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4話
しおりを挟む「そろそろ時間だよー」
内勤さんの声がフロアに響いた。
俺の初回の時間が終わった。
そして次々に春奈に初回が、回っていく。
裏で少し休む俺に内勤さんが、
「愛叶ー。さすがやんけ、A5の席、おまえ送りだってさ。」
愛叶は涙目になるほど嬉しかった。
これで別の人選んだらこの奇跡が一瞬で終わるところだったから。
「春奈ちゃん、選んでくれてありがとう」
春奈が笑う。
照れ隠しのその笑顔は、綺麗だった。
俺だけまるで別の時間を生きているみたいだった。
春奈と百合の帰る時、
「愛叶さん、次はこの子指名で来させるからね」
百合の言葉に期待してしまう。
「こちらこそ。また来てね」
喉がぎゅっと詰まって、声が少しだけ掠れたけど、気づかれていない。
春奈は本当に“今日初めて会ったホスト”に向けた笑顔で頷く。
「うん。なんか……落ち着いた。来てよかった」
そんなこと言うなよ。
胸の奥で何かが音を立てて崩れた気がした。
百合はすっかり酔って、春奈の腕に絡んでいる。
春奈は慣れた様子でそれを支えながら、俺に向けて軽く頭を下げた。
「それじゃ、また」
「またね」
ただの一言。
でもその言葉の重さが、心臓の裏側まで沈んでいく。
ドアが閉まる瞬間、春奈の後ろ姿が一瞬だけ振り返った。
見てしまった。
どうして振り返ったのか、春奈自身もわかっていないような、ほんの一瞬の動き。
でもその一瞬を見た夏希の心は、とっくに限界だった。
扉が閉まり、足音が遠ざかる。
静かになる。
残された空気が重い。
俺は笑顔を落とした。
ぐしゃっと顔をゆがめた。
「……なんで、今なんだよ」
誰にも聞こえない声で吐き出す。
春奈は忘れてる。
俺が存在してたことも。
笑っていた日々も。
でも俺は、春奈の声を聞くだけで胸が苦しくなる。
「お疲れ、愛叶。大人気でよかったじゃん」
同僚の軽い声に、無理やり笑顔を貼り付ける。
「……まぁね。仕事だから」
笑う。
でも喉が焼けるように痛い。
本当は叫びたい。
裏の通路に入った瞬間、壁にもたれて深く息を吸った。
手が震えている。
呼吸が浅い。
「っ……はぁ……」
今日だけで、何年分の心臓が使われたんだろう。
目を閉じる。
春奈の笑顔が浮かぶ。
気づかれなかった目の前の事実が突き刺さる。
俺がどれだけ変わっても……
あの子は、俺を知らないんだ。
わかってた。
覚悟してた。
それなのに胸が壊れるほど痛い。
ゆっくり息を吐き、無理やり歩き出す。
愛叶の夜は、まだ始まったばかりなのに。
心はもう、ボロボロだった。
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