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狭まる捜査網 ⑵
しおりを挟む「この時期に、ナイフを購入していた人物の画像がこちらです」
三枚の写真がホワイトボードに提示され、捜査員らは眉を顰める。
一人は大柄な男性で、窃盗と強盗の前科があったため、写真の下にトム=モランと記名がほどこされた。
もう一人は、年若い猫背で痩せぎすの男。
最後の一人は、メガネをかけた小柄な女性であった。
「トム=モラン一択じゃないか」
「それが、情報を取った刑事らが確認したところ、奴には完璧なアリバイがあるらしい」
「ヴィクトー警部補あたりに頼めば、アリバイ崩しくらい出来ないのか?」
「無理だな。何せ証人が我々警察なんだ」
「は?」
「三回目の殺人事件があった前日に、奴は強盗事件を起こしていて、その日のうちに逮捕。現在留置所に入っている」
「すると、ナイフは強盗に使ったわけだ。ってことは、この事件の犯人ではない」
「しかし、残りの二人は犯人像とは当てはまらない。結局振り出しか……」
各々意見を出し合ったあと、捜査員らは、一様に肩を落とす。
「つまり、犯人は最初の事件の時点でナイフを複数所持していたということか。なら、ナイフのコレクターなどを当たった方が良いのか?」
「それに関しては、比較的早い段階から我々の班が調査していますが、未だそれらしい人物は上がってきていません。自慢のコレクションですから、彼らは我々に対しても、極めて堂々と自慢げにそれらを見せてくれまして、そのナイフは一点の曇りもないほど磨き上げられていました」
「ははっ。こっちも振り出し」
「まぁ、調査したのは有名なコレクターだけです。個人で隠れて普通のナイフを何本も所持している人物が、いないとは限らないですが……」
「そこまでは、調べようもないからな」
「どうして、目撃情報の一件も上がってこないのだろうな。四人も殺したんだぞ」
「どう考えても、付き合っていた男の線が有力なんだよな。恋人同士が抱き合っているのは自然だから、周囲は気にしないし、あまり見ないようにするから記憶にも残らない」
「しかし、被害者の家族は皆、被害者の周辺に男の影は無かったと言う」
捜査員らは、表情を暗くして口を閉ざした。
その時、会議室にヴィクトーとニコラが戻って来た。
「お疲れ様です。皆さん。大変お手数をかけて申し訳ないのですが、各班の捜査のついでで結構です。この二人の人物の身元を調べていただけませんか?」
ヴィクトーが指し示したのは、強盗犯以外の二人の写真。
「今話していたんだが、この二人が犯人の可能性は薄いぞ」
「ええ。ですが、頼まれて買ったなど、犯人と接点がある人物の可能性もあります。念のため、話だけでも聞いておきたいのです。聞き取りなど面倒な部分は、私どもが行いますので」
捜査員らは渋い顔をした。
そうでなくても、草の根作戦で、面倒事が山積みな状況。
この上更にか……と、誰もがナーバスな気分になっていた。
その場の多くが俯いて口を閉ざす中、来年定年を迎える初老の刑事が手帳をパタンと閉じた。
「良いんじゃないか。どうせ聴き込みしているんだから、そのついでに『この人物を知っているか?』と聞くことくらい、造作も無いだろう?」
言われてみれば、その通りである。
「仰る通り」
「他ならぬヴィクトー係長のお願いですからね。頼まれました」
「りょうかーい」
じわじわと賛同する捜査員が増えていく。
ヴィクトーは丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございます。お願いします」
捜査員らが仕事に戻る中、先程先導してくれた老獪がヴィクトーの元へ歩み寄る。
ヴィクトーは、もう一度頭を下げた。
「先程は、ありがとうございました。ヤニスさん」
「なに。君が気になるのなら、調べて損はなかろう。で? どちらが怪しいと思ってる?」
「あまり、先入観を与えたくないのですが」
言いながら、ヴィクトーはメガネの女性の写真を指差した。
「この女性。以前何処かで見たことがあると思いましてね。よくよく思い出してみましたら、以前牽制に行った際に、教会にいた人物です」
「ほう」
ヤニス刑事の目が光る。
「それは確かか?」
「間違い無いと思いますよ。あの時あの場にいたのは、他は被害者遺族の方だけで、あの場において彼女だけが異質でしたから」
「ふむ」
「え?そうだったんですか?」
ヤニス刑事は唸り、ニコラは驚いた。
「それは、興味深い情報だ。よし。私に任せておけ。この二人の身元、絶対見つけ出してやる」
瞳に鋭い光を湛え、左の口角を上げながら、ヤニス刑事はそう言うと?会議室を後にした。
「頼りにしています。ヤニスさん」
ヴィクトーはそう呟いて、メガネのフレームを元の位置に戻した。
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