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ゆきのさんと…
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僕の家の近所には伯母さん…親父の姉にあたる人が住んでいる。
伯母さんには娘が二人いて、一人っ子の僕はその従姉妹たちと小さい頃からよく遊んだ。
僕より2歳年上の「ゆきの」と2歳年下の「あや」ほんとうに仲良くてまるで三人きょうだいのようだった。
ゆき姉が大学に進学してからは同じ高校に入学してきたあやちゃんといる事が多くなった。
そして卒業を控えたある日、僕はゆき姉に呼び出されて、一緒に食事することになった。
「バイト代入ったばかりだからおねーさんが奢るから心配しないでね」
ゆき姉はいつになくごきげんだった。
「ねぇ、高校で彼女できなかったの?』
少しお酒が入ったゆき姉がいたずらっぽい表情で聞いてきた。
気になる子はいたけど結局そこからは発展しなかった、僕はそう答えた。
ゆき姉は少し考えてから言った。
「年上はダメ…かな?」
一瞬僕には理解できない言葉だった。
見るとゆき姉の目は潤んでいた。
いとこ同士なのに…と言いかけた僕の言葉をゆき姉が遮った。
「いとこ同士でも結婚はできるわよ」
そう言われて僕は言葉に詰まった。
「あやがキミのこと好きなの気付いてるでしょ、同じくらい…いえ、それ以上にわたしも…」
そう言ってゆき姉は頬を赤らめた。
「言っちゃった…』
二人は黙ってしまった
「酔い覚ましにちょっと歩こっか?」
お店を出たあとそう言ってゆき姉は僕と手を繋いで歩きはじめた。
しばらくして公園のベンチでひと休みしてると、
「酔ってたとはいえさっき言ったことは本音だからね」
そう言ってゆき姉は僕に抱きついてきた。
そして僕の頬に両手を添えて顔を近づけてきた…
「今はこれだけ…ね」
そう言ってゆき姉は唇を重ねて来た。
柔らかい唇の感触に僕の胸はひときわ高鳴った。
小さい頃から知ってるゆき姉とこんなことになるなんて…想像もつかなかった。
「今日は付き合ってくれてありがと、また行こうね」
家の前でそう言って手を振りながら、ゆき姉は笑った。
そして僕は高校を卒業して調理師の専門学校に通いはじめた。
2年後、ゆき姉の大学卒業と同じ時期に卒業することになる。
学費を少しでも自分で賄おうと近くのレストランでアルバイトを始めた。
もちろんゆき姉とは定期的に会っている。
教職課程を取っている上にバイトもしてるので結構忙しいらしい。
しばらくして学校にもアルバイトにも慣れた頃、僕はゆき姉にプレゼントする指輪を買った。
そして次の週末、ゆき姉とのデートの時にそれを渡した。
「わーっ!嬉しい‼︎」
ゆき姉は満面の笑みで子どものように喜んでくれた。
「ありがとう!大事にするね、キミが初めてくれたものだものね」
そんなある日のこと、駅前であやちゃんとバッタリと出くわした。
高校を卒業してから会う機会も減っていた。
「お兄ちゃん久しぶり~お茶でも行かない?」
二人で駅前のカフェへ行くことにした。
たわいもない話をしていると突然あやちゃんが切り出した
「ねぇ、お姉ちゃんと付き合ってるんでしょ?」
唐突にそう言われて僕は言葉を詰まらせた。
ごまかしてもいつかはわかることだし正直にそうだと答えた。
「やっぱりねー学校行く時はリップも塗らない人がしっかりメイクして出かけて帰ってきたらお兄ちゃんの話ばっかりするんだもの、誰でもすぐわかるわよ」
そう言ってあやちゃんは笑った。
「でもお姉ちゃんでよかった、もし他の女の子だったら諦めがつかないもの…」
あやちゃんは少し寂しそうな顔でぽつりと言ったあとすぐに明るい顔に戻って、
「お姉ちゃんのことよろしくね!」
そう言って僕の背中を叩いた。
「お母さん、私かお姉ちゃんのどっちかと一緒になって欲しかったんだって」
伯母さんがそんなことを考えていたとは知らなかった。
でもあやちゃんが認めてくれたのがうれしかった。
そして僕とゆき姉はお互い忙しい中、つきあいを深めていった。
そして卒業が迫ってきた頃、僕は駅前で困っているお爺さんを助けた。
その人はオフィス街で洋食店を営んでいた。
僕はその洋食屋で働くことになり、元公邸料理人だというオーナーに色々なことを教わった。
そしてゆき姉は僕たちの通っていた高校の教師として採用が決まった。
