ブアメードの血

ハイポクリエーターキャーリー

文字の大きさ
31 / 70

30

しおりを挟む
 池田敬は待っていた。

防寒用のブルゾンに、ガジェット系のバックパック。

この一大事が済めば、そのまま帰れる支度だ。


 マリアと約束した時間は、午後八時半。

事務所で八塚らと話を終えてから、まだついて行ってやってもいいと言う中津に、一つ仕事を押し付けて。

帝都薬科大学で静と話をしている際に引っかかりを覚えた点、それを解決する糸口に繋がることだ。

バイクに乗ってからは、八塚に電話し、静から聞いた事情の詳細を伝えながら、多摩川台公園に向かった。


 そうして、なんとか時間までに到着すると、また八塚に電話連絡。

公園から少し離れた路上で二人と落ち合い、待機場所を確認してから、東屋に向かった。

スマートフォンで時計を見ると、もう八時三十五分を回っている。


<まだかな、遅れるって言ってしまったから、彼女も遅れて来てるのか…電話してみるか…>

 そう思った時、闇の向こうから足音が聞こえた。

「有馬さん?」

暗がりに向かってそう声を出すと、人影が浮いてきて、頷いたようにも見えた。

その人影が近付き、公園の暗い外灯でだんだん照らし出されてくる。

人影は、頭にパーカーを目深に被り、顔がよく見えない。

何より、小柄な有馬より明らかに背が高い。

様子がおかしい。

池田はとっさに身構えた。

人影は動きを早め、駆け足で近付いてくる。

尋常でない速さだ。

「おいおい、なんだよ」

急接近した人影は、池田に襲いかかった。


バチバチッ


その出した右手には、スタンガンが握られている。

池田は寸前で、相手の右手首外側を受け流すように払った。

「うっ」

相手は勢い余って、池田の右側に体勢を崩した。

「な、なんて速さ…だ、誰だ!」

池田は、相手の細身な体格からは予想できなかった力に驚きながら、様子を探った。

外灯でようやく見えた相手は、全身、黒いレザースーツで、こちらに向き直ろうとしている。


<女!?>

体の丸みからそれはわかったが、パーカーを深く被った相手の顔はよく見えない。

「有馬さん…じゃなさそうだな」

池田は、そう言いながら、じりじり下がり、相手から距離を開ける。


<三十六計逃げるに如かず!>

そう思いながら、池田は八塚たちが待機している生垣へ向って、一目散に走り出す。

八塚たちも既にこちらに向かって走って来ていた。

「待て!」

と、八塚は池田の側を走り抜けていき、矢佐間だけ立ち止まった。

池田は振り向いた。

襲ってきた相手の姿はもう見えず、八塚はその後を追って行ったようだ。


「大丈夫…ですか?」

矢佐間が少し息を切らして、眼鏡を直しながら池田に声をかけた。

「ええ、なんとか…いや、はあはあ、びっくりしました。

まだ、心臓がバクバク言ってる…」

池田は息を整える。

「あれが、有馬ですか?」

「いえ、たぶん、違います…はあはあ、あれは、母親の方、岡嵜零…かと」

「え!?」

「パーカーの下から少しだけ銀縁の眼鏡が見えました、はあ、背もだいぶ高いし…

それに少し漏らした声が…はあ、かすれてました…例の動画で聞いた声です」

「あの一瞬で大した観察力だね」

「いや、それほどでも」

矢佐間に褒められ、池田はまんざらでもない。

「あ、こうしてはいられない。

すぐにキンパイをかけます」

矢佐間は携帯電話を取り出し、捜査一課に電話をかけると、事情を説明し始める。


<キンパイ?ああ、緊急手配か…>

矢佐間の言葉の意味を考えて少し油断していたその時、池田の後ろから靴音が近付いてきた。

池田は、びくりとして振り返る。

八塚だ。

「なんだよ、お前か…」

「駄目…はあはあ、取り逃がした…」

八塚は池田の側まで駆け足で来ると、膝に手をつき、息を切らす。

「あの女、とんでもなく逃げ足が速くて…俺、足には自信があったんだが…はあ」

「うそだろ、相手は五十過ぎのおばさんだぞ、なんでお前が負けるんだよ」

