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第二部
パーフェクト・ワールド・レインⅡ ③
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「どっちにしろ、きれいごとだらけの会長様よりは、まだ馬が合うし、理解できるけどな」
「似たもの同士ってだけだろ、おまえらの場合は」
「おまえも似たようなもんじゃねぇか」
なにを言っているのだといわんばかりの声だった。答えずにいると、「なぁ」とまた問いかけが続く。
「あくまでも仮の話だけどな。仮に、あのお姫様が騒ぎを起こしたとして、それをうちが見逃したとして。おまえらはそれを批判できる立場なのか?」
皮肉った物言いに、薄れかけていた関心を向け直す。糾弾するような鋭い瞳には、羨望と苛立ちと憎悪とがきれいに入り混じっていた。やっぱり、似ている。
どちらもうまく隠しているつもりなのだろうが、あの一年からも同じものを感じるのだ。
「この学園を今まで好き勝手に牛耳っていたのは、おまえらだろう」
「そうかもな」
だから、取って代わられても文句は言えないとでも言いたいのだろうか。そうだとすれば、馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
好き勝手に支配することができるのは強者の特権で、あたりまえのことだ。そのために、向原は強者で在り続けているのだから。
それ以上のなにを言う気にもなれなかった。風紀委員室を出て、校舎の外に足を向ける。
薄情者と言われようとも、今から生徒会室に戻る気はなかった。もう、成瀬が在室している時間だ。
何年も前の話だ。
アルファもオメガもなにも関係ない、平等な世界をつくるのだと真面目な顔で言う男がいた。興味を抱いたのは、あまりにもその男が変だったからだ。
オメガなのに、アルファに引けを取らない強さを持つ男。物珍しさも手伝って、手を貸してやってもいいという気分になった。ちょうどいい暇つぶしのつもりで、それだけのはずだった。
一歩外に踏み出すと、ぽつりと雨粒が落ちてきた。やはり雨になったらしい。傘はなかったが、急ぐでもなく、向原は雨の中を歩き始めた。
校舎と寮の往復も今となっては慣れた道だが、全寮制の学校で六年間を過ごすことになると知ったときは随分と辟易したものだった。
閉鎖的な空間に閉じ込められる窮屈さは、想像するだけで億劫だったからだ。その印象は入学してからも変わらなかった。それなのに、あの男は「楽園」だと言った。
この学園にいるあいだは、自由でいることができる、と。
それを聞いたとき、半ば呆れたことを覚えている。第二の性に囚われたくないと公言している本人が、一番それに囚われているのだと知ったからだ。
そのときから、成瀬はなにも変わっていない。表面上多少丸くなろうが、根本的なところは、なにも。結局のところ、あれはずっとオメガなのだ。
――それでも、もう、五年か。
気まぐれに約束を交わした夜からは、それだけの時間が流れていた。あいつの言う「楽園」を卒業する日までのカウントダウンも、一年を切っている。
――向原にはいくらでもいるだろ。こんな外れ引かなくても。
平然と言ってのけた顔が浮かんで、短く舌を打つ。こんなふうにひとりの人間に振り回されるなんて、あのころは思いもしていなかった。
なにもかもがつまらなくて、あと六年も味気ない日々が続くのかとうんざりしていた。成瀬と出逢ったのは、そんな時期だった。
陵学園中等部の入学式。あの男は、自信に満ちたアルファのような顔で壇上に立っていた。
これぞアルファって感じだよな。耳に入った囁きに、向原は壇上に目を向けた。厳かだった入学式の雰囲気は一変して、似たような声があちらこちらから響いている。
エリート揃いの新入生たちの中で主席を取るくらいだ。そりゃ顕示欲の強いアルファだろう。そんなふうに白けていた感情が立ち消えたのは、少年と目が合った瞬間だった。そうして代わりに、違和感が身体を駆け抜けていく。
あれが、アルファ?