私立の学校なので基本的に転勤も無いし本人さえ望めばそこでずっと働ける。
卒業式が迫ったある日僕はゆき姉に食事に誘われた。
「いよいよ卒業だね、お互いに就職も決まったし今日はお祝いしよっ!」
開幕からゆき姉はご機嫌だった。
「キミもお酒飲める歳になったし、今日は付き合ってよね!」
そう言ってふたりは盃を重ねていった。
「流石に酔ったねぇ…」
ゆき姉は少しふらついている。
「あそこで休んでいこうか…」
ゆき姉が指差した先には派手なネオンのホテルがあった。
「いっくよー!」
僕の手を引いてゆき姉は勢いよく歩き始めた。
そして部屋に入ったふたりはベッドに横になって酔いを覚ました。
「シャワー、浴びたら?」
ゆき姉に促されてバスルームへ行く、熱いシャワーを浴びていると背後で気配がした…
振り返るとバスタオル姿のゆき姉がいた。
「えへへ…一緒に浴びよっ!」
僕は一瞬固まってしまった。
「背中流してあげるから後ろ向いて」
ゆき姉に言われるままにするしかなかった。
そしてバスルームから出てベッドに座っているとゆき姉が隣に座って、
「酔いは覚めた?」
そう言って僕にもたれかかってきた。
「あやには負けるけどわたしも少しは自信あるんだけどな…」
そう言ってゆき姉はバスタオルの胸元をはだけてみせた。
「見てみる?」
おどけて見せたけど少し緊張してるようだ。
「見せるのはキミだけだよ…」
そう言ってゆき姉は僕をベッドに押し倒して唇を重ねてきて、そのまま僕たちは抱き合った。
お互い初めてだっただけに最初はぎこちなかったけれど、気持ちの昂りと共にそんな事は忘れてしまって夢の中にいるようだった。
そして朝を迎え、目が覚めるとゆき姉はまだ眠っている。
隣で寝顔を眺めているとゆき姉が目を覚ました。
「おはよ」
そう言うと彼女は目を瞑ってキスをせがむ仕草をした。
「ん…」
僕はおずおずとゆき姉と唇を重ねた。
「キミからキスしてくれたの初めてだね」
と言って笑った。
ゆき姉…と呼ぼうとすると唇を人差し指で制してこう言った。
「ふふっ、『ゆきの』でいいよ、これからは」
僕たちはお互いに照れながらふたたび唇を重ねた…
こうして僕たちの初めての夜は終わった。
そして春三月、僕は専門学校を、ゆきのは大学を晴れて卒業する。
僕はオーナーの下、料理人としての第一歩を歩き始めた。
元公邸料理人だったオーナーの交友範囲は驚くほど広く、海外からのお客様もたびたびあり、勲章をいっぱい下げた軍人が来たこともあった。
お店で働き始めて一年ほどが経った頃からオーナーの奥様が体調を崩し、介護の為にオーナーも店を離れ、僕に任せっきりになることが多くなってきた。
僕はようやく常連客とも顔馴染みとなっていて、平日のディナータイムと土曜日のランチタイムがどうしても手薄になるのでアルバイトを入れようという話になった。
そんなある日、平日のランチタイムにホールを担当しているかおるさんから娘の友達がアルバイトを探しているという話があり、早速面接をすることにした。
面接にやってきたのは綺麗なブロンドヘアのありすという女の子だった。
僕の通っていた高校の1年生で、東欧系の祖母を持つクォーターだそうだ。
明るく快活なありすは常連客たちにもすぐ馴染んで瞬く間に人気者になっていった。
そして僕が高校の先輩ということで僕のことを「センパイ」と呼ぶようになっていた。
そしてゆきのはこの春から1年生の担任をすることになり、忙しい中でも土曜日のランチにお店に来てそのまま閉店後にデートしていた。
ありすが働きだして初めての土曜日、いつものようにゆきのがお店に来た。
「こんにちは~新しいバイトの子入ったのね」
ゆきのの顔を見てありすは目を丸くした…
「いらっしゃ…ゆきの先生⁉︎」
「あら?ありすちゃんだったのね、新しいバイトの子って」
ありすはゆきのの担任するクラスの生徒だった。
アルバイトは学校で禁止されているわけではなくむしろ推奨されているから問題はないけど、見知った顔が来ると少しやりにくそうだった。
「ゆきの先生、いつもここへ?」
「そうよ、ここでわたしの従弟が働いてるの」
「ええーっ!センパイとゆきの先生っていとこ同士だったんですか⁉︎」
「そうよ」
「びっくりです~!」
ありすは驚いた顔をしている。
ゆきのはいつも通りお店の隅の席でランチを済ませて閉店までくつろいでいた。
そして閉店の準備をゆきのが手伝い始めたのを見ると、