八塚は陸上のインターカレッジで上位入賞常連だったほどの足の持ち主だ。

それを知っている池田も驚いた。

「は?五十過ぎって、あれ有馬じゃなかったの…

え?ということは、あれ、母親の方か!?」

「たぶんそうだ。

少しだけ声を漏らしたんだが、動画の声に似ていた」

「冗談だろ、どんだけ鍛えてんだよ」

「そういや、あのビリビリスタンガン付き右ストレートも、えらいパンチだった」

「お前、合気道やってったんじゃないのかよ。

捕まえてくれてりゃ、苦労せずにすんだのに。

俺なら、こうやって…」

「ちょっといいですか」

八塚が捕まえる動作をしかけたところ、電話を終えた矢佐間が口を挟んできた。

「あれが、娘の有馬にしろ、母親の岡嵜にしろ、呼び出しておいて、池田さんを襲ってきたんです。

あの親子は共犯で、恐らく、探りを入れていた池田さんを身ばれする前に始末しておきたかったんでしょう。

ああ、それから今、課に頼んでおいたから、この辺り一体にキンパイがひかれます」

「ちょっと待ってください。

身ばれするから襲うって、それじゃあ、僕の依頼人にも、危害が及ぶ可能性があるってことですか」

「あ!そうですね。どちらかと言うとそっちの方を恨んでますし…

ああ、これは大変だ。

すぐに警護をつけます。

依頼人は佐藤さんでしたか、住所を教えてください」

「はい…でも、先に依頼人に電話していいですか、まず無事を確認してからでないと」

「それはいいですが、駐車場に向かいながらにしてもらえますか」

矢佐間が眼鏡を直しながら、捜査車両が置いてある方を指差す。

「ああ、そうですね」


 三人は速足で歩き始め、池田はスマートフォンで静に電話をかける。

「はい、佐藤です」

「ああ、良かった、まだ…

あの、遅くなって、すみません」

「お待ちしていました。

もう、母が落ち着かなくて…

それで、どうなりました?」

「はい、それがいろいろありまして。

それより、取り急ぎ、お伝えしたいことがあるんで、落ち着いて聞いてください」

「はい」

「あの、有馬って映研のお友達のことなんですが…」

「え?有馬さん?はい」

「彼女は、岡嵜零の娘でした」

「え!?有馬さんが!?うそ…」

静は絶句した。

「信じられないのは私も一緒ですが、間違いないようです」

「そんな…ほんとに、ですか?信じられないです…」

「考えてみてください。

ヨウツベの削除要請、映研に送られた封筒、それにその中身のDVDがあの時なかったこと。

全部、彼女がやったと考えれば説明がつきます…」

「あ…!…そう言われれば…

さすが池田さん」

「いえいえ」

池田は矢佐間に続いて褒められ、少しにやけたが、すぐに表情を引き締めた。

「あの、それより、静さん、私はたった今、その有馬から呼びつけられて、待ち合わせた場所で襲われたんですよ」

「え!襲われたって、大丈夫ですか!」

「まあ、なんとかかんとか。

で、ここからが本題です。

私が襲われたということは、あなたも襲われる可能性があるということに…

なんで、すぐに戸締りを確認してください」

「え!?」

「警察もそちらに向かいますが、それまでは、そうですね、ご両親にも事情を説明して、三人一緒にいてください。

何か武器になるようなものがあれば、用意しておいた方がいい」

「わ、わかりました、あっ、そうだ。

あの、うち、警備会社に入ってるんですけど、セットしておいた方がいいですよね」

「ああ、それはいい、ぜひ。

それで、一応、そこにも連絡しておいてください。

それじゃあ、一旦切ります」

そこで、ちょうどスクーターと捜査車両を停めたコインパーキングに着き、池田は電話を切ると、そのままスマートフォンを操作して、

「ここです」

と矢佐間に佐藤家の住所を見せた。


 矢佐間は携帯電話で警備の手配をかけるよう、話し始めた。

<これから、どうしようか…もう探偵として俺のできることはないか…

さっきから何かひっかかる、大事なことを見落としていないか…>

池田は少し落ち着いて考えた。


「あ~!」

「どうした?」

