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3話
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店内の照明が柔らかく落ちる。
春奈の笑い声が、遠くから水の中みたいに届く。
「愛叶くん、聞いてる?」
百合が軽く肩を叩いた。
「……あ、うん。聞いてるよ」
会話に集中できない。
目の前で春奈がグラスの氷を鳴らすたび、心臓の奥が締めつけられる。
忘れてる。
完全に、俺のことなんて。
小中ずっと同じクラスで、何度も同じ廊下を歩いて。
放課後の帰り道、影が重なって伸びるのを眺めた日もあったのに。
今、春奈は俺を「初めて会ったホスト」だと思って笑ってる。
「愛叶くんって、なんか安心する声してるよね」
その一言で、息が止まった。
春奈は気づいてない。
当たり前だ。
整形で顔は変わった。
名前も違う。
声だって、喋り方だって昔と全然違う。
でも、春奈は昔と同じように言ってくる。
“なんか安心する”
やめてくれ。
そんなの言われたら、また戻りそうになる。
「春奈、愛叶さんってさ、マジで人気なんだよ。今日空いててラッキーだったな」
百合の言葉に春奈が驚いた顔をする。
「え、そうなの?すご……。じゃあ、今日は当たりってこと?」
笑うなよ。
そんな無邪気な目で見ないでくれ。
胸の奥が熱くなって、喉の奥に何かがつまる。
「……春奈ちゃん」
名前を呼ぶだけで、以前と違う響きになってしまった自分が嫌だった。
“夏希”の声とは全然違う。
でも、心が勝手に震える。
「今日さ……来てくれてありがとう。そのクソ男の事もっと愚痴ってくれていいんだよ」
春奈は一瞬目を伏せた。
「…うーん。」
「悪く言えない子なんだね。優しい。」
ほんとは“優しい”なんて簡単な言葉で言えるほど軽くない。
元彼に裏切られて、辛くて、でも泣くこともできなくて、それでも本当に元彼が好きで好きで、励ましで百合が腕を引っ張ってここに来たこと。
春奈の肩が少し震えてるのを、誰より先に気づいた。
でも、それを言える立場じゃない。
「愛叶くんこそ……優しいんだね」
「優しくしなきゃ、ホストやってられないよ」
本音じゃない。
本当はただの言い訳だ。
優しいんじゃない。
ただ、春奈が泣きそうなときに、放っておけないだけだ。
昔からずっと、そうだった。
「君が…、女の子が泣きそうだと、ほっとけないんだよ」
春奈は驚いたように目を丸くした。
やばい。
間違えた。
俺はすぐに軽い笑顔でごまかす。
「まぁ、仕事だからね」
春奈は少し頬を赤くして俯いた。
やめてくれ。
そんな顔、反則だろ。
気づかれたくない。
絶対に、“夏希”だなんて。
でも、胸の奥が痛いほど叫んでる。
俺は無理やり笑って、グラスを手に取った。
手がわずかに震えている。
春奈は知らない。
俺の心臓がうるさくて、今にもバレそうなことなんて。
春奈の笑い声が、遠くから水の中みたいに届く。
「愛叶くん、聞いてる?」
百合が軽く肩を叩いた。
「……あ、うん。聞いてるよ」
会話に集中できない。
目の前で春奈がグラスの氷を鳴らすたび、心臓の奥が締めつけられる。
忘れてる。
完全に、俺のことなんて。
小中ずっと同じクラスで、何度も同じ廊下を歩いて。
放課後の帰り道、影が重なって伸びるのを眺めた日もあったのに。
今、春奈は俺を「初めて会ったホスト」だと思って笑ってる。
「愛叶くんって、なんか安心する声してるよね」
その一言で、息が止まった。
春奈は気づいてない。
当たり前だ。
整形で顔は変わった。
名前も違う。
声だって、喋り方だって昔と全然違う。
でも、春奈は昔と同じように言ってくる。
“なんか安心する”
やめてくれ。
そんなの言われたら、また戻りそうになる。
「春奈、愛叶さんってさ、マジで人気なんだよ。今日空いててラッキーだったな」
百合の言葉に春奈が驚いた顔をする。
「え、そうなの?すご……。じゃあ、今日は当たりってこと?」
笑うなよ。
そんな無邪気な目で見ないでくれ。
胸の奥が熱くなって、喉の奥に何かがつまる。
「……春奈ちゃん」
名前を呼ぶだけで、以前と違う響きになってしまった自分が嫌だった。
“夏希”の声とは全然違う。
でも、心が勝手に震える。
「今日さ……来てくれてありがとう。そのクソ男の事もっと愚痴ってくれていいんだよ」
春奈は一瞬目を伏せた。
「…うーん。」
「悪く言えない子なんだね。優しい。」
ほんとは“優しい”なんて簡単な言葉で言えるほど軽くない。
元彼に裏切られて、辛くて、でも泣くこともできなくて、それでも本当に元彼が好きで好きで、励ましで百合が腕を引っ張ってここに来たこと。
春奈の肩が少し震えてるのを、誰より先に気づいた。
でも、それを言える立場じゃない。
「愛叶くんこそ……優しいんだね」
「優しくしなきゃ、ホストやってられないよ」
本音じゃない。
本当はただの言い訳だ。
優しいんじゃない。
ただ、春奈が泣きそうなときに、放っておけないだけだ。
昔からずっと、そうだった。
「君が…、女の子が泣きそうだと、ほっとけないんだよ」
春奈は驚いたように目を丸くした。
やばい。
間違えた。
俺はすぐに軽い笑顔でごまかす。
「まぁ、仕事だからね」
春奈は少し頬を赤くして俯いた。
やめてくれ。
そんな顔、反則だろ。
気づかれたくない。
絶対に、“夏希”だなんて。
でも、胸の奥が痛いほど叫んでる。
俺は無理やり笑って、グラスを手に取った。
手がわずかに震えている。
春奈は知らない。
俺の心臓がうるさくて、今にもバレそうなことなんて。
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