「ゆきの先生、片付けはわたしがしますから」
「いいのよ、彼と一緒に帰るからこのくらいは手伝わないとね」
ありすはそこでピンときて気付いたようだった。
それからしばらくして、お店を閉めてありすを家まで送る途中、ふとありすが、
「いとこ同士とはいえセンパイとゆきの先生ってお似合いですよね、うらやましいです、わたしもセンパイみたいな彼氏欲しいなぁ」
そう言ってありすは笑っていた。
しばらくしてありすが仕事に慣れてお店の営業も順調に行き始めたある日、ディナー営業の準備をしているとオーナーがふらりとやってきて、少し疲れたような表情でこう切り出した。
「私はもう歳だし引退するよ、そこで君に店の土地建物全てを譲ろうと思う…」
オーナーは夫婦で老人ホームに入るというのだった。
数日後、オーナーから依頼を受けた行政書士事務所の人がやって来て、たくさんの書類に言われるままに署名捺印すると、
「あとは役所に提出すれば手続きは完了です」
と言って帰っていった。
思わぬ形で自分のお店を持つことになった僕はいい機会だと思い、ある決意をした。
次のゆきのとのデートの日、僕はお店を譲り受けることになったと伝えた、そして上着のポケットからビロードの小さな箱を取り出してゆきのに渡す。
「これって…婚約指輪?」
そして一言だけ「結婚しよう」そう伝えた。
「うれしい~!大好き‼︎」
ゆきのは満面の笑みで僕に抱きついてきた。
それから僕たちは仕事の合間を見て結婚の準備を始めた。
ゆきのの両親、つまり伯父さん伯母さんに挨拶に行き、僕の両親にも報告して式場の手配…やることは山のようにあった。
実は僕の両親は今、海外にいる。
僕が就職したのと同時期に海外赴任することになったのだ。
もちろん結婚式には帰国すると言ってくれた。
親父は現地法人の役員として赴任していて、身の回りの世話を含めて母さんがついていったわけだが、二人とも現地を気に入って「永住する」とまで言い出していた。
だから今僕が住んでいる家にゆきのと二人で住むことにした。
そしてゆきのの引っ越し準備も含めて二人とも大忙しだった。
そして秋晴れの中、僕たちの結婚式の日
二人の両親、妹のあやちゃん、そして同級生たち…たくさんの人たちが参列してくれて賑やかに行なわれた。
「行っくよ~」
ゆきのが投げたブーケは鮮やかな弧を描いて飛んでいき、あやちゃんが満面の笑みでブーケを受け取った。
「次はあやの番だよ~!」
ゆきのさんと… <了>
伯母さんには娘が二人いて、一人っ子の僕はその従姉妹たちと小さい頃からよく遊んだ。
僕より2歳年上の「ゆきの」と2歳年下の「あや」ほんとうに仲良くてまるで三人きょうだいのようだった。
ゆき姉が大学に進学してからは同じ高校に入学してきたあやちゃんといる事が多くなった。
そして卒業を控えたある日、僕はゆき姉に呼び出されて、一緒に食事することになった。
「バイト代入ったばかりだからおねーさんが奢るから心配しないでね」
ゆき姉はいつになくごきげんだった。
「ねぇ、高校で彼女できなかったの?』
少しお酒が入ったゆき姉がいたずらっぽい表情で聞いてきた。
気になる子はいたけど結局そこからは発展しなかった、僕はそう答えた。
ゆき姉は少し考えてから言った。
「年上はダメ…かな?」
一瞬僕には理解できない言葉だった。
見るとゆき姉の目は潤んでいた。
いとこ同士なのに…と言いかけた僕の言葉をゆき姉が遮った。
「いとこ同士でも結婚はできるわよ」
そう言われて僕は言葉に詰まった。
「あやがキミのこと好きなの気付いてるでしょ、同じくらい…いえ、それ以上にわたしも…」
そう言ってゆき姉は頬を赤らめた。
「言っちゃった…』
二人は黙ってしまった
「酔い覚ましにちょっと歩こっか?」
お店を出たあとそう言ってゆき姉は僕と手を繋いで歩きはじめた。
しばらくして公園のベンチでひと休みしてると、
「酔ってたとはいえさっき言ったことは本音だからね」
そう言ってゆき姉は僕に抱きついてきた。
そして僕の頬に両手を添えて顔を近づけてきた…
「今はこれだけ…ね」
そう言ってゆき姉は唇を重ねて来た。
柔らかい唇の感触に僕の胸はひときわ高鳴った。
小さい頃から知ってるゆき姉とこんなことになるなんて…想像もつかなかった。
「今日は付き合ってくれてありがと、また行こうね」
家の前でそう言って手を振りながら、ゆき姉は笑った。