ざわめく講堂の中で向原はひとりいぶかしんでいた。たしかにきれいな顔をしているとは思うが、それだけだ。それよりも似非くさい笑顔が鼻についたし、それに――。
――いや、あれはオメガだろ。
周りの人間は一様に「アルファ」と判断したようだが、とてもそうは見えなかったし、自分の勘違いだとも思えなかった。あれは、オメガだ。
嗅ぎ分けた理由が、アルファの中でも上位種と評される自分の本能だったのかどうかはわからなかったけれど。
それにしても、救いようのない馬鹿だな。そう結論づけて、向原は壇上から視線を外した。
オメガなのであれば、主席入学者なんて目立つ真似をしなければいいだろうに。自分がしたように、適当に手を抜けばよかったのだ。
目立ったせいで、こうして早々に見破られているのだから、ざまはない。よほど自信があるのだろうが、陵学園はアルファの巣窟だ。遅かれ早かれ、ほかのやつも気がつくに違いない。
そこで一度、その同級生に対する興味は削がれた。そのまま終わっておかしくなかったはずなのに再び興味に火がついたのは、一ヶ月経っても一向に噂に上らなかったからだ。
誰それがオメガではないか、といった下卑た憶測はいくつも流れていたのに、あの名前が出てこない。
あれだけ目立つ真似をしていたのに、なぜなのか。募った不信を、向原は当時の同室者だった篠原にぶつけた。尋ねる場を第三者のいない寮室に選定しただけ、配慮してやったつもりだ。
「似たもの同士ってだけだろ、おまえらの場合は」
「おまえも似たようなもんじゃねぇか」
なにを言っているのだといわんばかりの声だった。答えずにいると、「なぁ」とまた問いかけが続く。
「あくまでも仮の話だけどな。仮に、あのお姫様が騒ぎを起こしたとして、それをうちが見逃したとして。おまえらはそれを批判できる立場なのか?」
皮肉った物言いに、薄れかけていた関心を向け直す。糾弾するような鋭い瞳には、羨望と苛立ちと憎悪とがきれいに入り混じっていた。やっぱり、似ている。
どちらもうまく隠しているつもりなのだろうが、あの一年からも同じものを感じるのだ。
「この学園を今まで好き勝手に牛耳っていたのは、おまえらだろう」
「そうかもな」
だから、取って代わられても文句は言えないとでも言いたいのだろうか。そうだとすれば、馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
好き勝手に支配することができるのは強者の特権で、あたりまえのことだ。そのために、向原は強者で在り続けているのだから。
それ以上のなにを言う気にもなれなかった。風紀委員室を出て、校舎の外に足を向ける。
薄情者と言われようとも、今から生徒会室に戻る気はなかった。もう、成瀬が在室している時間だ。
何年も前の話だ。
アルファもオメガもなにも関係ない、平等な世界をつくるのだと真面目な顔で言う男がいた。興味を抱いたのは、あまりにもその男が変だったからだ。
オメガなのに、アルファに引けを取らない強さを持つ男。物珍しさも手伝って、手を貸してやってもいいという気分になった。ちょうどいい暇つぶしのつもりで、それだけのはずだった。
一歩外に踏み出すと、ぽつりと雨粒が落ちてきた。やはり雨になったらしい。傘はなかったが、急ぐでもなく、向原は雨の中を歩き始めた。
校舎と寮の往復も今となっては慣れた道だが、全寮制の学校で六年間を過ごすことになると知ったときは随分と辟易したものだった。
閉鎖的な空間に閉じ込められる窮屈さは、想像するだけで億劫だったからだ。その印象は入学してからも変わらなかった。それなのに、あの男は「楽園」だと言った。
この学園にいるあいだは、自由でいることができる、と。
それを聞いたとき、半ば呆れたことを覚えている。第二の性に囚われたくないと公言している本人が、一番それに囚われているのだと知ったからだ。
そのときから、成瀬はなにも変わっていない。表面上多少丸くなろうが、根本的なところは、なにも。結局のところ、あれはずっとオメガなのだ。
――それでも、もう、五年か。
気まぐれに約束を交わした夜からは、それだけの時間が流れていた。あいつの言う「楽園」を卒業する日までのカウントダウンも、一年を切っている。
――向原にはいくらでもいるだろ。こんな外れ引かなくても。
平然と言ってのけた顔が浮かんで、短く舌を打つ。こんなふうにひとりの人間に振り回されるなんて、あのころは思いもしていなかった。
なにもかもがつまらなくて、あと六年も味気ない日々が続くのかとうんざりしていた。成瀬と出逢ったのは、そんな時期だった。
陵学園中等部の入学式。あの男は、自信に満ちたアルファのような顔で壇上に立っていた。
これぞアルファって感じだよな。耳に入った囁きに、向原は壇上に目を向けた。厳かだった入学式の雰囲気は一変して、似たような声があちらこちらから響いている。
エリート揃いの新入生たちの中で主席を取るくらいだ。そりゃ顕示欲の強いアルファだろう。そんなふうに白けていた感情が立ち消えたのは、少年と目が合った瞬間だった。そうして代わりに、違和感が身体を駆け抜けていく。
あれが、アルファ?
ざわめく講堂の中で向原はひとりいぶかしんでいた。たしかにきれいな顔をしているとは思うが、それだけだ。それよりも似非くさい笑顔が鼻についたし、それに――。
――いや、あれはオメガだろ。
周りの人間は一様に「アルファ」と判断したようだが、とてもそうは見えなかったし、自分の勘違いだとも思えなかった。あれは、オメガだ。
嗅ぎ分けた理由が、アルファの中でも上位種と評される自分の本能だったのかどうかはわからなかったけれど。
それにしても、救いようのない馬鹿だな。そう結論づけて、向原は壇上から視線を外した。
オメガなのであれば、主席入学者なんて目立つ真似をしなければいいだろうに。自分がしたように、適当に手を抜けばよかったのだ。
目立ったせいで、こうして早々に見破られているのだから、ざまはない。よほど自信があるのだろうが、陵学園はアルファの巣窟だ。遅かれ早かれ、ほかのやつも気がつくに違いない。
そこで一度、その同級生に対する興味は削がれた。そのまま終わっておかしくなかったはずなのに再び興味に火がついたのは、一ヶ月経っても一向に噂に上らなかったからだ。
誰それがオメガではないか、といった下卑た憶測はいくつも流れていたのに、あの名前が出てこない。
あれだけ目立つ真似をしていたのに、なぜなのか。募った不信を、向原は当時の同室者だった篠原にぶつけた。尋ねる場を第三者のいない寮室に選定しただけ、配慮してやったつもりだ。
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