八塚が訊いた。

「しまった…さ、坂辻君が…あの、映研の部長って坂辻っていただろ。

彼、有馬の彼氏で、さっきまで彼女と一緒だったんだ…」

「えっ、まじか、それは早く言ってくれよ」

「すまんな、俺としたことが、なんかいろいろあって、うっかりしてて…

その、有馬と待ち合わせたのも、最初、坂辻君の方から電話があって、その後、電話を変わったのが彼女で…

すっかり、彼女が来ると思ってたんで、彼のことを…ああ、そうだ、すぐ電話してみる」

「いや待て。

彼女に母親からもう連絡がいっているかもしれん。

もし、まだその坂辻という学生が有馬とまだ一緒にいたとしたら?

下手にこちらから電話すると、かえって刺激して、何しでかすかわからんだろ?」

「そ、そうだな…。

いや、まず無事かどうかだけでも…じゃあ、非通知で電話してみるよ。

出れば、とりあえずまだ大丈夫、出なかったら…」

池田は恐る恐る坂辻に電話した。


「…やっぱり出ない。

どうしたら…

あ、そういや俺、彼の住所も訊いていたな」

池田はスマートフォンをまた操作して、坂辻の連絡先を八塚に見せた。

「それ、俺のスマホに送ってくれ」

「わかった。俺はバイクで行くから、追いかけて来てくれ」

「いえ、ここからは警察の仕事です。

あなたはその依頼人のところに行ってあげたほうがいいのでは?」

電話を終えた矢佐間が割って入った。

「え、それはそうかもしれませんが…」

「実はもう、話を付けておきましたから」

「え、そうなんですか。ありがとうございます」

池田はそう言って、スクーターのヘルメットを持ち上げた。


「佐藤家の方とは、まだ、話すことがあるでしょう」

矢佐間はそう言って、八塚と車に乗り込む。

「また、僕が運転しよう。

その方が早い」


車とスクーターはそれぞれの目的へ向かい、走り出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

皆さんは呪われました

禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか? お勧めの呪いがありますよ。 効果は絶大です。 ぜひ、試してみてください…… その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。 最後に残るのは誰だ……

視える僕らのシェアハウス

橘しづき
ホラー
 安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。    電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。    ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。 『月乃庭 管理人 竜崎奏多』      不思議なルームシェアが、始まる。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo
ホラー
この世には、知ってはいけない話がある。  怪談、都市伝説、語り継がれる呪い——  どれもがただの作り話かもしれない。  だが、それでも時々、**「本物」**が紛れ込むことがある。  本書は、そんな“見つけてしまった”怪異を集めた一冊である。  最後のページを閉じるとき、あなたは“何か”に気づくことになるだろう——。

【完結】ホラー短編集「隣の怪異」

シマセイ
ホラー
それは、あなたの『隣』にも潜んでいるのかもしれない。 日常風景が歪む瞬間、すぐそばに現れる異様な気配。 襖の隙間、スマートフォンの画面、アパートの天井裏、曰く付きの達磨…。 身近な場所を舞台にした怪異譚が、これから続々と語られていきます。 じわりと心を侵食する恐怖の記録、短編集『隣の怪異』。 今宵もまた、新たな怪異の扉が開かれる──。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

処理中です...