そして僕は高校を卒業して調理師の専門学校に通いはじめた。
2年後、ゆき姉の大学卒業と同じ時期に卒業することになる。
学費を少しでも自分で賄おうと近くのレストランでアルバイトを始めた。
もちろんゆき姉とは定期的に会っている。
教職課程を取っている上にバイトもしてるので結構忙しいらしい。
しばらくして学校にもアルバイトにも慣れた頃、僕はゆき姉にプレゼントする指輪を買った。
そして次の週末、ゆき姉とのデートの時にそれを渡した。
「わーっ!嬉しい‼︎」
ゆき姉は満面の笑みで子どものように喜んでくれた。
「ありがとう!大事にするね、キミが初めてくれたものだものね」
そんなある日のこと、駅前であやちゃんとバッタリと出くわした。
高校を卒業してから会う機会も減っていた。
「お兄ちゃん久しぶり~お茶でも行かない?」
二人で駅前のカフェへ行くことにした。
たわいもない話をしていると突然あやちゃんが切り出した
「ねぇ、お姉ちゃんと付き合ってるんでしょ?」
唐突にそう言われて僕は言葉を詰まらせた。
ごまかしてもいつかはわかることだし正直にそうだと答えた。
「やっぱりねー学校行く時はリップも塗らない人がしっかりメイクして出かけて帰ってきたらお兄ちゃんの話ばっかりするんだもの、誰でもすぐわかるわよ」
そう言ってあやちゃんは笑った。
「でもお姉ちゃんでよかった、もし他の女の子だったら諦めがつかないもの…」
あやちゃんは少し寂しそうな顔でぽつりと言ったあとすぐに明るい顔に戻って、
「お姉ちゃんのことよろしくね!」
そう言って僕の背中を叩いた。
「お母さん、私かお姉ちゃんのどっちかと一緒になって欲しかったんだって」
伯母さんがそんなことを考えていたとは知らなかった。
でもあやちゃんが認めてくれたのがうれしかった。
そして僕とゆき姉はお互い忙しい中、つきあいを深めていった。
そして卒業が迫ってきた頃、僕は駅前で困っているお爺さんを助けた。
その人はオフィス街で洋食店を営んでいた。
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そしてゆき姉は僕たちの通っていた高校の教師として採用が決まった。
私立の学校なので基本的に転勤も無いし本人さえ望めばそこでずっと働ける。
卒業式が迫ったある日僕はゆき姉に食事に誘われた。
「いよいよ卒業だね、お互いに就職も決まったし今日はお祝いしよっ!」
開幕からゆき姉はご機嫌だった。
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そう言ってふたりは盃を重ねていった。
「流石に酔ったねぇ…」
ゆき姉は少しふらついている。
「あそこで休んでいこうか…」
ゆき姉が指差した先には派手なネオンのホテルがあった。
「いっくよー!」
僕の手を引いてゆき姉は勢いよく歩き始めた。
そして部屋に入ったふたりはベッドに横になって酔いを覚ました。
「シャワー、浴びたら?」
ゆき姉に促されてバスルームへ行く、熱いシャワーを浴びていると背後で気配がした…
振り返るとバスタオル姿のゆき姉がいた。
「えへへ…一緒に浴びよっ!」
僕は一瞬固まってしまった。
「背中流してあげるから後ろ向いて」
ゆき姉に言われるままにするしかなかった。
そしてバスルームから出てベッドに座っているとゆき姉が隣に座って、
「酔いは覚めた?」
そう言って僕にもたれかかってきた。
「あやには負けるけどわたしも少しは自信あるんだけどな…」
そう言ってゆき姉はバスタオルの胸元をはだけてみせた。
「見てみる?」
おどけて見せたけど少し緊張してるようだ。
「見せるのはキミだけだよ…」
そう言ってゆき姉は僕をベッドに押し倒して唇を重ねてきて、そのまま僕たちは抱き合った。
お互い初めてだっただけに最初はぎこちなかったけれど、気持ちの昂りと共にそんな事は忘れてしまって夢の中にいるようだった。
そして朝を迎え、目が覚めるとゆき姉はまだ眠っている。
隣で寝顔を眺めているとゆき姉が目を覚ました。
「おはよ」
そう言うと彼女は目を瞑ってキスをせがむ仕草をした。
「ん…」
僕はおずおずとゆき姉と唇を重ねた。
「キミからキスしてくれたの初めてだね」
と言って笑った。
ゆき姉…と呼ぼうとすると唇を人差し指で制してこう言った。
「ふふっ、『ゆきの』でいいよ、これからは」
僕たちはお互いに照れながらふたたび唇を重ねた…
