ご愛妾様は今日も無口。

ましろ

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34.黒幕は誰

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「少し話せるか」
「どうぞ」

座る様に勧めるが彼は立ったままだった。

「何と呼べばいいのかしら」
「ブラスだ」
「嫌よ、どうして仲良しみたいに名前で呼ばなくてはいけないのよ」
「平民だからな。皆名前で呼ぶ」
「イヤ」
「……隊長で」
「分かったわ。隊長、今日はよろしくお願いします」
「本当にじゃじゃ馬だな」

それだけ言うと黙り込んでしまう。

「そんなに話しにくい事なの?」
「そうだな。お前を騙したことだ」
「……どういうことよ」
「アロイスは形だけの愛妾にするつもりだった」
「……え」
「変態伯爵から守る為に、愛妾として召し上げたという形にするだけのつもりだった。それを俺が嘘をついた」

何それ。どういうこと?形だけって……

「貴方は言葉が足りな過ぎるわ!もっとちゃんと説明しなさいっ!」
「ちゃんと?」
「そうよ!」

だってそんなのおかしい。そしたら、今までの私達の苦労は何だったの?!

「アロイスは自分には感情が無いとずっと思っていた」
「うそ」
「デビュタントの日、初めて人を愛する気持ちを持てた」
「ねえ」
「そいつは貧乏で変態に狙われてた。あいつはただ守りたいと言った」
「……」
「愛妾を勧めたけど許されないと断った。だから愛妾契約を交わす様に言った。男爵が断れないような契約書を作って如何しようも無かったという状況を作るようにした」

何それ。本気で愛妾にするつもりは無かったの?王妃様を裏切る気は無かったの?守りたいって何!!

「……どうして私を騙したのよ。知っていたら、あんな風に傷付けることなんか言わなかったわっ!!」

今でも後悔している。彼を傷付けたことを。
そのせいで王妃様も傷付けた。
トリスタンだってっ!

「貴方は彼の味方じゃなかったのっ?!」

そう言っていたじゃない!

「皆は当たり前に感情を持っていて、それに一喜一憂しながら生きている。それを横目に見ながら、あいつはずっと乾いた笑顔を浮かべていた。アロイスはそんな風に生きている男だったよ。
それでも王族として生まれてしまったからと、腐ること無く、ずっと国の為に他人の為にと働いていた。
王妃の様に、国を守ることを誇りに生きられたのなら、苦労すらも遣り甲斐に変わっただろう。
でもあいつにそんな喜びはなくて、ただ、ひたすらに搾取されながら生きているだけだった。
馬鹿だから片手間だと暇潰しだと言いながら、睡眠時間も休日もギリギリしか取らずに平然と生きてたよ。それを誰も気が付かなかった。20年もだ。
あいつが何の喜びも感じずに働くことを、皆が当たり前だと思っていることが本当に悔しくて……でも、俺にできる事なんか無かった。
そんなあいつが初めてお前に感情を動かした。欲したんだ。

だから……お前一人くらい、あいつが手に入れてもいいと思った」

ドレスのスカートをたくし上げ、思いっきり隊長の脛を蹴り付ける。
さすがにそれ以上足が上がらなかった。

「人の人生を何だと思っているのっ!!」

さすがに痛かったようだが、痛くしたのだから当たり前だ。どうせ骨が折れることも無いだろう。

「……平手打ちを覚悟していたが……蹴られるとは思わなかった」

貴方無駄に背が高いのよ。上手く殴れそうもないし、私の手が負ける気しかしない。
クリノリンスタイルじゃなくて良かった。

「独り善がりの馬鹿男。お前のせいであの人も私も初恋が拗れまくりよっ!」
「……ほら。絶対にお前はアロイスに惚れると思ったんだ。それなのにどうして」
「言ったでしょ!他人のものは嫌なのっ!それも憧れの王妃様の夫よっ!!
どうしてくれるのよ、あの人がやっと掴んだ愛を私が叩き壊しちゃったじゃないっ!
お陰様で強姦されちゃったわよ、優しかったけど!それでも私が惚れてなかったら自殺級の大惨事よっ!!」

