ご愛妾様は今日も無口。

ましろ

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5.王妃様の憂鬱

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「如何でしたか。お話し合いは」

神妙な面持ちで話し掛けてきたのは侍女長を務めるレノー夫人だ。長年、王宮を支える仲間として協力してくれている信頼できる女性だ。

「参ったわ。アレは怪物だったみたい。ずっと騙されてた」
「怪物ですか」
「ええ。私はあの人のことをずっと温和で勤勉な国王だと思っていたの。分け隔てなく優しいし、頭もいい。
でも違ったわ。あの人はね、誰にも興味がないから皆に同じ顔を見せていただけ。やりたい事もないから、とりあえず、目の前にある仕事を何となくこなしていただけなのよ」 
「ですが、王としてはご立派です。そんな片手間に仕事をしているようには見えませんが」
「そうね。だから本当に頭がいいの。やりたいことはなくても自分が唯一の存在であると自覚しているし、だから周りにもそれを求めている。その為なら笑顔でいるし、公務だってこなすの。その程度のことは簡単なのよ」

まさかそんな怪物の初めての興味がたった16歳の少女だったなんて!

「そうね。確かに少し悔しいわ。そんな怪物の心を動かしたのが王妃であり妻として20年も連れ添った私では無いなんて」

愛ではない。ただの女としてのプライドだ。

「……では、今後は公務をされない恐れもござまいますか?」
「いえ。娘を捉えておく大切な力だもの。王座を手放す事はないでしょう。ただ、質が落ちる恐れはあるわね」

それは困る……失敗したわ。つい同情して彼女に有利な契約書を作ってしまった。

「まだ16なのに、しっかりした娘よ。間違っても陛下を籠絡して贅を尽くすような愚かなことはしないわ。
でも、陛下の愛を受け入れて従順に従う事も絶対に無い。ずっと手に入らなかったら……荒れるわね」

手に入れるまでの行程を楽しむ者もいるけれど、陛下はもう手に入れたと思っている。それなのにいつまでも靡かなければどうなるか。

「あー!面倒臭い!!とりあえずは様子見ね。議会の方もそんな感じだったし。あの子の契約書のおかげでとってもお安い愛妾だもの。散財される恐れが無いのはありがたいわ」
「そうですね。食事も侍女と同じでいい、贅沢品はいらない、ですものね。おかげでお世話をする者達との軋轢もありませんでした。
そこまで考えていたならかなり賢い方なのでしょう」

それはどうかしら。どちらかというと、弁えているのだろう。王宮に住まわされても、王に愛されても、自分が変わるわけではないと理解している。

「最近、誰が動いているか分かる?」
「はい、近衛騎士団長がハイメス公爵と接触しているようです」
「なるほどね。王弟殿下を動かす……というよりは陛下への警告ね。お前以外にも王になれるものはいるぞってところかしら」

その程度で陛下が止まればよし。止まらなければ……

「どうしよう。荷造りでもしておく?」

あの娘を連れて逃げたい気分だわ。

「お気持ちは分かりますが、まだ早いですよ。それよりも王子殿下達へのご報告をそろそろして下さいませ。他から聞いてはお可哀想です」
「……子供達にそんなことを報告しなくてはいけない私もかなり可哀想よ!」

だから逃げたいのよ!一番嫌な仕事だわ!

「いっそ腐ってもげるか、一生立ち上がらなければいいのに……」
「王妃様、下品ですわ」
「ナニがとは言っていないからいいのよ。陛下のオークと言えばいいかしら」

よし。今日から毎日祈ろう。

陛下のオークが腐りますように。
もげて塵になりますように。







「貴方達に大切なお話があります」

あぁ嫌だ。
言いたくない言いたくない言いたくない──

「……お父様が愛妾を迎える事になりました」
「「「は?」」」

そうよね。は?って感じよね。

「お相手は16歳。陛下の護衛騎士、エクトル卿の妻よ」
「………………………………16歳」


私の大切な子供達。第一王子は19歳、第二王子は16歳、第三王子は12歳、そして王女は14歳。

自分達とほとんど変わらない年齢の愛妾。

「母上。その、何の為に迎えるのでしょうか」

そうね。何かしらの政略であって欲しいわよね。

「愛しているそうです」
「愛」
「そう。愛です」

ああ!そんな顔をしないで!

「……意味が分かりません」
「まさか権力でゴリ押しですか。だってエクトル卿は結婚していません」
「……吐きそうです」
「そうよね、ごめんなさい。でももう決定してしまったのよ。貴方達が会うことは無いと思うけれど」

あぁ、だから嫌だったのよ。なぜこんなことを私が!

「お母様は大丈夫ですか?」

心配そうに王女が私の心配をしてくれる。自分だってショックだろうに。母親を気遣ってくれる優しい娘。

「……ありがとう、ナディア。私には貴方達がいるから平気よ」

そんなナディアを見て王子達も少し表情が変わった。

「そうですね。取り乱して申し訳ありません。私達も母上がいるから平気です」

兄として兄弟を代表しての言葉をくれる。あのオークの子とは思えない優しい子供達。

「ビニシオもありがとう。そうね、私達の生活は何も変わりません。そして、あの人のことはこれからも国王として敬意を持って接する様に」
「分かりました。これからはより一層勉強に励みたいと思います」

よかった。思ったよりは誰も取り乱さなかった。

ただ、あの男はこれで父親では無くなった。
勉強に励むということは、1日でも早く王位を継ぐ気があるということ。

子供達にとって、ただの国王になったのだ。



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