こうして僕たちの初めての夜は終わった。
そして春三月、僕は専門学校を、ゆきのは大学を晴れて卒業する。
僕はオーナーの下、料理人としての第一歩を歩き始めた。
元公邸料理人だったオーナーの交友範囲は驚くほど広く、海外からのお客様もたびたびあり、勲章をいっぱい下げた軍人が来たこともあった。
お店で働き始めて一年ほどが経った頃からオーナーの奥様が体調を崩し、介護の為にオーナーも店を離れ、僕に任せっきりになることが多くなってきた。
僕はようやく常連客とも顔馴染みとなっていて、平日のディナータイムと土曜日のランチタイムがどうしても手薄になるのでアルバイトを入れようという話になった。
そんなある日、平日のランチタイムにホールを担当しているかおるさんから娘の友達がアルバイトを探しているという話があり、早速面接をすることにした。
面接にやってきたのは綺麗なブロンドヘアのありすという女の子だった。
僕の通っていた高校の1年生で、東欧系の祖母を持つクォーターだそうだ。
明るく快活なありすは常連客たちにもすぐ馴染んで瞬く間に人気者になっていった。
そして僕が高校の先輩ということで僕のことを「センパイ」と呼ぶようになっていた。
そしてゆきのはこの春から1年生の担任をすることになり、忙しい中でも土曜日のランチにお店に来てそのまま閉店後にデートしていた。
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「ゆきの先生、いつもここへ?」
「そうよ、ここでわたしの従弟が働いてるの」
「ええーっ!センパイとゆきの先生っていとこ同士だったんですか⁉︎」
「そうよ」
「びっくりです~!」
ありすは驚いた顔をしている。
ゆきのはいつも通りお店の隅の席でランチを済ませて閉店までくつろいでいた。
そして閉店の準備をゆきのが手伝い始めたのを見ると、
「ゆきの先生、片付けはわたしがしますから」
「いいのよ、彼と一緒に帰るからこのくらいは手伝わないとね」
ありすはそこでピンときて気付いたようだった。
それからしばらくして、お店を閉めてありすを家まで送る途中、ふとありすが、
「いとこ同士とはいえセンパイとゆきの先生ってお似合いですよね、うらやましいです、わたしもセンパイみたいな彼氏欲しいなぁ」
そう言ってありすは笑っていた。
しばらくしてありすが仕事に慣れてお店の営業も順調に行き始めたある日、ディナー営業の準備をしているとオーナーがふらりとやってきて、少し疲れたような表情でこう切り出した。
「私はもう歳だし引退するよ、そこで君に店の土地建物全てを譲ろうと思う…」
オーナーは夫婦で老人ホームに入るというのだった。
数日後、オーナーから依頼を受けた行政書士事務所の人がやって来て、たくさんの書類に言われるままに署名捺印すると、
「あとは役所に提出すれば手続きは完了です」
と言って帰っていった。
思わぬ形で自分のお店を持つことになった僕はいい機会だと思い、ある決意をした。
次のゆきのとのデートの日、僕はお店を譲り受けることになったと伝えた、そして上着のポケットからビロードの小さな箱を取り出してゆきのに渡す。
「これって…婚約指輪?」
そして一言だけ「結婚しよう」そう伝えた。
「うれしい~!大好き‼︎」
ゆきのは満面の笑みで僕に抱きついてきた。
それから僕たちは仕事の合間を見て結婚の準備を始めた。
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実は僕の両親は今、海外にいる。
僕が就職したのと同時期に海外赴任することになったのだ。
もちろん結婚式には帰国すると言ってくれた。
親父は現地法人の役員として赴任していて、身の回りの世話を含めて母さんがついていったわけだが、二人とも現地を気に入って「永住する」とまで言い出していた。
だから今僕が住んでいる家にゆきのと二人で住むことにした。
そしてゆきのの引っ越し準備も含めて二人とも大忙しだった。
そして秋晴れの中、僕たちの結婚式の日
二人の両親、妹のあやちゃん、そして同級生たち…たくさんの人たちが参列してくれて賑やかに行なわれた。
「行っくよ~」
ゆきのが投げたブーケは鮮やかな弧を描いて飛んでいき、あやちゃんが満面の笑みでブーケを受け取った。
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