婚約破棄された私は【呪われた傷跡の王子】と結婚するように言われました。

メアリーキャンディスの過去

メアリー・キャンディスは新たな婚約者のジョロモ王子に謁見するため、ゆっくりと、王宮の奥へと続く廊下を歩いていた。

窓から差し込む陽光が石畳を照らしていたが、その光はどこか冷たく感じられた。

（私の努力は、意味がなかったのかしら）

メアリーが五歳の時、母が死んだ。
病だった。痩せ細った母の手は冷たく、けれど最後の瞬間まで彼女の頬を撫でてくれた。
『メアリーは、強くて優しい子よ。だから……大丈夫』
そう言って、母は微笑みながら目を閉じた。

その日から、館の空気は変わった。
父はわずか数ヶ月後には新しい女を屋敷に招き入れた。
彼女の名前はクラリッサ。
そして、彼女の連れてきた娘がリイナだった。

クラリッサは父が母が生きてる時から付き合っていた愛人だったのだ。

その間にできたリイナはメアリーの居場所を奪っていった。
リイナの愛くるしい笑顔、ころころと笑う声、屋敷にいるものはすぐに彼女の虜になった。

堅物な伯爵と評される父までも。

『お父さま、リイナ、こわい夢を見たの。たすけてー』
小さな体で父の膝に乗り、甘える姿に、父はメロメロになって溺愛するようになった。

一方で、メアリーは「しっかりしすぎている子」だった。
何かを求めれば『我慢しなさい』、感情を見せれば『そんなことで泣くな』と言われた。
だから彼女は、泣くのをやめた。感情を出すのをやめた。
その代わり、誰よりも勉強し、魔法に打ち込み、自らを律した。

褒められたかった。
父に、周囲に、そして亡き母が安心できるような人になりたかった。

けれど、褒められるのはいつもリイナだった。
花の魔法で薔薇を咲かせただけで、みんなが拍手を送った。
メアリーが複雑な魔法である、樹木の再生を成功させても、『当然ね』としか言われなかった。

そんなある日、父は彼女を呼び出した。
『メアリー、お前にとって光栄なことだ』

そう言って紹介されたのが、アルバー王子だった。
気品があり、勇敢な瞳を持つ少年。

あの時、メアリーは初めて、自分が認められた気がした。

それから、彼女は必死に“王子の婚約者”としての自分を磨いた。
弱音は吐かなかった。孤独も、悔しさも、涙も、すべて飲み込んでーー

けれど。

努力では、嘘に勝てない時がある。

『お姉様が、私の魔法の道具を隠したの』

『お姉様が、私に“お母様は愛人だった”って罵ったの』

リイナがそんな嘘をついては、周りから注目を引いて“かわいそうな自分”を演出した。

アルバーもおそらくリイナの嘘に騙されたのだろう。

思い出すたびに、胸が軋む。

（もう色々つかれた……。もうどうなってもいいわ）

そんなことを考えていると、従者が王宮の別邸の前で立ち止まった。

「メアリー・キャンディス様、ここでジョロモ王子がお待ちです」

彼女は深く一礼し、ゆっくりと顔を上げた。