だって知らなかったの。彼が感情が分からないなんて、そんな前情報無かったわ。確かに初めてって言ってた気がするけど、その初めてが、人生で初めて得た感情だなんて理解出来るわけ無いでしょうっ?!
それは激怒されちゃうわね。やっと手に入れた愛という感情を、よりにもよって私に否定されるなんて。本当に悲しかったのだろうな。すべてを壊したくなるくらいに。

「……あいつがお前に拒絶されて、そんな暴挙に及ぶとは思わなかったんだ。謝って済むことではないが、本当にすまなかった」

もう今更よ。どうにもならない。
私はあの時のことを許してはいけないと心に決めてしまったし、彼自身も許される事を望んでいないと思う。

「せめて愛妾になることを止めてほしかったわ。あのまま手放してくれたらよかったのに」
「国王の罪は隠すべきだと周りが判断した。俺にそんな権限があるならもっと早くに国王を辞めさせている。俺に出来る事は、もう、罪を贖わせてやることだけだ」
「……何それ。また更に馬鹿なことを考えてるの?」
「違う。必要なことだ」

計画の内容を聞いて、もう一度蹴りを入れた。同じ場所だ。

「今すぐ止めなさいっ!」
「もう第一段階は終わっている。第二、第三もすでに動いている。手遅れだ」

どうしてくれよう、この破滅思考っ!

「そんな事されても私はまったく嬉しくないわ」
「お前を喜ばせる気など無い。全てはアロイスの為だ。このままだとベレニスを殺してプレヴァンを手なづけて王太子に王の座を譲ったらあいつは死ぬだろう。俺はそれだけは嫌だ。死ぬなら幸せを感じてからじゃないと駄目だ」
「あの人の為って言わないで。結局は全部貴方自身の為よ。ただ、自分のせいで傷付く彼を見ていたくないだけ。愛する彼を貴方の手で幸せにしたいだけしょう?」

何なのよ、その重っ苦しい愛は。

………あれ?

これって気付かせたら駄目なヤツだったかも?でも、だって、だから王妃様を悪く言うのかな~って……

「……なるほど」

や、やっちゃった?自覚させちゃったっ?!

「……陛下を襲ったら駄目よ?」
「別に抱きたいわけじゃない。だが、あいつなら簡単に許すと思うぞ。俺はアロイスに人生を捧げているからな」

やだ、やっぱりこの人悪魔だった!
どうしよう、私の初恋の人が掘られちゃうっ!
違う、パニクってる場合じゃないわ。

「とりあえず、彼の手も目も命も奪わないで!」
「駄目だ。絶対にアロイスはそれくらいの罰を望んでいるし、そうしないと王の座から引きずり下ろせない。あいつは王でいることに疲れているんだ。
それに、こうしないとベレニスを完全に倒す材料が無かった。あいつを毒殺しようとした女だ。ちゃんと国王を暗殺しようとした罪で正しく処刑しないとな」

え、これに王妃様は勝てるの?というか、よくこんなのを学生の頃からずっと側に置いてるね。

「先に落としに掛かってきたのはアロイスだ。諦めて貰おう」

……無理です。ごめんなさい、止められる気がしない。

「本当にその贖罪は必要なの?止められないの?」
「……最近のあいつは壊れそうで見ていて恐い。もし間違っていたらどんな拷問を受けてもいい。爪を全部剥がして歯を抜いて骨という骨を全部折って」
「やめて!夢に見そうだから本当に止めなさいよ。
ねえ、でもさ、陛下に感情はあるわよね?じゃなきゃ後悔で死にたくなんてならないわ」
「馬鹿だな。お前に出会ってから知った感情ばかりだぞ」

……似たり寄ったりの重さかもしれない。初恋が一瞬だったのは良かったのかもしれないわ。

「……選ぶのはあの人だから」
「当たり前だ。あいつの幸せが絶対だ」

王妃様ファイト。応援しか出来なくてごめんなさい。だってこれは私みたいな小娘には無理な案件よ。

「化粧を直してもらうからもう少し待ってて」

今は急いで会場に向かおう。下手に止めようとしたら私まで倒されそうで無理。
トリスタンに伝えられたらいいのだけれど。

無性に貴方の笑顔が見たいわ。





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