る音と同時に、肉を切る鈍い音が部屋の中に響いていた。

男は、頭に三角巾と作業着の上に大きめのビニールのエプロンと手袋を付けて、大きな肉の塊をそれぞれの部位に切り分けていた。それぞれの部位に切り分けた肉は専用のビニール袋に入れ真空パックを行い、真空した日にちと肉の部位の名前をマジックで書きこんでいく。それを繰り返し行っていた。

「こんにちは」

若い女性の声と扉を叩く音が聞こえた。

「どうぞ、入っても大丈夫ですよ。」
「失礼します。…すみません、作業中でしたか?」
「いえ、ちょうど終わったところですよ。」

若い女性が扉から様子を伺うように顔を出した。男は入っても大丈夫だとニッコリと笑いこちらを手招きをした。若い女性は恐る恐る中に入ってきた後から、青年がひょっこりと現れた。

「遊びにきたよ。」
「やあ、君もどうぞ。とはいえ、作業を終えたばかりだから汚くて申し訳ない。」
「いえ、こちらが急にお願いしたのですから、こちらこそすみません。」
「気にしないから大丈夫だよ。」

若い女性は、恐縮そうに頭を下げ、青年はにこりと笑った。
男は、先ほど真空パックをした肉のいくつかを水で表面を洗い、ペーパータオルで拭いた後、ビニール袋に詰め込んで、若い女性に渡した。

「はい、これ頼まれた分だよ。精肉したばかりだから熟成するならある程度は期間をおいてね。」
「ありがとうございます。…ちなみに御幾らでしょうか?」
「あー、金額ね…。そんなのいいよ」
「ダメですよ。前回もそうですが、それはきちんとした料金を支払うべきですよ。」
「とはいえ、どうしたらいいかな?」

若い女性の質問に、男は困った顔をして腕を組んで考えた。

「金額なら、食肉の相場価格ぐらいでいいじゃないか?」
「だが、肉の種類によって価格が違うだろう?」
「それは、アンタにとってのコノの肉がどの種類に当たるかで決めればいいんだよ。」
「そうだな…、今回は豚肉の相場価格の金額にしようか。」

青年の発案に、男は頷いて、スマホで豚の相場価格を調べ、計算した金額を女性に提示した。

「これぐらいでどうかな?」
「…分かりました。後ほどお支払いさせて頂きます。」
「支払える時で、いいからね。」
「なるべく早めに、払いに行きます。」

若い女性は、礼を述べた後、部屋を退出した。

「彼女もアンタと同類なんだね。」
「まぁね、私ほどではないけど、時折抑えきれないことがあるみたいだからね。」
「まぁ、本来ならめったに手に入らないモノだしな」
「合法とは言えない代物だからね。君らには感謝しているよ」
「そりゃどうも」

男は先ほど終えた作業の片付けを始めた。その横で青年はその姿を眺めていた。
青年は息を吸うと、空気と共に生臭いにおいが鼻についた。先ほど解体し、精肉にしていた生肉の血と肉特有の臭いである。

「いつみても、この光景と臭いは精肉屋の作業場と変わらないな」
「それは、そうじゃないかな。その精肉にしているのが食用肉が人肉かの違いだけだしね。」
「なんか、ハンニバルな奴らはもっと生々しい場所で作業を行っているもんだと思っていたからな」
「それは、ホラー映画かスプラッター映画の見すぎだよ。それに解体と精肉前の処理はまた別の場所で行うよ」
「でも、普通の人ならこの光景でも十分グロいけどな」
「まぁ、そうだろうね。けど、この光景は精肉屋や精肉工場では日常的にあるものだよ。」
「生きたまま、食べ物へと処理したりはしないのか?」
「するわけないじゃないか、かなりの手間と労力がかかってたまってもんじゃない。それに―」
「それに?」
「私たちハンニバルが食べる食材を手に入れるのだって難しいのに、そんな暇ないよ」
「確かに、そうだな」

男は作業場の後片付けを終えると、真空パックをした肉を抱えて業務用の冷蔵庫へと淡々と入れていった。青年も眺めることに飽きたのか、男の作業を手伝いに作業台に置かれた真空パックの肉を手にして男の元へと向かった。
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